文章『副元神に対する旧勢力の按排を取り除く』を読んでからの悟り
文/中国の大法弟子
【明慧日本2016年8月28日】師父は「トラブルに遭ったら、自分が間違ったかどうかに関わらず、このことに関して私に間違ったところがあるのか、本当に自分が間違ったのではないかと自らを考え、皆このように考え、最初の念は自らを考え、問題を考えているのです。このようにしない人は本当の大法修煉者ではありません。これは修煉上の最も有効な手段であり、大法弟子が修煉する際の特徴です。いかなることに遭っても、最初の念はまず自分を考え、これはすなわち『内に向けて探す』ということです」[1]と説かれました。
私は修煉する中で、師父のこの段落の法に無限な法力があるのを体験しました。同修の皆さんにもし捕吏(訳注:ほりとは、罪人をめしとる役人。とりて。とりかたのこと)が転生した副元神がいて、自分から離れていかない場合、自分に報復心がないかを探し、副元神がトリップ薬(訳注:トリップとは、麻薬等で幻覚作用を見ることを意味する)を散らしている時、自分に人を惑わせる心がないか、人間の中のあらゆるものに執着していないかを考え、あの捕吏が転生した副元神が、同修らを攻撃する時、自分が同修との関係を正しく扱っているか、大法との関係を正しく扱っているかなど探して見るように提案します。自分側のことを探してから、発正念すれば、邪悪を取り除く効果もさらによくなるでしょう。もしかして内に向けて探したら、マイナス作用を働いていた一部の生命が、自ずとよくなるかもしれません。あるいは師父と正神が私たちのためにそれらを取り除いてくださるかもしれません。
もちろんその文章の作者が見たのは、作者の当時の次元と状態の中で見たもので、私たちに参考に提供してくれただけです。本当に私たちの修煉を指導するのは師父であり、大法です。私たちが師父の教え通りに行い、真に修めていけば、旧勢力の按排を否定することになります。
個人のわずかな観点ですので、不足なところがあれば同修のご指摘をお願いします。
注:
[1] 李洪志師父の著作:『各地での説法十一』「大法弟子とは何か」