明慧ネットはその数年間を私と共に歩んできた 
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文/中国の大法弟子

 【明慧日本2023年7月19日】1999年の迫害以降、さまざまな理由から、私は同修と連絡が取れなくなり、常人の中で自分自身を見失いました。その後結婚しましたが、夫は短気で私を殴ったり叱ったりして、とても惨めな生活を送っていました。

 QQで法輪功迫害の実態を語る海外の同修に出会ったのは2004年のことでした。その同修は、私にインターネットの検閲や封鎖を突破するソフトウェア(訳注、フリーゲート)であるネットワーク突破ソフトを渡してくれました。フリーゲートを使って明慧ネットを開くと、トップページに山中で静かに世界を観察している師父の法像があり、本当に感激しました。道に迷っていた自分は、再び家を見つけました。私は師父の経文をすべてダウンロードしました。それ以来、返本帰真の道を歩んでいます。

 苦心し、按排して下さった師父に感謝するとともに、中国本土に粘り強く真実を伝えてくれた海外の同修にも感謝します。海外の同修が私にネット突破ソフトを送ってくれなかったら、周りに同修がいない私は、修煉に戻れたかどうかわかりません。明慧ネットが長年そばにあったおかげで、邪悪の中心にいる私たちは孤独ではなく、道に迷うこともなくなり、それは返本帰真の道を明白に示してくれました。

 明慧ネットにアクセスする方法を知った後、私は同級生のA同修に電話しました。私たちは同じ都市には居らず、同時にお互いの安全を考え、敢えて連絡を取っていませんでした。しかし、物覚えの悪い私が、なぜか彼女の電話番号はよく覚えていて、連絡をするとこの時、彼女も常人の中で方向を失いつつあり、明慧ネットにアクセスできると聞き、とても喜びました。すぐにAさんは夫とともに私の家にやって来て、私の助けを借りながら中古のパソコンをセットアップし、私は彼女にネット突破ソフトをあげました。それ以来、Aさんも修煉の道に戻ることができ、またAさんはフリーゲートを同修のBさんに渡し、Bさんも自分で明慧ネットにアクセスできるようになりました。

 私は地元の同修を見つけようとしましたが、厳しい迫害のため、多くの同修が引っ越しました。その後の数年も、地元の同修と連絡が取れませんでした。しかし、私は明慧ネットの交流文章を毎日読んでおり、明慧ネットのおかげで、1人で修煉しているという感覚はなく、常にみんなと修煉していると感じています。

 私は明慧ネットの文章をダウンロードし、自分の条件に合わせて印刷し、配布しました。自分でCDを作成し、配布することもあります。時々、知人にCDを渡して、見たあと返却をお願いして、また他の人に送ることにしています。明慧ネットに掲載された迫害を暴露する記事に基づいて、私も各地の関係部門に真実の手紙を郵送しました。私は仕事の都合を利用して、クライアントにネット突破ソフトをインストールしています。彼らは皆、この突破ソフトが大好きで、他のソフトよりも速くて効果的だと言いました。

 当時、私はネットワークセキュリティについて何も知りませんでした。海外の同修がQQで真実を語っているのを見て、私もQQで真実を語り、海外の同修から送られてきた真実のメッセージをたくさん転送しました。私は毎日、仕事以外はただパソコンの前に座って真実を明らかにし、人々に三退(中国共産党組織からの脱退)を説得しています。セキュリティについて何も知らない私は、師父の保護の下、5年間インターネットで真実を語り続け、2007年には家のガラス窓に優曇華の花が咲きました。

 その後、私はネット上で真実を明らかにする記事を書きましたが、明慧の同修は安全に気を付けるよう辛抱強く注意してくれました。その時になって初めて、中国本土の同修がQQで真実を明らかにするのは安全ではないことを知りました。また、オンラインで真実を明らかにした同修が迫害されているという交流記事もいくつか目にしました。それ以来、ネット上で真実を明らかにするのをやめました。2009年直後、明慧ネットで携帯電話を使った真相解明に関する技術マニュアルが公開されたので、私はマニュアルをダウンロードし、明慧ネットで教えられている方法に従い、携帯電話を使った真相説明を始めました。

 対面での真実を語ることに関しては、自分自身はあまり上手ではなく、不安や恐怖心がありましたが、明慧ネットでそのことに関する多くの交流記事を読み、同修たちがとてもうまく行っているのを知りました。私は、対面で語ることにも挑戦しました。他の同修ほど上手ではなかったかもしれませんが、何年にもわたって、真実を話してきました。

 2014年頃、ようやく地元の同修と連絡が取れるようになり、現在は同修に資料の提供や技術的サポートを行っています。私は地元で法を実証する流れに溶け込みました。

 心性の修煉に関しては、明慧ネットで心性の向上についての多くの交流があり、私も修煉が分からない状態から修煉できるようになり、少しずつ成長していきました。

 初めに心性の関に遭遇したとき、私はそれに耐えようとして、心の中で我慢、我慢、我慢と考えていましたが、悔しく思い、涙を流し、悲しく、さらには憤り、嫉妬することもありました。しかし、私は心の中に「真・善・忍」の基準を持っており、すぐに平静になれるわけではないのですが、常人のように振る舞うことは絶対にありません。心性の関を乗り越える際、我慢することがとても辛く感じても、常人の方法で相手にやり返そうと思ったことはありません。これらの魔難に直面し、自分の心を見つめ、自分を修めます。法を学び、明慧ネットの交流記事を読むことで、どんな困難な関も乗り越えることができるでしょう。 そして、私はこれらのことから自分の心性を向上させました。

 今では、嫌なことに遭遇したとき、相手の立場に立って考え、相手の苦労を理解し、内側に目を向けて執着心を探し、よりよく出来るようにしています。

 師父、ありがとうございます。

 
翻訳原文(中国語):https://www.minghui.org/mh/articles/2023/7/5/462627.html
 
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