明慧法会|理由なく足を挫いたら(二)
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――自分をよく修めて、はじめて法を実証できる

 

 三、迫害中に私はずっと確固として修煉した

 1999年7.20後、私たちの修煉環境は破壊され、職場はすべての煉功者を大会議室に集め、みんなに態度を表明させ、さらに絶縁状を書くことを強要しました。この突然の状況に直面して、事の一部始終が全くわからず、非常に茫然と感じました。修煉を始めて2年が経ちましたが、法に対しての理解が感性的な認識で留まってしまい、毎日学法していましたが、最も表面的な道理を学習しただけで、あの偉大な法とその奥深さに対して認識を深めていたわけではなく、たくさんの修煉者が物事の成り行きに従い、煉功しなくなってしまいました。

 2000年7月、私は大法資料を複写したという理由で、地元の拘置所に不当に拘束されました。私は時々、空を仰ぎ見て、「師父! 私は決して彼ら(拘置所の警察官)に何も書かず、決して大法に恥をかかせません」と、声に出さないまま叫びました。ある日の夜、寝ようとした時、慈悲深い声が「家へ帰りましょう! 家へ帰りましょう!」と、私の耳元で言いました。続けて2回言いました。私は突然激しく起き上がり、「師父! 師父!」と、叫びました。それから、私はさらに落ち着きました。というのも、私は「師父の法身が弟子の周りにいらっしゃる」ということが、わかっていたからです。

 帰宅後、職場は何度か私に話をし、「保証書」とかいうものを書くように私に言い、そうでなければ解雇するという事でした。私は冷静になってちょっと考え、それから職場の各級の指導者に公開状を1通書き、「『真、善、忍』によって良い人間になることを、法輪功がどのように人に教えているのか」を、各級の指導者に向けてはっきりと述べ、さらに数年来、自分が法輪功を学び修煉して得られた体と精神の変化を詳しく書きました。手紙の下に、厳正声明を厳かに書きました。これまで言い、書き、やってきた法輪大法に背反する言動はすべて無効になります。あくまで大法を修煉します。

 邪な者達の高圧的恐怖の下で、大法の本は基本的には見つからなかったので、学法できず、同修の間でも交流は無理で、自分のこれまでの学法を基にしてしかできませんでしたが、実は修煉を堅持したいすべての修煉者を、師父はいつも慈悲深く見守っていらっしゃるのです。人々に大法の真相を知らせるために、私たちは全国の大法弟子と同じように、各種の形式を利用しながら法を実証しました。資料を配布し、大法の資料を貼り、直接真相を伝え、付近の数十里にはみな、私たちの足跡を残しました。

 自分の学法が少なく、法がはっきりわからない事が原因で、仕事の量を修煉として認識してしまいました。ある年の初夏、身体に下痢の状況が起きました。初め、私は気にも留めず、引き続き毎日、意気込みに燃えて資料を配布し、三退のことを話しました。自分では何も感じなかったのですが、私の顔が変わるほど痩せたと他の人から言われました。故郷に帰って、「どうしてこうなったの?」と、親戚が皆、言いました。私はためらい始めました。本当にちゃんと探すべきで、大法弟子は頑張って大法を修煉するだけでなく、さらに体を張って法を実証する必要があり、自分の体調が原因で大法に悪い影響を及ぼしてはなりません。そして、私は反対の方向に走り、ひどく心配して、新しい執着を形成しました。同修を探して交流し、今日はある同修を探し、明日は別の同修を探し求め、同修のところで、この問題を解決する方法を見つけたいと思い、そうでなければ精神が安定せず、学法して自分を探すことができなかったのです。法によるはっきりした説明がなかったので、ずっと受け身の立場で、それ以後、ひどい血便にまで至り、この状態が2年も続きました。なすすべがなく、そのままじっとこらえていました。

 このようにして2005年の春、幾人かの同修が私を見つけ、私と一緒に学法し、また法の上での交流を行い、やっと自分の誤った考えややり方に気付きました。私は学法が少なく、修煉が下手で、漏れがあってこんなことになったと思い、後になって、よく自分を修煉し、まじめに学法したいと思いました。しかし、どんなに修煉し、どんなに学法しても、根本的な変化は発生しませんでした。それはみな、何かを求めて個人の修煉の中でぐるぐると回っているのだということを、交流を通じてやっと知りました。師父は『ヨーロッパ法会での説法』で「肝心なのは人の心です。大法の修煉は人心を真っ直ぐに指し、修煉は即ち人の心を修することです。あなたの心が動じなければ、その他の現れは皆虚像です。形は仮の形です。」と説かれたと思います。私はわかりました。自分は人心で自分の問題に対応していました。恐れる心、心配、メンツを取り繕う心、深層に埋もれている恨む心、これらの心を見つけて、心がすっきりし、まったく天清く体も透き通るように感じました。まったく「心性の高さが功の高さ」(『転法輪』)です。2年余り私を苦しめた腸道疾病はいっぺんに消えてしまいました。自分は再び快適に法を実証する路上を歩み始めました

 (続く)

 (明慧ネット第8回中国大陸大法弟子の修煉体験交流会)

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2011/11/24/249166.html)
(English: http://en.minghui.org/html/articles/2011/12/17/130176.html)
 
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