江沢民への追悼文が伝え忘れた歴史の真実
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文/李明

 【明慧日本2022年12月14日】江沢民元国家主席については、これまでにも数々の死亡説が流れていた。しかし遂に11月30日、中国共産党(以下、中共)は正式に上海での死亡を発表した。江沢民は、腐敗した統治、淫乱や売国、善良な人々への迫害などでよく知られており、世間一般では「江蟾(ヒキガエル)」、「役者」と呼ばれていた。中共は江派閥の要求どおり、江を「高く評価される卓越した指導者」、「中国の特色ある社会主義という偉大な事業における傑出した指導者」などと表現する。しかしそれは事実を知る者からすれば、咳き込みをこらえきれず、吐き気を催してしまう。

 漢奸の子なのに、烈士の遺児と偽る

 追悼文では江沢民の生涯を振り返ったが、歴史の真実だけは伝え忘れた。

 江沢民の父親である江世俊は、「和平救国会」と「南京臨時維持会」に参加したことがある。1940年に汪精衛偽政府によって宣伝部副部長兼社説委員会主任委員に任命され、著名な漢奸作家・胡蘭成の下で幹部も務めた。

 江世俊は息子の出世を願いつつ、江沢民を汪偽政府のスパイ頭である丁黙邨が開いた「青年幹部訓練班」に送り、修了後そのまま汪偽政府が作った偽の中央大学(本物の中央大学は国民政府とともに西南に移転)に送り込んだ。

 汪偽政府宣伝部長の林柏生は、中央大学の学生幹部(うち2人は中共秘密グループのメンバー)に声をかけ、タバコ館に対する反タバコキャンペーンを展開した。偽政府宣伝部副部長の息子として、江沢民は当然、積極的に行動した。汪偽政府の高官の子弟が、公然と中共が地下で主導する学生運動に参加するとは、とても考えられない。しかし、江沢民が政権を握って以来、この部分の歴史は中共のマスコミに「1943年から政党が地下で主導する学生運動に参加した」ともてはやされた。

 共産党は常に出自を重視しており、漢奸の子孫の身分は決して表に出してはならない。「地富反壊右(地主・富農・反革命分子・悪質分子・右派分子)」の分類を見れば、漢奸の子孫は反革命分子で犬野郎と呼ばれ、叩きのめすべきとされていた。生き残りと出世のため、江沢民が死んだ「革命烈士」の叔父・江上青のもらいっ子になる茶番劇があった。

 2005年初め、江沢民はアメリカの商人クーンに依頼して書いた『江沢民伝』を盛大に発表し、その中で「『この子に父の遺志を継いでほしい』、江世俊が養子縁組式で『諸悪の敵に復讐しよう』と話した。その年、江沢民は13歳だった」と書かれていた。不可解なのは、江上青は中共の烈士で、当時はまだ共匪と呼ばれている。汪偽政府に忠誠を誓った江世俊は息子を江上青に養子にし、さらに彼の遺志を継がせるという。では、この「諸悪の敵」とは誰を指すのだろうか?

 KGBのスパイで「現代最大の売国奴」

 1949年、江沢民は共産党のエンジニアに転身した。烈士の遺児と偽り、江上青の部下である汪道涵に諂い、江沢民は出世していった。

 1955年、江沢民はソ連に研修に行ったが、このソ連行きには衝撃的な秘密が隠されていた。

 至る所で演奏して歌う目立ちたがりの江沢民は、KGBの目に留まった。一方でソ連軍が押収した特殊工作員のファイルの中には、江沢民の「青年幹部訓練班」への参加を含む経歴情報が含まれていた。そこでKGBはクラバという女性スパイを派遣し、金銭とハニー・トラップで江沢民をKGB極東局に誘い、中国人留学生と中国大陸の情報収集に当たらせた。条件は、彼の漢奸の歴史を漏らさないという約束だった。これが後に、江沢民の売国の契機となった。

 1999年12月、江沢民とエリツィンは中露国境条約に調印した。中華民国以来の歴代政権が否定してきた中露の不平等条約を認め、東北三省、台湾数十個分に相当する100万平方キロメートル以上の肥沃な土地をロシアに与えることとなった。その中には、1953年に国連総会が中国領土と議決した唐努烏梁海地区も含まれている。香港やマカオは取り戻さなければならないとする一方で、強奪された自分たちの土地を取り戻そうとせず、却って恭しく譲り渡したのだ。

