素晴らしい生き方を選択する
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 文/中国の大法弟子

 【明慧日本2016年1月20日】人は誰でも善良な一面を持ち、素晴らしいものに憧れます。世の中には、複雑な考えの人間や、悪い人間がいますが、素晴らしいことや、善良な心を追い求めることは、全ての生命の心の奥底からの願望であり、現れです。

 ある日実家に帰ると、庭に置いていたガラクタがなくなっていることに気づきました。木に実のっていた梨も減っていて、石垣を見てみると、人が登った跡がありました。泥棒の仕業かもしれないと思い、気にしませんでした。また数日後、実家に戻ってみて、驚きました。ドアの鍵が壊されて、家の中にあるガラクタや廃品はなくなり、梨の木の枝は折れていました。これは、明らかに泥棒のしわざです。廃品を売りさばき、梨は食べられていました。この泥棒は困っているのだろうか? 私は大法を修めており、着る物や食べ物に困っておらず、どう援助したらよいかを考えました。師父の教え「慈悲は能く天地の春を溶かし、正念は世の中の人を救う可し」[1]を思い出しました。

 紙を出して「見知らぬ友よ、家に病人がいて、医療費に困っていたなら、あるいは、子供の学費に支払うお金がなければ、知らせてくれれば、尽力して助けます。法輪大法は、良い人間になるよう導いてくれます。『法輪大法は素晴らしい、真・善・忍は素晴らしい』と覚えておけば、あなたに素晴らしい未来がやってきます。あなたの困っていることをこの紙に書いてください。僅かだけど、困っているならこのお金を使ってください」と紙に書きました。この紙を大きな段ボールに貼り付けて、上に重石(おもし)を置いて、その人が通りそうな窓辺に置き、さらに、紙とペンも置いて、私の財布にあった130元をご祝儀袋に入れ、大法のお守りと法輪功の紹介のチラシを同封しておきました。こうすれば、その人の助けになると思いました。

 また数日が経ち、実家に戻ってみますと、あのご祝儀袋が消えており、そばに置いた紙は白紙のままでした。その泥棒事件以来、家を壊すまでの5、6年が経っても、そのままで、何も問題が起きませんでした。その泥棒に善の本性が現れたのかもしれません。彼はきっと自立のできる良い人になれたはずだと感じました。

 私の人生の半分は苦しみを味わい、その時は、将来の望みも見えませんでした。しかし、今は、こんなに素晴らしい師父の書かれた『轉法輪』に出会えて、こんなに素晴らしい功法と出来事に出会えて、この上ない幸せな人生を送っています。

 初めて大法に触れた時の私は、明確な目標や目的がありませんでした。『轉法輪』を1、2回読んだ後も考え方や、行動には変化が起きませんでした。ただ、この本は人を良い人になるように導いてくれる本当に良い本で、毎日時間さえあれば、読みました。知らず知らずに読む回数が増えるに従い、わかることも多くなりました。師父が本の中で、人として行うべきたくさんの道理を説かれています。良い人間に、さらに良い人間になる、悪い行いはしてはいけないという道理が、はっきりと説かれています。理解の異なるすべての人に、理解できるように分かりやすく説かれています。多くの道理は、説得力が高く、受け入れやすく、心身ともに軽やかで喜ばしいものを、『轉法輪』は読めば読むほど、分からせてもらい、与えてくれます。

 『轉法輪』を学び、理解することにより、人生にある災難、病気、魔難、それに、食事を美味しく取れないことや、休んでも寝むれないことの根源は、業力や多くの執着心があるためです。人は生生世世に渡って、悪いことをし、他人の利益を貪り、殺生し、あるいは、良くないことをして徳を損(そこ)ない、業力を生じ、悪い霊体を招いてしまいます。「良くない霊体は陰性であり、業力も陰性なのです」それに、人の各種の欲望、追い求めているものや目標、執着して放下のできない心が加わって、病気、災難、苦痛に見舞われます。病気、災難、苦痛から解放されたければ、修煉して、苦をなめることを通じて、業力を取り除き、心の中のすべての執着を放下しなければならないのです。自分の生命の次元を高めることも可能であることなど、多くの事がわかりました。

