将軍の死
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 【明慧日本2014年6月7日】大連地区は駐在している軍人の数が最も多い都市の一つである。1999年7.20の前、軍隊では兵士から将軍まで、数百、数千人が法輪功を修煉していた。当時、大連海軍軍艦学院だけで200名以上が修煉していて、その中には上級大佐、大佐の階級を持つ、師団レベルの将校・士官もいた。軍隊の幹部修養所を退職した老幹部の中にも法輪功を修煉する人がいて、一家で数人修煉している家庭もあった。煉功を始めると、彼らはすぐに薬がいらなくなり、元気で、道徳高尚な人になった。

 1998年2月21日、「大連晩報」は、海軍軍艦学院の法輪功修煉者・袁紅存さんが人を救ったことを報道した。1998年2月14日の午後、袁さんは大連の自由氷河の3メートル下から、氷の穴に落ちた児童を救った。同学院は彼に二等功を記した。当時、袁さんはすでに2年間法輪功を修煉していた。袁さんのように法輪功を修煉したため、良い人になった例は、法輪功修煉者の中に普遍的に存在している。これは法輪功の理念「真・善・忍」によるものである。行動する時、まず他人のことを考え、善意を持って人に接するべきであるからである。

 しかし、中共(中国共産党)が法輪功を迫害し始めて以来、軍属の法輪功修煉者も巨大な魔難に遭遇した。迫害されて死亡したり、非合法に刑を言い渡された人もいた。

 罪を着せられたまま亡くなった将軍

 丁幹将軍、享年77歳。彼は海軍の旅順基地政治部の元代理主任で、軍級の老幹部だった。1996年5月から法輪功を修煉し始めた。修煉後、病が無くなり、元気になった。丁将軍の修煉前後の変化から、人々は大法の素晴らしさと不思議さを目にし、彼の影響のもと、100人以上が大法の修煉を始めたという。

 丁将軍は、一生をかけて「マルクスレーニン理論」を研究していたが、一人の無神論者から法輪功修煉者になった。軍内外でその影響はとても大きく、1999年7月20日、中共が法輪功に対する迫害を始めた時、大連老虎灘幹部修養所は連続して3回、党のグループ会議を開き、丁さんに対して酷く迫害し、彼に修煉を放棄するよう強いた。その結果、丁さんは脳血栓の症状が現れ、同年11月に罪を着せられたままこの世を去った。

 定年退職した幹部の死

 楊玉山さん、享年76歳。彼は大連市軍隊離職退職幹部第一サービス管理センターを定年退職した元幹部だった。1994年7月、楊さんは法輪功を修煉し始めた。彼は糖尿病が全治し、全身が軽くなり、非常に元気になった。彼の妻は法輪功を修煉してから、長年悩まされていた産後の病気、貧血、低血圧などがすべて治った。法輪功の修煉により、個人と会社が費やすはずだった多額の医療費が節約された。彼らは毎日学法と煉功をし、一家は幸せで、楽しい生活を送っていた。

楊玉山さん

 しかし、中共が法輪功を迫害してから、楊さん夫婦は何回も不当に連行され、家宅捜査を受け、罰金を課された。桂林街派出所で、警官は楊さんの髪の毛を掴んで壁にぶつけたり、ビンタを食らわせたりした。彼が床に倒れて、鼻血がいっぱい流れるまで迫害は続いた。当時、楊さんはすでに70歳を過ぎていた。

拷問の実演:髪の毛を掴んで壁にぶつける

 2007年の大連でのダボス会議の期間中、楊さんは8日間軟禁され、トイレに行くことも出来なかった。帰宅後、常に転倒したり、精神が恍惚とするようになり、食事も睡眠もろくにとれず、半身不随になり、自力で生活することができなくなった。2008年9月5日、楊さんは罪を着せられたままこの世を去った。

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2014/5/3/290344.html)
 
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