夢から覚めた時の驚き
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文/遼寧省の大法弟子

 【明慧日本2016年6月17日】私は大学を卒業してからまもなく1年になります。現在ある国営企業に勤務しています。99年に母が法輪大法を修煉し始めました。私とふたりの姉も一緒に学法し、煉功しました。まもなく、迫害がはじまりました。私はたまに学法するだけでした。高校に入ってから、トラブルに遭遇したときだけ、自ら学法しました。実際は非常に利己的で、求める心ばかりでしたが、慈悲なる師父は常にトラブルを解決してくださり、とてもよい結果を出してくださいました。

 私は幼い時から大人に成長するまで、大法に対して揺るぎなく信じていましたが、ずっとよく修煉できていませんでした。たまに学法しても、求める心を抱いていて、心性も向上できていませんでした。ただ冬休みになると家族と一緒に学法と煉功をして、真相資料を配布して、人を救っていました。

 大学の3年生の時、自ら積極的に学法することはとても少なく、色欲の面でもよく修めることができず、病業が現れました。強い正念を持っていなかったため、病院に行って、診てもらったところ、珍しい「病毒性結節性紅斑」でした。高熱が続き、全身が無力になり、また全身に大きな赤いしこりができて、触れることもできませんでした。連続して1週間注射をしました。毎回注射の後、症状は消えましたが、翌日になると再発しました。7日後、好転するはずでしたが、ずっと軽減することはありませんでした。突然私は師父の「古くからの学習者で、わたしにこんなことを言う人もいました。『先生、わたしは身体のあちこちの調子がおかしくて、よく病院へ行きましたが、注射をしてもらっても、薬を飲んでも、まったく効き目がありません』」[1]を思い出しました。私は直ちに「これは業を滅している」とわかりました。そして、直ちに学校の先生に休みを申し出て、帰宅して、家族と一緒に学法し、煉功しました。一週間経たない内に症状が消え、学校に戻りました。

 昨年年末の休暇に帰宅して、師父の『二〇一五年米国西部法会での説法』を読み終え、大変焦りました。必ず三つのことをしっかり行おうと決心し、実名で江沢民を告訴しました。自宅を離れて、勤務先に戻ってから、いかに三つのことをしっかり行うかを考えないまま、ガールフレンドの実家に行き、彼女に真相を伝えようとしました。しかし、正念が足りず、人心をもって話したため、彼女とクラスメートたちはみな本当の真相を知ることができませんでした。

 勤務先に出社するようになると、修煉状態があまりよくなく、またゲームをやりはじめました。正しくないとはっきりわかっていながら、ゲームをやりたい欲望を抑え切れず、また明日から頑張ると口実をいいました。その結果、翌日出社するとまたゲームをやり、2日間を無駄にしました。夜になって、師父の新しい経文を学ぶと、師父は「時間は差し迫っており、しっかり修めていない人はどうすれば良いのでしょうか?機会がまだある人がいますが、一部の人は機会さえもありません。まだ間に合う人がいますが、一部の人はもう走るしかありません。しかし、基礎がなければ、法に対してそこまで認識できていなければ、やり抜く原動力があるのでしょうか? 精進できますか?法の中で基礎を築いていなければ、やり遂げられないのです。あの決心、あの確固たる信念は法に由来しています」[2]と説かれていました。

 師父のお話に私ははっと気が付きました。時間が差し迫ったことと、学法の重要性を認識できました。常人さえも「明日復た明日、明日何ぞ其の多き」(漢詩:明日始めようと思い続け時間を無駄に費やす)という道理を知っています。私は必ず自分を正します。その夜、私は10時半まで学法しましたが、とても眠くなって、ベッドに上がり寝ました。寝てまもなく、自分が身体から離れるのを感じました。そのとき、目にしたことを同修のみなさんに交流します。

