文/中国の大法弟子
【明慧日本2021年5月27日】4月19日の明慧ネットに掲載された「携帯電話が監視されている」という文章を読んだ後、去年疫病で石家荘がロックダウンされた時のことを思い出しました。家族が北京に用事があり、前日の夜に行って、翌日の午後に石家荘を通り過ぎました。
その後、防疫センターから電話があり「あなたはXX日に石家荘へ行きましたか?」と聞かれました。以下は電話の中の会話です。
私:「石家荘へ行ったことはありませんよ」
防疫センター:「上(関係部門のリーダー)からあなたが石家荘へ行った記録があるとの知らせを受けました」
私:「石家荘へ行ったことはないのに、どうして記録があるのでしょうか?」
防疫センター:「記録にあなたの携帯番号があります。石家荘へ行ってないなら、どこへ行ったのですか?」
私:「用事で北京へ行っていました。前日の夜に行って、翌日の午後に帰りました」
防疫センター:「自家用車で行ったのですか?」
私:「汽車で行きました」
防疫センター:「なるほど」と言って、電話を切りました。
以上の対話から「携帯を持っていればどこへ行っても監視され、どこを通っても、汽車に乗ったとしても、電子記録が残り監視されてしまう」とわかりました。
家の携帯は古い携帯で、しかも煉功していない常人用の携帯です。常人の携帯であっても、このように監視されているのに、ブラックリストに載せられた人ならなおさらです。当局に少しでも敏感だと認識されたら、随時に記録を出し取り調べに使われます。
同修達よ、教訓を覚えましょう。ぜひぜひ十分に重視しましょう。師父が説法の中で幾度となく携帯は盗聴器だと強調されました。正念が強ければよいとか、年寄り向けの携帯で大丈夫だなどなど、みな自分の執着のための言い訳です。特にこっそり携帯をポケットに入れている人はなおさらです。私達は真・善・忍で自分自身を修めているのですが、本当にできたのでしょうか。災いを招いたら、後悔しても手遅れです。
以上は個人の認識ですので、責めるのではなく、注意を呼びかけたいだけです。法に従っていないところがあれば、慈悲なるご指摘をお願いいたします。ありがとうございます。
【編集者注:この文章は筆者の個人的な観点を代表しているものであり、正しいか否かについては筆者個人が責任を負うものとし、読者は自身で判断してください。】