明慧法会|刑務所の中で法を暗記し、煉功し続けた警察官
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文/中国吉林省の大法弟子 証暁岩

 【明慧日本2012228日】私は1994年に大法に出会いました。当時は警察官でした。夫と10歳の息子も私に続いて修煉を始め、家庭内で学法グループをつくりました。私は「其の心志を苦しめる」の通りに自分を修め、人心と執着を無くし、衆生を救い済度し、師父の正法過程にしたがって今日に至り16年になりました。これを機に、私は自分の修煉体験を同修達と交流し、共に精進していきたいと思います。

 一、法を実証するため、北京へ

 1999年、邪悪による法輪功への迫害が起こり、私は法を実証する為に10月に上京しましたが、天安門広場で拘束されました。北京の留置場で、一昼夜かけて数組の警官に絶え間なく尋問されましたが、私はずっと心穏やかに大法の素晴らしさを伝え、断食をして迫害に抗議しました。また、強い正念を持って警官らの背後にいる邪悪を排除し、彼らの善の一面を呼び起こそうとしました。最後に、警官は自分の同僚が私に同化されたと言い、私への尋問を諦めました。

 ある日の真夜中、警官らはジープで私を外に連れ出し、私の上司に出迎えを要請しましたが、上司は上層部からの圧力を恐れ、要請を受け入れませんでした。警官は私の上司の人情のなさを嘆きながら、黒い布で私の眼を覆い、北京郊外にある別の留置場に送りました。その留置場の警官は師父と大法を罵り、私それを制しようとすると殴られました。私を送ってきた警官はその留置場の担当者に、「同僚だから、殴ったり罵ったりしないように」と言いました。尋問された際、私は名前を言いませんでしたので、担当者は私の身分証明証で私の個人情報を確かめ、怖くなって、私を別の所へ回してしまいました。

 邪悪な警官は私を鉄の檻に入れ、食事を与えず、見張も置きませんでした。広々とした工場の中に私だけが残されました。唇は水不足で裂け、空腹でずっとお腹が鳴っていました。腕時計と950元のお金は警官に奪われ、身分証と鍵は邪悪な警官にストーブに投げ捨てられ、燃やされました。何時になったのか、どこにいるのかなどは分からず、全ての時空を超えて、世間の全てを捨てた感覚を覚えました。警察官として、檻に入れられ、非人間的な扱いをされた辱めは韓信の受けた屈辱を超えるものだと思いました。

 私は檻の中立って法を暗誦し、日が暮れたら冷たいセメントの地面に座り、神通加持法を煉り始めました。段々と集中できて、周囲の雑音が消え、空腹による胃の痛みとお手洗いに行けないことによるお腹の張りと痛みが消え、お腹にある気が胃に移り、胃にある気が肝臓に移動し、腕がなくなり、麻痺していた脚がなくなり、最後に自分が煉功しているという一つの意識だけが残りました。私は56分間身体が30センチ程宙に浮き上がるのを感じ、その後も大きな座布団の上に坐っているように感じました。翌朝、私を見た警官はびっくりして、「33晩、食事と水を口にせず、お手洗いにも行ってないのに、よく耐えましたね。法輪功学習者の体力すごいですね。敬服しました」と言い、私は7日目に釈放されました。

 正に師父が仰る通り、「心性の高さは功の高さ」「修は己にありて、功は師にあり」で、私は身を持って、師父が説かれた「辟」の法理―特殊な環境においての修煉方法―を体験しました。当時の私は学法が浅く、神通なども知らず、闘争心や恨む心など、色々な不純な心を持って、情に左右され、正念でなく、無理やり苦に耐え、業を滅するように自分に強要し、消極的に迫害を受け入れる事によりちょうど旧勢力の按排に符合してしまいました。

 修煉を始めて16年になりますが、私は注射も受けた事がなく、一粒の薬も飲んだ事がありません。吉林省第一留置場に拘束された時でさえ、私は無事でした。同室にもう1人の大法弟子と、刑事犯(結核を患って血を吐く殺人犯)、麻薬犯、強盗犯など計17人がいましたが、窓を開ける事を許されず、皆は同じ部屋で生活の全てを済ませました。皆がこの刑事犯(結核患者)を嫌がるので、私は彼の面倒を見なければならず、全ての食器を洗いました。大法に対する正念で、私は結核菌に侵されずに済みました。