 元神が身体を離脱してから、師父は私の額、目、背中など身体の一部を取り替えてくださいました。私は地獄で刀の山に上り、油釜に入るような光景を見ました。一本の通路に沿って、下へ滑走していると、両側から火炎が湧きあがってきました。自分がいま油釜に向かって滑走いると知りました。背中はすでに火傷をしました。私は上がらないといけない、どうして地獄の油釜に行くのかと心中で考えていました。その後、慈悲なる師父は私を掬い上げてくださり、かつ火傷の部分を包んでくださいました。それから、私はある空間につれて行かれました。そこで、自分が世に降りる前に約束していた人に会いました。彼女は私に「私は○○です。あなたはどうして私を呼び覚まさないのですか! どうして私に真相を伝えないのですか!」といいました。

 そのとき私は悔やんで、たまらず大声で泣き叫んで、彼女を救わなかったこと、たくさんの時間を無駄にしたことを詫びました。私は泣きながら、師父に「私にもう一度機会をください、私に人間世界に戻って、人を救うようにしてください」とお願いしました。師父は私の肩を叩きながら、同意してくださいました。そして、私は師父と一緒にある次元の世界にやってきました。私は自分が覚めたと思い、家族にさきほど発生したことを伝えました。本意は家族を救いたかったのです。しかし、最初たくさんの執着心を交えたくだらない話をしたため、重要な部分を話し始めた途端、彼らには私が見えなくなり、かつ私の話すことも聞こえなくなりました。私がいくら叫んでも無駄でした。私は急いで、師父に戻らせてくださいとお願いしました。師父は「ふたつの世界がある。一つは常人の情で満ちていて、幸せな世界。もう一つはたくさんの困難を経験しながら、真相を伝え、人を救う世界。あなたはどちらを選ぶのか?」とおっしゃいました。私は「一つ目はもちろんすばらしく、妻がいるし、幸せで美しいですが、私の責任は衆生を救うことですので、やはり二つ目を選択します。師父、お決めください」と答えました。

 慈悲なる師父はまた私をつれて、ある次元の世界に行きました。私はご夫婦に会いました。いままで会ったことのない人でした。しかし、私は彼らが私の両親であることを知っていました。私は父の前に行き、彼に「『法輪大法はすばらしい、真・善・忍はすばらしい』と覚えてください。すると、法が人間世界を正す時、あなたは救われます」と伝えました。父は同意しました。私はまた母にも伝えました。母も同意しました。その時私は父に「私(その世界の私)はどこにいますか?」と問いました。母はもうひとつの部屋を指差しました。私がその部屋に入ってみると、人はいなく、ただテーブルの上に一つの箱がありました。そのなかに、半分は白、半分はグレーの粉末がありました。頭のなかである意念が私に「それは更に粗い粒子であり、その匂いを嗅ぐと人間世界に戻れる」と教えました。。私は人間世界に戻って、人を救うために、その匂いを嗅ぎはじめました。ゆっくりと私は覚めていきました。

 この夢は夜10時40分から、11時19分まで見ましたが、非常に長いと感じました。覚めてから、大変驚きました。夢から覚められず、人を救えないことを恐れる気持ちは長く長く続きました。背中の火傷の痛みも微かに残っていました。

 翌日お昼寝の時、元神が身体を離れて、ロケットに乗っていました。ひとりの長者が私に「あなたはいまロケットに乗っても、汽車に乗っている人々に追いつきません」と告げました。覚めてから、私は「法を正す勢いは飛ぶように速く進んでいて、私は非常に遅れている。ただ法を多く学び、法の中で着実に基礎を築いてこそ、すべてをしっかり行うことができる」と悟りました。そして、私は毎日出勤すると縁のある人に真相を伝え、退勤すると6時の正念を発してから、公園に行き、縁のある人を探します。夜8時から学法をはじめ、毎日一講学びます。いくら忙しくても、学法することを忘れず、必ず法のなかで向上します。

 この文章は私と同様に精進していない同修を励ますために書きました。時間を大切にし、大法弟子が行うべき三つのことをしっかり行いましょう。私達と縁のある衆生を逃さないようにしましょう。私たちは彼らが救われる唯一の希望です。慈悲で偉大な師父に感謝します。弟子は必ずいっそう努力し、三つのことをしっかり行います。

 注:
 [1] 李洪志師父の著作:『轉法輪
 [2] 李洪志師父の経文:『二〇一五年米国西部法会での説法』

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2016/6/14/330015.html)
 
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