師父のご加護の下 私は一歩向上した
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文/中国の大法弟子

 【明慧日本2015年6月16日】私は1999年に修煉を始めた農村の大法弟子です。以前の私は薬から離れることができず、毎年春と秋には点滴を受けなければならず、その苦痛は表現できず、その時から世を嫌うようになりました。その後、友人の紹介で大法と縁を結び、修煉の道を歩み始めました。『轉法輪』を読み始めた4日目に、師父は私の体を浄化して下さり、体が軽くなった私は喜びを押さえきれませんでした。それから、私は毎日三講の『轉法輪』を読み、法に照らして自分を修め、精進しました。

 しかし十数年修煉してきた私は、最近、三つのことをあまりきちんと実行しておらず、少し怠けてきました。 

 去年、私は大きな関に遭いました。最初の頃、私は後頭部に痒みを感じ、その後、そこが腫れ、しまいに、長さ3寸幅0.5寸の亀裂ができてしまい、中から、ネバネバした黄色い膿が流れ出ましたが、痛みはありませんでした。不思議なことに、その膿は夜寝ると流れ出て、朝の6時になれば自然に止まります。私は同修達に心配を掛けたくなく、誰にも言いませんでした。そして、心の中では、一念だけを堅く持っていました。「すべてを師父に委ねます。誰も私を迫害する権利はなく、師父と大法を信じ、三つのことをきちんと実行し、そのことは無視します」

 こうして、この状況が1カ月続いた後のある朝、後頭部を触ってみると、一晩でその亀裂が治っていました。本当に、どのような言葉で師父への感謝の気持ちを表せばよいか分かりませんでした。師父は私に二度目の命を下さいました。その後、私は一歩向上し、人間の殻をすて、命の大切さが分かりました。

 大法弟子の向上の一つ一つに、師父の慈悲なるご加護は欠かせません。師父はずっと、私たちを連れて上へ向かっていかれます。私たちが自分の修煉を緩める理由など全くありません。そうでなければ、師父の慈悲なるご済度に面目なく、自分自身、そして自分に希望を抱く衆生への面目もなくなります。

 短い修煉体験でしたが、同修の皆さんと励まし合い、ともに精進し、三つのことをきちんと実行し、円満成就して師父について一緒に帰ります。

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2015/6/13/310821p.html)
 
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