失望して神を信じなくなった衆生への救い済度―『なぜ人類が存在するのか』に対するわずかな理解
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 文/山東省の大法弟子

 【明慧日本2023年1月27日】旧暦大晦日の前日の1月20日に私は帰省しました。私の家族も中共ウイルス(コロナ)に感染して治ったばかりでした。私は人を救う緊迫性を認識していたので、母に改めて「法輪大法は素晴らしい、真・善・忍は素晴らしい」を唱えるように勧めました。以前、母に大法の素晴らしさを伝えたことがあり、母もよく受け入れてくれていました。しかし、今回は母の態度が突然悪くなり、酒を飲んだこともあり、興奮して「みんな嘘つき」と罵りました。突然の変化に、私はとても驚き「中国共産党の噓偽りの宣伝のテレビを見すぎたせいなのか? それとも何か別の原因なのか?」と戸惑ってしまいました。

 大晦日の夜、私はパソコンを開き、明慧ネットにアクセスすると、師父の新しい経文『なぜ人類が存在するのか』が発表されていました。経文を読んで大きく驚かされ、人を救う時間がとても緊迫していると感じました。

 夜10時頃になり、私は突然分かってきました。田舎育ちの母は、宗教の信仰はありませんが、ずっと神を信じていました。今までの人生が順調ではなかったため、母は多くの神々に祈って求めましたが、あまり変化が顕れませんでした。そのせいか、今では神を憎むようになり、神を信じなくなり、態度も悪いのです。

 ちょうどその時、母は餃子を鍋に入れて支度していました。私は母のそばで「お母さん、昔の人は神に求めるのではなく、神を敬います。現代人は神に求めるばかりで、願いが叶わなければ神を憎みます。これではいけませんよ。神は常におられるのです。私たちが求めているものに対して、私たちがその福徳を持っていれば、神は私たちに与えてくださいます。それは前世で残した福徳です。ですから、良い人になって善行を行ない、たくさん徳を積むことができれば、来世には求めなくても神様が与えてくださるのです」と言いました。

 私の話を聞き、母は穏やかに笑って喜んで受け入れてくれました。生まれて初めて、母のこのような温かい笑顔を見ました。

 翌日は旧暦のお正月でした。お昼の11時頃、神韻公演の録画を観終わりました。母が鶏に餌をやって腰を下ろしたところで、新唐人テレビで師父の新しい経文『なぜ人類が存在するのか』が放送されました。私は母に「早くよく見てね。人類に何か緊急で大事なことがあったかもしれません。これは師父が初めて全人類に向けられて文章を発表されたのです」と強調しました。

 母はじっと座って最後まで見ていました。母の表情は真剣で、何かを考えていたようでした。

 その時、私はふと「師父のこの経文は、人類の中で普遍的に神を信じている衆生、また、難に遭遇したり、宗教に失望したりしていて、神を信じなくなった衆生に対して、因果を明らかに示してくださり、全人類の衆生に対する直接的な救い済度である」と分かりました。そう思った瞬間、思わず感激の涙がこぼれてきました。

 【編集者注:この文章は筆者の現時点での個人的な認識を代表しているものであり、同修の皆さんと切磋琢磨し、「比して学び比して修す」のためのものです】

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2023/1/23/456014.html)
 
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