 『轉法輪』は宇宙の異なる次元の生命、人間の誕生と発展、及びさらに高い異なる次元の法理が述べられています。『轉法輪』を多く読めば読むほど、もっとはっきりわかるようになり、自分の以前の無知と浅はかさを知り、自分の心身と思惟の拡大と、超脱(訳注:ちょうだつとは、世俗にとらわれない高い境地にいたること)を、さらに感じられ、分かるようになりました。

 『転法輪』を読む回数が増えるにつれ、一通りの道理も多くわかるようになり、日常生活の中、仕事の中のトラブルを上手く処置する仕方も自然と身に付きます。私の仕事は荷物の上げ下ろしです、主に大きなトラックの荷物です。トラックの運転手さんは常に外で奔走して、危険で、苦労されていることは知っていますので、トラックが到着すると同時に、トラックの荷物を素早く上げ下ろしして、待ち時間を極力縮めます、そうすれば、良い気持ちで再出発を迎え、仕事の安全にも繋がります。

 運転手さんは疲れているにもかかわらず、荷物の上げ下ろしに気配りしたことに感謝の気持ちを込めて、お金をくれたり、たばこや、飲み物をくれたりしますが、私は一切断ります。私は師父や大法の指導を受けており、よい人間、もっと良い人間になって、他人の利益をむさぼってはなりません。師父に「どこでもよい人間であるべきです」ということを教わりました。しかし、運転手さんたちはこれを理解できず、私のことを人間離れしてると言います。私は運転手さんたちに「法輪大法は人に良い人間になるよう教えてくれます。荷物の上げ下げは私の仕事であり、早くこなすことは当然なことです。荷物の上げ下ろしで、物を貰ってはいけません」と話し、大法のお守りを渡して、「身に着けるか、トラックの中に下げて置いて、『法輪大法は素晴らしい、真・善・忍は素晴らしい』と唱え、道中無事を祈ります」と教えれば、皆喜んで「本当にありがとう。分かったよ。そうするよ」と言って受け取ってくれます。

 私の同僚は初め、私のことを理解できませんでした。頂けるものを頂かず、馬鹿だ、孤高(訳注:ここうとは、ただ一人世俗とかけ離れて高い理想を抱いているさま)ぶっているとよく言われます。暇なときに同僚たちに、法輪大法は人に良い人間になるように導き、人の利益を横取りにしたり、人をいじめたりすると業力が生じます。業力は病気、災難、苦しみの根本原因です。徳は最も貴重なものであり、すべての素晴らしいものは徳から生まれ、人として徳を重んじることや道徳を重んじることなど話します。徐々に、同僚は法輪功を学ぶ人は、自分を厳しく律していること、道徳水準が高いことを知り、月日が経つと、私の周りでは、低俗(訳注:下品で俗っぽいこと。低級で卑しいこと)な言動はあまり見られなくなりました。

 ある日、突然、学法煉功して間もなく、自分の体が以前と違うことに気付きました。毎日、仕事の帰りに足が重くなくなり、足取りが軽やかになり、顔色も赤くつややかになりました。以前、苦しめられた多くの疾患、神経衰弱、偏頭痛、頻繁に風邪を引いたり、習慣性の上せ等々の症状が、消えてしまいました。以前は、様々な薬や薬の容器が、いつもテーブルの上に置いてありました。しかし、大法を修煉して12年になりますが、薬は一錠も飲んでおらず、医療費も一円もかかっておらず、同年齢の者より若く元気なのです。これらの変化は言葉で表すとわずかなものですが、良く考えて見れば、これはまさに、不可思議な事ではありませんか! 奇跡が起きたのではないでしょうか!

 人の健康、幸せ、生命のさらに高い幸せは、自分の選択によるもので、その選択は、すなわち法輪大法を修煉することだと分かって、私は心の底から歓喜しました。

 注:
 [1] 李洪志師父の詩:『洪吟二』「法正乾坤」

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2016/1/7/321749.html)
 
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