【慶祝513】生死の関に直面し、ただ師父を信じた
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文/ 江蘇省の大法弟子  新生

 【明慧日本2017年5月23日】(慶祝513明慧特別記事)私は1997年に法輪大法を修煉し始めた大法弟子です。20年の修煉の道でつまずいたりもしましたが、師父はこのような精進していない弟子でも見放されませんでした。この感謝の気持ちは言葉では言い表わすことができません。

 昨年12月10日午後3時ごろ、私は友達の家に行く約束をしていたので、家の電動バイクに乗って道路に出ました。運転し始めてから間もなく師父の『論語』の第2段落を暗唱し終わって信号機の所で停止しました。心の中で信号機を通過してからまた暗唱しようと思い、停止して2分も経たずに信号が変わって通過しました。また数分も経たずにまた信号機があり、心の中で通れると思い信号機を過ぎたばかりの時、1台の車が猛スピードで道路横に突進して来て私の電動バイクを突き飛ばし、私は電動バイクから激しく投げ飛ばされました。その時、まだ何が起こったのか分かりませんでした。

 車とぶつかったあの瞬間、目にしたことは今でも記憶に新しいです。この信号機前での交通事故で、人が「交通事故です!」と叫んでいるのが聞こえました。私は路上に倒れて、意識が朦朧とする中、早く起き上がろうとすると同時に、「法輪大法は素晴らしい! 真・善・忍は素晴らしい!」と叫びました。ある人が話しているのが聞こえてきましたが、1人の人影も見えず、ただ人が、「おばさん、電話がつながりました」と叫んでいるのが聞こえていました。またその次の瞬間に私は起き上がり、私の近くに倒れている女の人がはっきりと見えました。30歳くらいできちんとした現代的な身なりで、まっすぐ路上に倒れていて、無表情でした。ある人が叫びながら「彼女は転んだのだ」と言っていました。地面に倒れているその女の人を見ると知らない人で、誰も彼女を救助する人がおらず、ただある人が私に質問している声が聞こえるだけでした。「あなたの家には誰かいますか?」。私はすぐに彼に自宅の電話番号を教えました。彼はまた「何という名前ですか?」と聞きました。私は彼に名前を言いました。

 救急車が来て急いで病院に運ばれました。病院についてCT検査の準備をしている時、目覚めました。何が起こったのか分かりませんでしたが、はっきりとあの光景を覚えていて、私はあの場所ですぐに立ち上がって「法輪大法は素晴らしい! 真・善・忍は素晴らしい!」と高らかに言ったのです。私は師父が私を救って下さると堅く信じていました!

 この時、夫、おばさん、娘も皆病院に到着しました。娘が私の手を握って「ママ!」と泣き叫びました。私は顔中血だらけで、口、鼻、耳からもが血が流れて、左眼は大きく腫れ上がり、左の顔は血だらけでめちゃめちゃになり、左耳の後ろも血が出て腫れていました。家族は皆とても緊張して怖がり、恐れていたので、私は彼らを安心させるために「何の問題も起こりません、私は大法弟子ですから」と言いました。娘は私を見て口が震えて非常に怖がっていました。私はその時、「法輪大法は素晴らしい! 真・善・忍は素晴らしい!」と絶えず念じていました。

 医者がCT検査をして、入院の手続きをしました。私は「入院の必要はありあません。問題は起こりません」と言いましたが、誰も私の話を聞こうとする人はいませんでした。私の夫は衛生関連で、病院のやり方を熟知しており、検査後、私はとても早く病室に入れられました。すぐに応急手当をされ、点滴と酸素吸入をされましたが、私は拒否し、家に帰ることを要求しました。夫は「先生の話を聞きなさい。あなたの傷はとても深く、七つの穴から出血していて、出血量も多いのです」と言いました。

 夜の7時になって、家族が私を手伝って洗う時、口から一塊の血の円形状のものが出てきて、耳からは血が溢れていました。その時、彼らと会話する以外は、「法輪大法は素晴らしい! 真・善・忍は素晴らしい!」、「大覚は苦を畏れず 意志は金剛より鋳られる 生死に執着なく 坦担たり正法の路」[1] を絶えず念じました。病室の医者や主任は私のベットに来て、「あなたの傷は現在とても重く、うまく縫合しなければいけません」と言いました。私は彼らの言う「とても重い」という事を全く心に置きませんでした。心の中で思ったのは「一切は全て仮相である。私はとても良い状態です」ということだけです。

