大法小弟子は修煉を堅持し、緩めない
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文/日本の大法弟子

 【明慧日本2014年7月16日】偉大なる師父、こんにちは! 同修の皆さん、こんにちは!

 僕は12歳の日本人子供弟子です。今年は修煉して四年目となります。この数年間の修煉を振り返って、些細な体験を書き出して師父にご報告し、同修達と分かち合いたいと思います。

 一、真相を伝え

 5年生のある日、僕は校内放送の選曲担当となりました。帰宅後、お母さんに自慢げに「曲はもう決まったよ。最近、一番流行っている歌で、きっと皆が喜ぶよ!」と話した矢先、「私達は修煉者なので、まず真相伝えを考えなければいけません。このチャンスを利用して皆さんに大法の事を知ってもらったらどう?」とお母さんにアドバイスされました。「そうだ。思いつかなかった。本当にグッドアイディアだ」と、僕はすぐに以前北京のお婆ちゃん家で録音した『天音浄楽』と『明慧放送』を取り出して入念に選曲を始めました。「小さなお月様よ、空に懸っている」の歌声が耳に飛び込んだ瞬間、「お母さん、『蓮の花を挿す』に決まった」と歓声を上げました。お母さんは賛成の笑顔で僕に頷きました。翌日、『蓮の花を挿す』のCDを担任の先生に渡しました。先生は聞いた後、眉間にしわを寄せながら、「伴奏はとても聞き心地が良いけど、ただ中国語の歌詞では、皆さんが意味が分からないので困りますね。そうだ、お母さんに歌詞を和訳してもらい、簡単な紹介をしてから流せばいいですね」と提案してくださいました。先生の意向を、遅く帰宅したお母さんに伝え、当日の夜にお母さんは歌詞を翻訳してくれました。翌朝、日本語に訳されている歌詞と共に再びCDを先生に渡しました。心の中で「皆さん、くれぐれも大法を知るこの貴重な機会を見逃さないように!」と願っていました。そうすると先生は、「素晴らしい歌詞に軽快なメロディ、それから可愛い歌声、問題ないでしょう」と笑顔で言いました。このようにして、『蓮の花を挿す』が順調に審査を通過しました。

 校内放送は給食の時間に行われます。待ちに待った放送日がやってきました。いつもと同様に皆が談笑しながら給食をとっていました。その時、担任の先生が「今日は、皆のために祐太郎君が中国語の歌を選んでくれました。静かに聴いてください」と大きな声で話しました。静まり返った教室中で『蓮の花を挿す』が流れていました。放送後、「本当にいい曲。もう一度曲名を教えて」、「かわいい歌声で純真な子供達だね」、「歌詞の意味はよく分からないけど、大ファンになったよ!」などなど、クラスの人達は各自の喜びを語りました。それから、歌詞の意味を興味津々に聞いてきたクラスメートもいました。「歌詞にあった多くの国と地域に咲き誇り、各民族の人々に愛されている蓮の花は『真善忍』の象徴です」と僕は説明しました。また、一人のクラスメートが申し訳なさそうな表情で、「父は大手の貿易会社で働いています。よく出張で中国に行く父から中国の良くない話を聞いています。そして、僕も今まで中国に対して悪いイメージを持っていましたが、今日の歌、『蓮の花を挿す』の歌詞もメロディも大変気に入りました。これからもっと中国の事を教えてください」と小さい声で僕に話しました。帰宅後、「今日の校内放送を聞いた?」と待ちきれずに妹に確認しました。「もちろん! お兄ちゃんのリクエストだから、皆とても真剣に聴いていたよ! 終わったら皆が好きだと言ってくれたよ」と、妹も嬉しそうに話しくれました。帰宅したお母さんに昼間の出来事を話したら、お母さんは「きっと皆は歌を聴いている時、大法の素晴らしさを感じていたと思うよ」と話しました。僕は「また機会がやってくるように」と願わずにいられませんでした。

 学校の先生とクラスメート以外に、常人であるお父さんとお婆ちゃんも、僕が真相を伝える相手です。僕が大法の活動へ参加することに対して、反対していたお父さんの態度は、心から応援するまでに大きく変わりました。お婆ちゃんは毎年の神韻公演を、首を長くして楽しみに待ち望んでいる大ファンになり、現在は日本語版の『轉法輪』も読み始めました。

 二、優曇華の花が僕たちを励ます

 昨年7月のある日、お母さんは僕と妹を車に乗せてスーパーまで買い物に行きました。スーパーの駐車場に着き、空いているスペースに車を入れとうとしたら、突然バッグカメラのモニターに風に揺られている白い物が映っていました。「これは何?」とお母さんに尋ねると、「何かが引っかかっているみたいだね」とお母さんは気に留めませんでした。車が停まってから僕は飛び降りて、その物体の正体をつきとめるために車の後ろに回りました。そうして、目に飛び込んだのは、細長くて透明色の幹の先端に小さな米粒の形をしている花でした。思わず僕は「お母さん、優曇華だ」と大きな歓声を上げました。僕はインターネットで優曇華の花の写真を見たことがあるのですぐ分かりました。駆けつけてきたお母さんはまず驚いて、「きっとあなた達の学法がよくできているから師父が褒めてくださっているよ」と嬉しそうに言いました。車で外出する際、僕たちは必ず車の中で洪吟と論語を暗誦したり、大法の歌を聴いたりしています。妹もそばで「師父は本当に聞こえておられるよ!」とはしゃいでいました。お母さんは「優曇華は慈悲なる環境にしか現れないので、偉大なる師父が強大の慈悲をもって私達を加持してくださっています。しっかり精進していきましょう」と話しました。師父がいつも僕たちのそばにいらっしゃることを、一度も疑ったことはありません。