 中共によって2年の労働教養を下されましたが、私は正念により6カ月で出所しました。師父が私を地獄から救い出し、汚い身を洗い、輝く身にしてくださいました。

 二、真相を伝え、衆生を救い済度する

 師父は「各地での説法五」『二〇〇四年米国西部法会での説法』の中でこう仰いました。「衆生の前であなたの話が口から出て、あなたの念が動く途端に、良くない要素を解体することができ、世の人々を害した人間の考えの要素の中の良くないものを解体することができます。それによって、人間は分かるようになり、あなたは相手を救うことができるようになります。真の善の強大な力の作用がなければ、それを解体することができず、真相を伝える時効き目はありません」

 私は同修でもある夫と一緒に学法し、発正念を通じで隔たりをきれいに排除し、皆と協力しながら真相を伝えてきました。親戚を始め、私たちの知っている人のほぼ全員は大法を正しく認識し、三退をしました。また、私たちの親戚、友人、同級生、同僚、そして家族の友人まで多くの人は真相DVDを持つようになりました。自分に人を救いたい気持ちがあるのを見て、師父が按排して下さったのだと思いますが、2005年に、25年ぶりに開かれた同窓会で、38人の出席者のうち、35人が私ともう1人の同修が真相を伝えたことにより三退しました。

 今年の夏、その同級生達と再度同窓会を開く際、なんと、三退したこの同級生達は真相を地元にまで伝え、そして自分たちの親戚の三退希望者の名簿を持ってきました。前回残った3人の同級生と合わせ、2回の同窓会で計62人が三退を選びました。帰りの車の中で、皆で法輪功の真相について討論しました。2人の同級生は大声で「法輪大法万歳」「法輪大法師父万歳」と叫びました。私は彼らに江沢民が全地球規模で裁判を受けている真相資料を渡すと、彼らは「見てから、マンションの廊下に貼ります」と言いました。夫も同僚同級生に広く真相を伝え、時には友人達を家に招き、私と一緒に真相を伝えました。私は夫と一緒に二つの披露宴に出席した際、40人に三退を成功させました。

 私は迫害により職を奪われ、アルバイトをしながら生活を維持する事を余儀なくされていますが、どこに行っても、私は常に人を救うことを念頭に置き、自分の損得を考えず、常人の執着に沿って真相を伝えてきました。新しいアルバイト先で、私は出来る限りの努力をし、正念を持ってそこをプラスの環境を形成し、徐々に自分に接してくる人に真相を伝え、三退を勧めました。そこで出来る事を終えたあと、また新しいアルバイト先に移り、今日に至り、もう5カ所変わりました。私の行くところでは、90%以上の人が三退し、その人たちはまた自分自身の親戚、友人などに真相を広めてきました。私が三退させた人達の中には、警察署長、地域を管轄する民間警察、国家安全局の人、公安局の副局長、弁護士、党委員会の書記、刑務所の警官、労働教養所の警官などがいました。また、私は多くの都市、例えば長春、黒竜江、ハルビン、大連、吉林、西安、大慶、徐州、広州、東営、江蘇などで真相資料を配りました。

 大法を得て16年になりますが、私は常に師父の教えに従い、大法の法理に同化するように努力し、常人の一切の執着と欲望を捨て、法の中で悟り、修めました。今までの修煉過程を振り返り、私は挫折もし、魔難も経験しましたが、それによって成熟し、師父が『転法輪』の中で仰った、様々な超常的な修煉状態を体験しました。この万古にない機会で、私は幸いに大法弟子になり、ただただ精進することによって師父の慈悲なる済度に応えたいと思います。

 (明慧ネット第7回中国大陸大法弟子の修煉体験交流会)

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2010/11/17/232465.html)
(English: http://www.clearwisdom.net/html/articles/2010/12/5/121790.html)     更新日:2012年2月29日
 
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