 次の日の午前、専門家、主任、医者が皆私のベッドの前に来て言いました。「あなたの鎖骨は骨折しています。早く手術して固定しなければいけません」。私は「手術の必要はありません。私は断固として手術しません」と言いました。医者は理解できず、私に「あなたは頭蓋の底を骨折していて、くも膜下出血し、左側頬骨が骨折、左側眼窩が骨折、左側あばら骨が複雑骨折、左側鎖骨が骨折しています。もし固定しなければ、今後、各機能に影響をおよぼします」と教えました。しかし私は心の中でただ一つの信念がありました。「どんなに骨折していても、私の他の空間の身体は完全無欠であり、問題が起こるはずがなく、私は大法弟子で、一切は師父がお決めになられます」

 実際私は医学を学んでいて、脳外科で7、8年勤務していましたので、もし私が常人であれば、その結果どうなるかをわかっています。死亡するか植物人間になるかでしょう。医者はまたもや私に「あなたは必ず寝たきりになり、起き上がれなくなり、立てなくなりますよ」と言いました。夜になって、私の左胸部が我慢できないぐらい痛くなって、深夜2時過ぎまで続きました。しかし私は起き上がって煉功しようとしました。夫が「大丈夫か?」と聞くので、「私は大法弟子です。必ず大丈夫です」と言いました。夫はゆっくりと私を抱えて起こしました。この時、目から火花が飛び、部屋の天井が回っていました。私は直ちに「法輪大法は素晴らしい! 真・善・忍は素晴らしい!」と念じました。その後、私はベッドの上に座って座禅を1時間続けると、軽くなった感覚がありました。この時以来、毎日夜になると座禅を続けました。

 3日目、私はベッドから下りられるようになりました。連続3日間、黒い便が出ました。どんな形式にせよ、大量の血液が流れたことも含め、排出されたのは全て良くないものだと思いました。回診時に、医者が私に、頭が痛いかどうかと聞きました。私は「痛くない」と答えました。また左眼で人を見てはっきりと見えるかと聞きました。私は「はっきり見える」と答えました。影が複数に見えたりはないかと聞くので、私は「ない」と答えました。実際には、その時私は絶えず口からとても多くの鲜血を吐き出していました。医者は「あなたの肺部に瘀血痰が多くあり、薬で瘀と痰を溶かしましょう」と言いました。私は「必要ありません」と言い、薬と点滴を止めてもらうように要求しました。医者は「すでに規定からかなり少なくしている」と不機嫌そうに言いました。

 また2日経って、私は退院を要求しました。医者たちはさらに不機嫌になって「私たちはあなたに責任を負わなければならない。あなたの傷はこんなに重いのに、どうして今退院することが可能なのですか?」と言いました。私は彼らを説得する術がないと感じました。入院から10日経ちました。私の点滴の針が抜かれ、容器の水はすべて捨てられました。12月21日、病院からやっと退院の許可が出て夫が署名して私は退院することになりました。医者と看護師たちは皆言いました。「理解のしようがない、回復がこんなに早いなんて、こんなに良くなるなんて、これは奇跡だ! 奇跡だ!」

 現在全てが正常に回復しました。今日この体験を書き出したのは、同修に教えるとともに、私と縁のある世人に教えたかったからです。私は師父と大法を固く信じてきました。大法に出来ない事はないのです! なぜなら私は修煉者なので、師父が私の命を救って下さったのです。事故が起こった時のあの光景は印象深く頭の中に残っています。地面に倒れた時、元神が身体から抜け出したあの瞬間、私は堅く念じました。「法輪大法は素晴らしい! 真・善・忍は素晴らしい!」。私は師父が私を救って下さることを堅く信じており、師父が説かれたことは全てが真実です。ですからその後の日々の中、私は時々刻々「法輪大法は素晴らしい!」と念じました。私は目覚めた時のことを覚えていて、まだストレッチャーで仰向けに寝ている時、私は言いました。「天上の正神、負の神、見てください。私は李洪志師父の大法弟子です。私は私の師父のために頑張ります。私は必ず大丈夫です!」