 三、日本天国楽団に入団して法を実証する

 反迫害パレードではいつも、僕は子供弟子たちと一緒に看板を持って列の後尾にいました。ある時、通行人に真相資料を配るために、初めて至近距離で天国楽団の演奏を聴くことができました。大変感銘を受けました。威風堂々たる行進で同修達に心から敬意を払いました。その数日後、お母さんは大変厳粛な口調で僕に「今のサッカーチームを辞めて、器楽部に入部してほしい。師が法を正すことをお手伝いするのに力を発揮してほしいのです。真剣に考えておいてください」と言われました。思いもよらなかったお母さんの言葉に唖然としました。幼稚園の年長からサッカーを始めた僕は、4年以上にわたって、個人メダル、チームトロフィーを多数獲得して実績を残しています。しかも、サッカーチームでは二人のゴールキーパーを育てており、一人が僕です。お父さんは僕のサッカーを応援するために、審判ライセンスを獲得しようと準備しているところです。お母さんの話は本当に意外でした。しかし、お母さんの口調は相談余地のないほど、固い決心を物語っています。翌日、不本意ながら器楽部の入部申請を提出しました。先生に希望する楽器を伝えようと思っていたら、先生はまるで僕の気持ちを読んでいるかのように、「楽器の割り当ては既に一年前に決まりました。今、空いているのはトロンボーンのみです。あなたに他の選択肢はありません」と先に言われてしまいました。音楽が嫌いではありませんが、僕はずっと主旋律を吹く高音部のトランペットに憧れていたので、先生の話を聞くとがっかりしました。その時、「器楽部に入る目的は法を実証するのに役立ちたいからであって、決して趣味を満たすためではない」というお母さんの言葉が頭に過り、僕は首を縦に振って同意しました。練習の初日、途中からの入部なので基礎練習は三日間もかけて隣の教室で単独に行わなければいけないと言われました。一人ぼっちで単調な練習を繰り返し始めました。校庭でサッカー練習している団員達の顔を眺めながら、心の中では器楽部は女子ばかりで本当につまらないとぶつぶつ不満をこぼしてしまいました。三日間が経ち、やっと音を出せるようになりました。きっと皆と一緒になれると自信満々だった僕は、「まだ皆との合奏は無理です。これからの二週間は、ドレミファソラシの練習をしてください」という先生の言葉に、実に失望感を覚えました。一日も早く皆と一緒に合奏したければ練習に励むしかありません。開き直って再び二週間にわたる孤独な個人練習を重ねました。その間、隣の教室から楽しそうなメロディが伝わってくる度に辛い思いをしました。何度も「本当に最後までやり遂げられるのか? やはりお母さんに弱音を吐いて勘弁してもらおうか」と何度も迷いました。躊躇しているうちに、僕の技術がどんどん上がり、いつの間にかドレミファソラシを自由自在に吹けるようになりました。天国楽団の威厳なシーンが度々脳裏に浮かび、また、天国楽団に向かって一歩進むことができたと喜びを覚えました。それを原動力にして吹奏力がどんどん伸び、それからやめたいという思いは一度も現れて来ませんでした。今になっては、その間は一度もお母さんに弱音を吐かずに歩んで来られたことをとても嬉しく思っています。これは僕の修煉の道だと明確に分かるようになりました。

 しばらく経って、同修達にそろそろ出団できると言われました。お母さんは僕に中古のトロンボーンを購入しようと専門店に連れていってくれました。店内に入って見て回ると一つのトロンボーンが静かに待っているかのようでした。レジの前で「なかなかトロンボーンとは巡り会えませんよ。ほとんどの場合は入荷されて三日以内にもう買われてしまいます。今回は何と三週間も店に置いたまま問い合わせがありませんでした。本当に不思議です」という店員さんの話を聞くと、僕とお母さんは会釈しながら笑いました。心の中で「師父がその法器を僕のために取っておいてくださった」と分かっていました。自分の楽器を持ってからは、毎日の練習に更に励むようになりました。

 今まで僕は天国楽団のメンバーとして6回も出団ができました。最も忘れられないのは、今年のニューヨーク国際法会の期間中でのパレードです。初めて世界各国の天国楽団の同修達と協調して強いパワーを感じました。

 今年、中学生になった僕は、子供弟子から大法弟子まで成長していきます。更に怠らないように修煉の道をしっかり歩んでいきます。お母さん同修、妹同修と手をつなぎ、師父について故郷に帰ります。最後は、いつも妹と喧嘩した後に泣きながら暗誦している洪吟をもって、本日の発表を終わりたいと思います。

「辯少なしに」

 強辯(きょうべん)に遇えば争論すなか勿れ

 内に向けて因を求むは修煉

 釈明しようとすればするほど心重し

 坦懐(たんかい)にて執着無ければ知見出づ

 「誰が是誰が非」

 修煉する人

 自らの過ちを探し

 各種の人心取り去ること多し

 大なる関小なる関、落さんと想ふべからず

 正しきは彼

 過ちは私

 何を争ふものか

 (2014年アジア地区法輪大法修煉体験交流会)

 
 
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