 中国は土地が広いが、物産が豊富ではなかった。自然条件が劣悪な地域が多く、生存に適した土地は国土の29%に過ぎない。さらに、ここ数年の中共の池を干して魚を取るような経済発展モデルも加わり、環境が絶えず破壊されて資源が枯渇し、生態環境が急激に悪化した。江沢民が手放した100万平方キロメートルの大部分は、広大な原生林に覆われた極めて肥沃な土地で、鉱物や石油が豊富に含まれている。その土地は「握れば油が流れ出る」と言われている。江沢民は、中国人が神から授かった黄金の飯碗を潰しまった。

 そのため江沢民は、知る人ぞ知る人からは「現代最大の売国奴」と評されるようになった。

 これまで功徳を称えることが好きな中共は、このような大きな「功績」については何の報道もせず、条約の詳細も公表せず、すべてが秘密裏に行われた。恐らく、江沢民が漢奸の子孫で極東局員の身分があったこと、その書類を隠すことが、取引の一つの要因であっただろう。これは、中共内部が内情を知った後、江沢民の責任を追及できない原因でもある――中共の指導者が漢奸の子孫でKGB要員であったことは、中共政権を直接危うくする。江沢民は成功裏に自分と中共を縛りつけた。

 「六四天安門事件」の鮮血を踏みつけながら政権に就き、腐敗をもって国を統治

 「六四天安門事件」の学生弾圧の血を浴びて政権の座についた江沢民に、統治能力はほとんどない。しかし漢奸の父に育てられたため、演奏や歌唱を好み、外国元首の前で髪を梳かしながら歌うという「国際ジョーク」を多く残し、外交儀礼や国家元首としての威厳を無視し、国の面目を失墜させた。世間一般では「役者」と呼ばれていた。

 1996年6月、江沢民はスペインを訪問した。スペインのカルロス国王は、江沢民を三軍の儀仗隊の観兵式に招待した。江沢民はその時、突然櫛を取り出し、国王の前で髪を梳き始めた。6月25日、スペイン第一の新聞『ナショナル・ジャーナル』をはじめ、多くの新聞が1面トップで「カルロス国王は江沢民が髪を梳くのを見ていた」というニュースを掲載した。まもなく、世界中の多くの新聞が転載した。これを見た多くの華僑は、炎黄子孫の面目が丸つぶれになったと感じた。

 1999年3月30日、江沢民はオーストリアのクレスティル大統領とともに、モーツァルトの故郷であるザルツブルクを訪問した。モーツァルトの家の最も価値のあるコレクションは、この巨匠が1785年にウィーンで購入したピアノである。大統領が約200年前の遺物を紹介した直後、江沢民はすぐにピアノに駆けつけて座り、どっちつかずで得体の知れない『洪湖の水、波が波を打つ』を弾き始めた。クレスティル大統領は江が巨匠の遺品に触れるのを止めようとしたが、外交礼儀のゆえ、気まずい顔でいた。江沢民は演奏しながら艶めかしい目で隣の女性を見つめていた。

 江沢民のこのような醜聞は、枚挙にいとまない。

 「今後何かあったら、お兄さんに言って。何でも解決してあげるから」。宋祖英と握手している間に、江沢民がこっそりと渡した小さなメモにそう書かれていた。中国第二次世界大戦史研究会のメンバーである呂加平氏は、江と宋のスキャンダルを中央指導者、人民代表大会代表と政治協商会議委員にレターで報告し、法律に基づいて調査、処理することを希望した。

 荒淫には、必然的に腐敗が伴う。そうでなければ何をもって「愛人」を養うのか? 江沢民は「こっそりと財を成す」をよく口にし、実際もそうした。1992年に米国から帰国した江の息子の江綿恒は、江沢民の権勢を利用し、濡れ手で粟を取るようにわずか数年で「電信王国」を築き上げ、「中国最大の私腹を肥やす者」となった。1999年、学術業績がなく、1日も教授になったことがない江綿恒は、江沢民から中国科学院副院長に任命され、中共史上の「官商一体(政府と企業が一体となる)」の極みとなった。

 海外筋によると、江沢民一族が海外で保有している資産は少なくとも1兆米ドルで、その半分がすでにロンダリングされていることが明らかになった。香港のメディアによると、国際決済銀行は2002年12月に、20億米ドルを超える未受領の中国流出資金を発見した。中国銀行元副総裁の劉金宝は獄中で、この資金は江沢民が中共第16回全国代表大会の前に、自らの退路のために国外に移した資金だと暴露した。

