【明慧日本2018年3月5日】情報筋によると、重慶市長寿区の法輪功学習者・黄正蘭さん(55)は、懲役4年の不当な判決を宣告され、昨年12月5日に重慶市女子刑務所に拘禁された。
法輪功を学び全身が軽くなる
黄さんは1998年12月に法輪功を学び始めた。そのおかげで、長年治癒できなかった冷え性、腰と足の痛み、めまい、身体のだるさ、貧血などの症状が消え、全身が比類なく軽くなった。「私は法輪功の本を読んで、生命の存在する価値や意義が分かりました。『真・善・忍』に基づき修煉することこそが人間としての根本です」と黄さんは語ったことがある。
2000年北京へ陳情に行ったため、不当な判決を下される
1999年7.20、江沢民勢力が理由もなく法輪功への迫害を発動した。黄さんは自分の身をもって法輪功の素晴らしさを実証するため、2000年6月末に北京へ陳情に行ったが、北京の警官に不当に連行された後、地元に戻され1カ月間拘禁された。
帰宅して10日足らずで、黄さんは長寿党校で臨時に開設した洗脳班へ連行された。洗脳班では黄さんの子供やおじいさんまでも引っ張り出して、法輪功を放棄させるために黄さんを脅迫した。黄さんは圧力に耐えられず、本心とは違って仕方なく法輪功を放棄する保証書を書いた。
保証書を書いた後、黄さんは良心の呵責(かしゃく)に苛(さいな)まれ、死ぬより辛い思いをし非常に苦しんだ。そして、同年11月12日、黄さんは再び北京へ陳情に行き再度不当に連行され、最後に懲役4年の実刑判決を宣告された。黄さんの夫は政府、家庭、社会からのあらゆる圧力に耐えきれず、2002年2月4日、留置場まで面会に行き、黄さんと離婚した。
2005年1回目の労働教養を強いられ、不明な薬物を注がれる
2005年9月29日午前6時頃、数人の警官らは黄さんの家に押し入り、部屋の隅まで荒らし回り、法輪功の書籍数冊を押収して、黄さんを派出所まで不当に連行した。10月19日、労働教養2年を強いられた黄さんは、重慶茅家山教養所に拘禁された。
10月27日の晩、大隊長・胡暁燕は薬を持って来て黄さんに飲ませようとしたが、黄さんは拒否した。すると、胡は数人の受刑者を呼んで来て黄さんを地面に押さえ付け、首を押さえたり鼻を摘まんだり、口をこじ開けたりして、薬を無理やり注ぎ込んだ。間もなく、黄さんは息が荒くなり、動悸がしてめまいがし、息苦しくなるなどの症状が現れた。次第に頭が揺れ動き始めますますひどくなり、異常に叫んだりして、身体を前後左右にリズムを取って揺れ動かした。周囲にいる受刑者らはやじ馬見物をするようにからかった。
2007年、洗脳班に連行される
2007年9月29日午前11時頃、黄さんは野菜畑から家に帰ると、すぐに待ち伏せていた警官らに不当に連行され、重慶市渝北区望郷台の休暇村の洗脳班に拘留された。
黄さんは窓に向けて、「法輪大法は素晴らしい、『真・善・忍』は素晴らしい! 中国共産党は休暇村のリゾート地を刑務所に変えた」と叫んだため、男女・十数人が黄さんの口を覆ったり、黄さんをベッドに押さえ付けたりした。翌日、黄さんは長寿宴家精神病院に閉じ込められ、27日後に解放された。
2009年、再度労働教養を強いられる
2009年1月22日の午前10時頃、黄さんは市場で迫害の真相資料を配布していたところ、警官により不当に連行され、午後留置場に拘禁された。
留置場で29日間拘禁された黄さんは、労働教養2年を強いられ、2009年2月20日、重慶江北石馬河の女子労働教養所に移送された。警官らはいかなる方法で迫害しても、黄さんの意志が変わらないため、2010年2月3日に、黄さんは解放され家に帰された。
2016年、黄さんは迫害の真相を人々に伝えたため、再度不当に連行され、昨年12月5日に懲役4年の不当な判決を宣告された。