文/安徽省の大法弟子 暁正
【明慧日本2017年5月28日】(慶祝513明慧特別記事)私は1997年から法輪大法を修煉しています。修煉を始めた当初、特に法輪功が迫害されていた数年間、親族と友人は何回も私に「暁正さん、あなたはどうしてこれほど確固たる意志で法輪大法を修煉するのですか。一体何を得られるのですか」と質問しました。かつて私を迫害した警官も同じ質問をしました。修煉して20年経った現在、友人とそれらの警官はもうこのような疑問を持っていません。なぜなら、これほど長い間、我が家が如何に一歩一歩歩んできたか、またいかに佛光を浴びて幸せな日々を送れるようになったか、彼らはみな最もよい証人だからです。
私は教師の家庭に生まれました。学校を卒業してから、現地のある大企業に就職しました。仕事を立派にこなしたので、30歳にならないうちに支社の工場長に抜擢されました。妻は私が心から思いを寄せた女性で、私たちには2人の子供が生まれ、義理の両親は私に大変優しかったのです。多くの人からみると、私の人生はずっと幸せで、順調でした。
私は趣味が広く、常に会社で組織するボール系とブリッジの試合、或いは舞踊公演に参加しましたが、毎回思う存分力を入れて、よい成績を収めた後に、心の底からわけの分からない不安が込み上げてきました。私は何度も自分に問いかけました。これは私が追求している人生なのかと。もしそうであれば、どうして私は内心から喜びを感じないのか。もしそうでなければ、人生の本当の意義は何なのか。一度偶然の機会に易経に触れました。易経の推算を非常に不思議に思った私は大量の書籍を購入し、真面目に研究し始めました。そこですべての人の運命は生まれたときすでに決まっているということに気づきました。その後、また予言系の書籍を読み、数百年、ひいては千年以降のことに関する予言をたくさん言い当てたことを知りました。
人生の意義を絶えず探索するにつれて、私はますます冥々の裡、宇宙のすべては事前に按排されたもので、更に高い次元の生命がそれを決めており、人間はちっぽけなもので、何も変えることができないと感じました。そこまで知ったら、心のなかで突然たくさんの不可解と困惑が生じました。人間は一体何のためにこの世に来たのか。最も大切なものは何か。どうしたら心の落ち着き先が見つかるのか。探しても答えは見つかりませんでした。
ある日、実家に帰った時、母は私に父と一緒に法輪功を修煉しており、修煉してからいかに不思議なことが発生したか教えてくれました。私は本棚から『法輪功』(改訂版)を取り、読み始めましたが、すぐその内容に吸い込まれました。幼いときから大人になるまでの私のすべての困惑はこの書籍のなかで答えが見つかりました。私は本棚の前に立って、一気に読み終えました。こうして、私は大法の修煉を始めました。
大法を修煉してから、私はすぐ法輪功の不思議と超常を体験しました。以前最もやめにくかったタバコと酒を大法の法理の指導の下で、非常に短い時間内にとても自然にやめることができました。これらの不思議な体験は私に更に修煉の機縁を大切にし、真・善・忍にしたがって自分を要求し、トラブルに遭遇すると内に向けて自分の不足を探させました。少しずつ化学物質中毒のため罹りやすかった風邪とすぐ疲れてしまう症状がなくなり、身体はますます元気になり、心性も毎日向上してきました。私の変化を目にした義理の母と妻、その他の家族も相次いで法を得ました。一家は毎日学法と煉功をし、穏やかで楽しい日々を送りました。家族全員が人生の意義がわかり、生命の落ち着き先が分かり、毎日佛光を浴びる中、安らかに穏やかに過ごし、すべてはそれほど素晴らしかったのです。
1999年7月20日から、法輪功は前代未聞の迫害を受けました。十数年間にわたり、私は何回も不当に勾留され、洗脳班に入れられ、路頭に迷い、不当に判決を言い渡されて、よい仕事も失いました。妻の仕事も影響を受けました。続く迫害により家族は静かに暮らすことができず、巨大な圧力の下、義理の母はもう少しで修煉の機縁を失うところでした。義理の父は恐怖の環境のなかで修煉をやめました。すると法輪功を修煉したため、なくなっていた良くない嗜好がまた戻り、体調は日々に悪くなり、しばらく経つとこの世を去りました。これは我が家族にとって、永遠なる痛みでした。
私が不当に判決を言い渡された後、義理の母は巨大な圧力の下、一度修煉をやめました。大法を離れてから、体調がますます悪くなり、以前の病状が現れ、高血圧、糖尿病、胆石、肺結核など、また脚が浮腫んで歩けなくなり、1年に2、3回入院しなければなりませんでした。私が解放されてから、彼女は再び修煉を始めました。大法の不思議が再度彼女の身に現れました。非常に短い時間に義理の母は病気の痛みから徹底的に抜け出ました。