 江沢民政権がどれだけ腐敗していたかを語る必要もない。習近平が反腐敗キャンペーンで叩き落とした虎やハエを見れば分かることだ。いずれも一国のような金持ちである。ロイター通信によると、政治局常務委員の周永康は少なくとも900億元相当の財産を没収された。中央軍事委員会副主席の郭伯雄と徐才厚は、軍隊を権力と金と性の取引の大市場と化し、160人以上の将軍が今なお調査・処分を受けている。副省(部)級以上の高官400余人が摘発された。1億元以上の汚職幹部が121人で、中レベルの虎やハエは数え切れないほどいる。北京の小さな村の書記である石鳳剛の家からでさえ、31キロの黄金、720万元以上の金銭、20台以上の高級車、タンス一杯の茅台酒などが発見された。これらを14億人の国民に分配すれば、誰もが一晩で金持ちになるだろう。

 中共の現職党首と江派による追悼文と、習近平の反腐敗キャンペーンを比較して見れば、中共の破廉恥な本質が分かり、どんな「偉業」を成し遂げ、江沢民の「リーダー術」がいかに「段違いに優れている」かが分かる。

 中共は根っ子まで腐ったと庶民は言っている。

 腐敗をもって国を統治した理由

 江沢民が腐敗をもって国を治めた理由はいくつかあるが、その一つは、「六四天安門事件」によって政権を取った江沢民に軍部での威信がなかったためである。そこで官職を握らせたり、密輸や汚職の黙認などで人心を買収し、軍権を掌握したのだ。1993年から2004年まで、79人が大将の階級に昇進し、少将や中将も数百人に達し、まるで子供の遊びのようだった。

 1996年1月23日、江沢民は気まぐれに隣の人に「今日は数人の上将を昇進させてみようか。楽しいだろう。どうだ?」と言い、その場で4人に官職を与えた。

 軍のビジネスへの参入は1980年代半ばに始まり、当初は軍事費の補助、「軍を軍で養う」ためだった。江沢民が政権を握った後、軍権の掌握と人心を買うために、軍を放任して大々的な商売を行わせ、軍の腐敗を容認した。それは収拾のつかないことになり、軍にはかつてない腐敗が蔓延り、海賊レベルを超える密輸が行われるようになった。

 1998年9月の全国密輸に関する会議で、朱鎔基元首相は「1998年上半期だけで、軍は税関の密輸防止担当者と公安武装警察、司法関係者450人を射殺、2,200人以上が負傷した」と述べた。近年、毎年8,000億元の密輸のうち、軍によるものは少なくとも5,000億元である。脱税額を代金の3分の1で計算すると1,600億元に上る。この額は軍事費の補助に充てられず、8割以上が各級将官の個人の懐に入った。

 腐敗に続いたのは贅沢三昧で、部隊は娯楽施設を設け始めた。1995年だけでも総参謀部3部の傘下には15の娯楽施設があり、編成外で476人の「完全なサービスを提供する」女性を募集した。軍部にはまた、幹部が楽しむための多くのクラブ、ゲストハウス、療養所、リゾートなどがあり、1997年にピークを迎えた。これらは特級、上級、下級に分類され、24時間365日サービスを提供する特級クラブが全国に8カ所あり、毎日満席の上級クラブが全国に30カ所ほどある。特級クラブはいずれも設備が非常に充実した豪華なもので、応急用の直行ヘリコプターも完備している。従業員、補助員、介護士などのスタッフはみな、軍や警察の文化宣伝団と衛生学校、および党や政府機関から政治審査を経て選ばれた未婚女性であり、さらに文化、芸術、礼儀、社交などの訓練を受けている。

 以上が江沢民の追悼文に書かれた「厳正に軍を治め、法に従って軍を治め、勤倹をもって軍を構築した」、「国防・軍構築における江沢民思想を創立し、国防・軍の近代化を主導し大きな成果を得た」ことの実態だ。

 もう一つの主な理由は、「真、善、忍」という普遍的価値に対する迫害である。それによって社会道徳が著しく低下し、腐敗や汚職が蔓延るようになった。

 1999年7月、江沢民は嫉妬心から、他の常務委員が明確に反対したにもかかわらず、独断で法輪功に対する弾圧を始め、「国や党が滅亡させられる」とまで言及し、情報、公安システムとメディアを利用して法輪功に関する様々な偽情報と罪名を作りあげ、弾圧の根拠とした。法輪功が広く伝えられて以来、億単位の人々に心身の改善をもたらしてきた事実は、「国内外の敵対勢力がわが党と大衆を奪い合い、陣地を奪い合う政治闘争だ」と流布された。

