正しい教訓を汲み取ろう
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文/中国の大法弟子 凭悟

 【明慧日本2014年4月20日】最近、面と向かって神韻DVDを配った時、一人の30歳代の男性はDVDを受け取ってから、自分は警官だと言い出して、私の自転車のハンドルを掴まえて、自転車のカゴを調べようとしました。私の自転車のカゴにはまだ30枚ほどの神韻DVDが入っていました。彼に勝手に調べさせてはいけないと思い、私は彼に説明しながら、手で彼を遮って、調べさせないようにしました。その時はちょうど夕方でした。歩道に行き来する人は多く、膠着状態が長くなり、やじ馬見物の人が集まって来たら、私は抜け出せなくなると思い、私は彼をじっと見て、「彼の背後に潜んでいる卑しい鬼を一掃する」と発正念をしました。突然、彼は掴んでいたハンドルを離して、「もう行っていいよ」と言いました。私はすぐその場を離れました。私は自転車に乗ろうとしたとき、1台のパトカーが後ろから突進してきて、私の自転車を追い越して、横断歩道を曲がって、前方へ行ってしまいました。その時、私の自転車の前輪はパトカーから、僅か数十センチしか離れていませんでした。

 翌日、この件について同修と交流しました。同修は「これから、三十代の男には、もうDVDを配らないほうがいい」と言いました。その時、私も一理あると思いました。確かに普段DVDを配るとき、この年齢層の人、特に男の人の場合、拒否する人が多く、しかも一部の人の態度は悪く、とても救い難いと感じました。しかし、帰宅する途中に、「転んだら正しい教訓を汲み取り、いつも間違った教訓を汲み取らないようにしてほしいのです。」[1]という師父の法が脳裏に打ち込まれました。私ははっと気がつきました。私は、まさしく間違った教訓を汲み取ろうとしていないでしょうか? もしこのような考えに従えば、人を選んで済度することになるではありませんか。これはまさに邪悪が欲しがるものではありませんか。当然、安全の角度から言えば、警戒を怠らないのは間違いではありませんが、しかしそれによって観念を作ってはいけません、済度すべき人を諦めては行けないと思いました。

 それなら、私はどのような正しい教訓を汲み取るべきでしょうか? 私は突然師父がおっしゃった「弟子正念足りれば 師は回天の力有り」[2]というお言葉を思い出しました。そうだ、これこそ私が今回の事から汲み取るべき正しい教訓ではありませんか。もちろん、それは師父の私に対する激励のお言葉でもあります。旧勢力の妨害と破壊があるため、大法弟子の衆生を済度する道のりは順風満帆になるはずはありません。しかし、どんな関門と災難に遭遇しても、衆生を済度する正念があれば、邪悪な妨害や迫害に正念をもって立ち向かうことができれば、師父は私達を助けてくださり、邪悪な迫害も簡単に思いのままになりません。

 最近、私達の地区では、邪悪が広範囲に同修を妨害する事件が再び起きました。不法に連行される人、家財を不当に差し押さえられる人、路頭に迷ってしまう人もいました。明慧ネットの報道から、今度の迫害は範囲が広く、被害者の人数が多いことが分かりました。なぜ邪悪の要素が極めて少なくなった今日に、まだこのような現象が起きたのでしょうか? 私は主に2つの側面があると思いました。一つは個人修煉の問題です。最後になればなるほど、法の私たちの心性に対する要求も厳しくなります。長期にわたって除去できなかった執着や、あるいは自分の修煉を疎かにしたことは、すべて邪悪に握られる弱みになりそうです。そうした場合、邪悪は必ず跳び出してきて、彼らがやりたいことをやろうとします。なぜなら、邪悪はそのために存在しているからです。もう一つは、邪悪の迫害に直面したとき、一部の同修は心を動揺させてしまいました。これは非常に重要です。なぜなら、迫害はしばしば突然にやって来ます。大法弟子が平然として対応できるかどうかは、正念の威力を発揮出来るかどうかに繋がり、さらに事態の発展にも影響を及ぼします。この時、宇宙のすべてのプラスとマイナスの生命が大法弟子の一思一念を見ています。ちょっとした考え違いで、異なる結果になります。もし私達が師父の法に従って、恐れる心、怨恨心、闘争心を持たずに正念を発することができれば、邪悪の迫害は破綻します。師父も私たちのためにすべての障害を取り除いてくださいます。

 要するに、今後の道では、環境がどんなに変化しても、大法弟子は絶えず正念を強め、しっかり正念を持てば、私たちは旧勢力の妨害を打破することができます。衆生を済度する使命を果たすことができます。これは師父が弟子たちに与えてくださった邪悪を打ち破る正念の神通力です。私たちがそれを上手に使えるかどうかも師父が最も注目されているところでしょう。

 以上は個人の認識です。法を逸れるところがあれば、同修からのご叱正をお願いします。

 注:

 [1] 李洪志先生の著作:『各地での説法十一』「二〇一〇年ニューヨーク法会での説法」
 [2] 李洪志先生の詩:『洪吟二』「師徒の恩」

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2014/4/9/289742.html)
 
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