かつて同修は義理の母にこう質問しました。「伯母さん、あなたにとって最大の幸せとはなんですか」と。義理の母は直ちに涙が顔に溢れ、「私が再び大法を修煉した時が最も幸せな時だった」と答えました。そうです。18年間続いた迫害のなか、遭遇した魔難は振り返るに忍びません。その最も暗黒で、困難だった歳月を経験し、一度修煉をやめて、もう少しで修煉の機縁を失いそうになった修煉者にとって、再度修煉できた時の気持ちは言葉で表すことができません。法を得たことのある人ならわかっています。もし修煉の機縁を失ったら、それこそ人生の本当の絶望なのです。
解放されてから、私は身の回りのたくさんの親戚が人生の目標がなく、生命の意義を知らないため、精神世界が虚しく、不安を感じ、毎日どうしようもない状態で過ごしていることに気づきました。妻の姉はリストラされてから、毎日ギャンブルに陥り、毎日外で過ごしていました。マージャンの場があれば、数日間帰宅せず、家庭に対する責任感がなく、子供を両親の家に送り、面倒をみませんでした。また短気で、夫婦は常に口喧嘩し、家のことに無関心で、自分が楽しければよいと思っていました。毎日が酔生夢死で、顔が黄色くなり痩せて、まるで地獄から這い出た様子でした。
妻の姉のこのような状況をみて、私と妻は彼女を尋ねて、大法のすばらしさと自分たちの自らの体験を伝えました。『轉法輪』を読み終えた時、妻の姉はまるで夢から覚めたように、人生観に巨大な変化が発生しました。そして、大法の修煉を始めました。まもなく彼女の病状と優れなかった症状が消え、悪習をやめ、性格もおとなしくなり、穏やかになりました。現在は家庭が睦まじく、夫の兄弟の妻との間も良くなりました。
妻の弟夫婦は性格が合いませんでした。長年仲が悪く、後になると互いに暴力を振るい合うようになりました。一度、妻の弟は彼の妻の頭を打倒しました。私と妻が病院に駆けつけた時、病床に横たわっていた弟の妻は声を振り絞り、「彼と離婚する!」と泣きながら私たちに向けて叫び、すでに書き終えていた離婚協議書を持ち出しました。私は彼女に、「あなたはこのすべての苦しみの根源がどこにあるかわかりますか。あなたはいかにして本当の幸せを手にすることができるか知っていますか」と質問しました。彼女は呆然として私達2人を見ていました。私たちは大法のなかで学んだ人として道理を彼女と話し合いました。そして彼女は少しずつ平静になりました。
妻は弟の妻に心を静めて『轉法輪』を読めば、どうして苦しみと難があるか理解でき、人生の本当の幸せとは何かが分かると伝えました。その後、妻の弟の妻も大法を修煉し始めました。大法の法理の指導の下、彼女は自分の恨む心を修めました。それから、一家は睦まじくなり、互いに尊敬し合うようになりました。彼らの婚姻問題のため心を痛めていた妻の弟の義理の母は彼ら2人の変化をみて、法輪大法の実態が分かってから、彼らに「あなた達はしっかり法輪大法を修煉しなさい」と促しています。
妻の会社の幹部は私が何回も不当に監禁され、路頭に迷い、かつ不当に判決をくだされたことを知り、妻に「あなたたちのような状況は子供の勉強に非常に悪い影響を与えます」と言いました。しかし実際、大法を修煉したため得た福は相次いで子供の身に現れました。1人は普段の成績が中レベルでしたが、大學受験で超常を発揮し、重点大学に入学しました。もう1人は現在海外で勉強しています。2人とも非常に物事をわきまえています。また妻は会社が転売されて大きな収入を手に入れました。
17年間の迫害のなか、師父の慈悲なる加護の下で大法を修煉し、法に対する確固たる正しい信念があったからこそ、私達一家は一つ、また一つと難を乗り越えることができました。現在私たちはみな非常に穏やかな生活を送っています。かつての魔難に直面して私たちは倒れることなく、却って更に強くなり、真・善・忍の法理は更に私達の品格を作り上げました。私達が幸せに暮らしているのをみて、友人や、かつて私達を迫害した警官は心より私達のことを嬉しく思っています。
師父は『論語』のなかで、「人類は、大法のこの世での現われに対して、然るべき敬虔と尊重を体現することができれば、人々、民族、或いは国家に幸福や栄光をもたらすことでしょう」と説かれました。佛光が遍く照らすと、幸せは多くの親戚の身にも訪れました。ここで一つの例を分かち合いたいと思います。
一度、私と妻が故郷に帰ったとき、姪は妻の手を握って、「伯母さん、私は結婚して7年になりますが、まだ妊娠していません。多くの病院に行きましたが、治療できません。おばさんがもしよい病院を知っているなら紹介してください」と言いました。妻は微笑みながら彼女に「推薦できるよい病院は知らないけれど、素晴らしい方法を知っています。非常に簡単で効き目がありますよ。あなたがまず三退し、心の底から『法輪大法はすばらしい、真・善・忍はすばらしい』と念じることです」と伝え、法輪大法の実態とみずからの体験を伝えました。姪夫婦はすんなりと受け入れてくれました。翌年、私達が再び故郷に訪れた時、姪はすでに赤ちゃんを抱いていました。彼らは大法に対して限りなく感謝しています。
私たちはみな法輪大法から恩恵を受けました。私たちは自らの体験をもって人々に、法輪大法は正法であり、私達が真・善・忍の指導にしたがえば、自分たちのために幸せの門を切り開くことができる、と知らせたいのです。