 事故が発生してから、人は私に「あなたは怖くないのですか?」と聞きます。私は本当に怖くないと答えました。師父はかつての経文の中で私たちに説かれました。「汝に恐れ有らば 它はじきに抓む 念を正しくすれば 悪はじぐに崩る 修煉の人 法を持っており 正念を発すれば 爛鬼炸く  神世に在りて 法を実証す」[2]。生死に関して、一切は私たちの師父のおっしゃる通りです。私は思いました。何があってもどんな時でも打倒されてはならず、私の使命はまだ完成しておらず、新しい同修も私の手伝いを必要としていて、引っぱらなければいけません。もし今回の魔難が私が歴史上で借りがあったとして、師父がそれを利用して私の業の借りを返すのを手伝って下さっているとしたら、私は必ず正々堂々と生死の関を乗り越えなければならず、大法に泥を塗ってはいけません。もしこれが旧勢力の按排であれば、私の修煉上で心性に漏れがあったから隙に乗じられたのであって、これを絶対に受け入れず、認めず全否定します。しかし私も内に向かって探さなければならず、大法の中で正し、心性を向上させます。病院にいたあの10日間、医者たちは言いました。「あなたの怪我はどのぐらい重い」とか、「あなたの血糖値が高い」とか、「あなたの血圧が高い」とか、「あなたの心拍が早い」等々。私はどれも全否定し、一切の妨害を排除しました。なぜなら私たちは金剛不壊の体ですから、一切の邪悪と仮相を否定しました。

 この生死の大きな関の試験を通して、私は深く悟りました。何が「修は己にありて、功は師にあり」[3]なのか分かりました。ただただ師を信じ法を信じることを堅持して、やっと一つ一つの関と難を乗り越えることが出来るのです。そして本当に乗り越えることが出来た時は、多くの収穫を発見し心性が向上し、業力も消去され正念が堅くなり、恐怖心も取り除かれ、大法を実証することが出来て、大法に対する世人の見方をも変えることが出来るのです。私はお見舞いに来た親戚や友人らに法輪功が私を救って下さったことを話し、大法の不思議と偉大さを話しました。

 私の家族は大法の超常を目の当たりにして、心から命を救って下さった師父のご恩に感謝しました。特に私の夫はとても感謝しました。私が入院していた時、同じ病棟に21歳の若者がいて、交通事故の後遺症で精神が朦朧となり、その上、気管は切開され肢体は麻痺し、すでに入院して10カ月経っていましたが未だに植物人間の状態で、すでに50万元もの医療費を払っていました。私が入院して3日目、夫と私は一緒にあの若者の父親の所へ行って大法を紹介しました。また3、4日の間に、夫は彼らの所で三度交流して、彼らに法輪功を煉るように呼びかけました。彼らは真相を理解して感動していました。現在あの若者の回復は非常に良く、1カ月ほどですでに退院しました。別れの前に彼はわざわざ私の夫に電話してきて、心から感謝の言葉を言いました。実際彼らは私たちと縁のある人であり、私の身に発生した大法の奇跡を目の当たりにし、彼ら一家の大法に対する見方が変わり、一家が救われたのです。

 その後の修煉の道で時間がまだどれだけあるかに関わらず、私はずっと良く修め、内に向かって不足を探します。法の中で自己を正し、身辺の同修と全体を形成し、努力して三つのことを良く行います。

 今回、師父は私が生死の関と魔難から抜け出すことが出来るようにして下さり、私を救って下さいました。師父が私に代わって受け持って下さったものはとてもとても多く、私の傷はあんなにもひどく多くの血が流れていたのに、頭は少しも痛くなかったのです。私は師父が私に代わって耐えてくださったことを知っています。私は真に佛恩の浩瀚たる奥深い意味を悟りました。師父に深く、深く感謝いたします!

 最後に尊敬する師父の詩を皆さんと共に学びたいと思います。

 『洪吟二』「師徒の恩」

 狂悪は飆風四年吹き荒る
 舵穏やかで航に迷わず
 法徒魔難を経て
 重圧に志移らず
 師徒は情を講ぜず
 佛恩は天地を化す
 弟子正念足りれば
 師は回天の力有り

 師父、ありがとうございます。同修の皆さん、ありがとうございます。

 不適切な所がありましたら、是正をお願い致します。    

 合掌。

 注:
 [1] 李洪志師父の詩 :『洪吟二』「正念正行」
 [2] 李洪志師父の詩 :『洪吟二』「何を恐れる」
 [3] 李洪志師父の著作:『轉法輪

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2017/5/11/6-346751.html)
 
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