文/中国の大法弟子
【明慧日本2015年5月19日】今朝、息子は目を覚ましてすぐ、「お母さん、早く来て!」と急いで私を呼びました。
私はどうしたのだろうと思いました。息子は「お母さん、私が誰の夢を見たのか当ててみてください。さっきおばさんを見ました!」と言いました。「どのおばさん?」と私が聞くと、「天天ちゃんのお母さん、黄おばさんです!」と答えました。
黄おばさんはかつて、私たちの同修でした。天天ちゃんは黄おばさんの次女で、現在は中学校三年生です。もうすぐ高校に進学するので、とても勉強に忙しくしています。天天ちゃんは小さい頃からお母さんと一緒に大法を学んでいました。黄おばさんが亡くなってから6年が経ちましたが、息子に何を話したのか、疑問に思いました。
息子は言いました。「僕があまり夢を見ないし、見てもすぐ忘れてしまいますが、さっきの夢はとてもはっきりしていて、まるで本当のようで、全部覚えています! 黄おばさんはお母さんを尋ねに来たのです。夢の中でお母さんに、天天を止めてくださいと言いました。『この数日中、天天のパパと姉が旅行に出かけるようですが、天天にはついて行かないように、今の町に残ってくれるよう伝えてください。そうしたらおばさんはまた天天に会えます。でなければ会えなくなります!』」
息子の話を聞いて、私は突然分かりました。以前、天天ちゃんは、彼女のお父さんは彼女が西安の高校に通うことを望んでおり、お父さんが世話を見てくれると言っていました。しかし、天天ちゃんのお父さんは以前、お母さんが大法を修煉することに強く反対していました。そのため、いつも怒っていたのです。また、それを言い訳に別の女についていってしまいました。天天ちゃんは生まれてから、お父さんと数回しか会っていません。もし天天ちゃんが外地へ行ったら、現地の同修に会えなくなってしまい、法の勉強も恐らく不可能になります。天天ちゃんのお母さんは、他空間で将来発生する事が見えて、今日が夢の中に現われて告げたのかもしれません。
息子は続けて言いました。「おばさんは夢の中で、お母さんに天天ちゃんの世話を頼みました。すると、お母さんは夢の中で、天天ちゃんにはお父さんとお姉さんがいるから、彼らに見てもらうべきと言いました。しかし、おばさんは彼らが信頼できないと言いました。お母さんが、天天ちゃんはまだこんなに小さいので、いつまで面倒を見るのですかと言うと、おばさんは、時間は多くなく、あなたしか天天の世話を見る事ができません! と言いました。お母さんは夢の中でおばさんに、我が家は小さいし、住めないのよと言いました。すると、おばさんは、天天に家を買っておきました。しかし、天天がよく行わなければ、そこに住む事ができないと言いました。お母さんはおばさんに、どこかへ旅行しに行くの? いつ帰ってくる? と聞きました。その時、一台のタクシーがやってきて、おばさんはニコニコしながら乗り込んで、答えずに行きました。それで夢も終わりました!」
息子の話を聞いて、私は感嘆しました。亡くなった同修は、世間にいるかつて法を得た子供のことを気にかけています。子供を法から離れさせたくなく、常人の中に落ちたら本当の家に帰れなくなるのを心配して、同修は焦っています!
同修が亡くなって6年、私はかつて、天天ちゃんの世話を見た事があります。普段、天天ちゃんは学校に泊まり、休日は私が迎えに行って、家に泊まってもらいました。私は息子と天天ちゃんと一緒に法を勉強して、時に現地の同修たちと一緒に法を勉強して交流をしました。天天ちゃんも、とても真剣にやっていました。しかし数年来、私は仕事をしながら洗濯をしたりご飯を作るなど、家事をやるので休む日がなく、二人の子供も大きくなって、一緒にいると都合がよくないと考え、ゆえに天天ちゃんが中学校二年生になってから、私は手を放すように、面倒を見なくなって、今になるともう一年も会っていないので、どうしているかも分かりませんでした。
私は息子と相談して、やはりこの夢を天天ちゃんに伝えることに決めました。彼女がどう選択するかに委ねようと思いました。
お昼、私は学校に行って天天ちゃんと会い、朝の夢を話すと、天天ちゃんは泣き出しました!
天天ちゃんは、お父さんから電話をもらって、修煉者に会わないでほしいと言われたそうです。しかし、彼女がお父さんに、それはできない、彼女たちがみんないい人だからと言うあと、お父さんは狂ったように怒って、電話の中で、それなら死んでしまえと言ったそうです。
天天ちゃんは、お父さんのところに行かない、地元に残って高校に通うと言いました。私は、それなら休みになったらまたおばさんの家に来て、一緒に続けて法を勉強しましょうと言いました。
亡くなった同修が、まだ世間に残した子供のことを心配しているのですが、この世にいる私たちは、かつて法を得て修煉をした子供同修のことに、真剣に関心を払っているでしょうか? 以前の子供同修たちはだんだんと大きくなりましたが、彼らはまだ法を勉強しているでしょうか? 私たちには彼らをよく育てていく責任がありますので、人を救い済度しながら、かつての子供弟子のことも忘れないでください!