 江沢民が掲げた「3カ月以内に法輪功を消滅させる」という目的を達成するために、国家機関のすべてがフル稼働し、法輪功学習者の「名誉を毀損し、経済を破綻させ、肉体を消滅させる」ことを目指した。江沢民がそのために設立した「中共中央法輪功問題処理指導グループ」(略称「中央610弁公室」)は、構成組織が多く、級別が高く、権力も大きい超法規的なゲシュタポのような機関となった。法輪功を弾圧するための費用は当初、GDPの1/4を占めていたが、その安定維持費は2009~2012年の間に国防支出を上回るようになった。「610弁公室」は胡・温政府から独立した超法規的な機関となった。

 政治的な訴求がなく、ただ心を修め善人になろうとする修煉者団体を国を挙げて迫害することは、人類史上かつてないことである。すべての新聞、ラジオ、テレビ局は法輪功を誹謗するデマを堂々と宣伝し、文化大革命が再来したかのようだった。「4.25」、「1,400人の死亡例」から「天安門焼身自殺」まで、デマはどんどん膨らんでいく。しかし、これらのデマは、法輪功学習者がずっと続けて行ってきた真実を伝える活動によってとうに暴かれた。特筆すべきは、「焼身自殺」が発生する2~3カ月前の2000年10月11日、明慧ネットが掲載した大陸総合ニュースである。「610弁公室」の内部の情報によるとして、邪悪勢力(中共)は焼身自殺を捏造し、法輪功に濡れ衣を着せることを計画していると言及したのだ。

 デマのエスカレートは、弾圧の継続と強化のためであった。法輪功学習者は連行、不法拘留、罰金、精神病院への収監、公職追放、連座、監禁、洗脳、拷問、労働による再教育、実刑判決の宣告などを受けた。迫害により身体障害を負い、死に至り、さらにはこの地球上にかつてない罪悪である臓器狩りの対象とされた。明慧ネットの報道によると、2021年11月現在、迫害によって死亡したと確認された法輪功学習者は4,706人で、この数字は実際の迫害による死亡者の氷山の一角に過ぎない。2019年6月17日、ロンドンの「人民法廷」は、中共政府には良心の囚人の臓器摘出行為が依然として存在し、法輪功学習者が最も主要な臓器供給源であると判決を下した。

 こうした「真、善、忍」という普遍的価値に対する迫害には、デマのほかに、利益による誘惑と脅迫も不可欠だった。江沢民は各級官僚の功績、昇進を法輪功の迫害と結びつけた。「610」のメンバー、公安、労働教養所、監獄警官の賞与、昇進などの個人利益はみな、法輪功学習者を迫害する業績と結びつけられていた。彼らは政治的圧力ゆえ、あるいは自分の利益のために、人間としての道徳的な良識と限界を歪めて破り、法輪功学習者を残酷に迫害した。社会全体も態度の表明を強いられた。各企業は社員を集め、法輪功を中傷する中央テレビが製作したビデオを視聴させ、態度表明と署名を行わせ、「全国民が法輪功に反対している」雰囲気を作りだした。小学校の教材には法輪功を中傷する内容が含まれ、試験には法輪功を中傷する問題があった。就職活動や大学受験の際は、法輪功の修煉の有無を記入しなければならず、駅構内に入るときも、法輪功創始者の写真を踏んで行かなければならなかった。国家全体が江沢民によって信念への迫害、普遍的価値である「真、善、忍」を迫害する空前の災難へと引きずり込まれ、社会道徳は著しく低下した。政府と企業の癒着、権力と金の取引、汚職と腐敗の横行、ポルノ、ギャンブル、麻薬の氾濫、偽造品や粗悪品は至る所にある・・・これらが追悼文に書かれた、江沢民が「社会主義の物質文明、政治文明、精神文明の構築を推進し、全世界が注目する新しい進展を得て、中国の特色ある社会主義を21世紀に押し上げることに成功した」ということの実態である。

 このような国民に災禍をもたらした悪人を「偉大」、「輝き」、「傑出」した指導者だとおだてることができるのは、一切の代価も惜しまずして嘘を真実とする中共だけであろう。恥知らずにもほどがある。

 実は、江沢民が1万年ほど悪名を後世に残すと言っても足りない。1万年でどうして足りるだろうか? このヒキガエルの罪は18層の地獄、無間地獄を逃れることができないだけでなく、無生の門に入り、永遠に罰を受け、生まれ変わることはないのだ。このことについて、もはやいかなる幻想を抱く必要もなく、悔い改めるには遅すぎるのだ。

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2022/12/4/452700.html)
 
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