師父の真に修める弟子になる
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文/台湾の大法弟子

 【明慧日本2018年12月24日】

 偉大なる師父、こんにちは!

 同修の皆さん、こんにちは!

 私は高雄の大法弟子です。この機会をお借りして10年余りの修煉体験を発表させていただきます。大法に出会い、師父の弟子になることができ、私にとって最も光栄なことと、この場で改めて実感しました。

 一、返本帰真の道に辿り着く

 私は2005年に姉から一冊の『轉法輪』をもらいましたが、半年もかけてさっと読むぐらいでそのまま放置していました。その後、大病を患い、病気治療に奇跡的な効果があるという法輪功を思い出し、一気に師父の説法の録音を聞きました。

 最初の頃は毎日煉功に行って煉功しましたが、ほとんど学法をしませんでした。大法を実証する活動や集団学法・交流にも参加せず、修煉をどのようにするのか分かりませんでした。

 ある日、私は夢を見ました。夢の中で、朝、同修たちと一緒に座禅をした時、私を新しい修煉者の列に座らせ、しかも後ろでした。目が覚めてからしばらく、悔しくて不安でした。師父が私にもう間に合わないので、もっと速く走らなければ正法の流れについていけないと夢の中で悟らせてくださったと思い、これからは獅子のように勇猛邁進しようと決意しました。

 大法を修煉する前、私は夫と一緒に料理店を営み、常人の名、利、情のために忙しい日々を送りました。修煉してから、三つのことを行う時間も取れず、毎日お客さんがたくさんいましたが、大法の真相をどう伝えるか分かりませんでした。このままで大法弟子と言えるでしょうか? いつになったら真の大法弟子になるのか? 考えるたびに不安と焦りが出てきました。

 このような状況が2012年まで続きましたが、ある日、夫から突然料理店をやめると言われました。十数年も続いた商売をやめることに、私は少しも悔いがなく、逆に涙が出るほど心から喜びました。慈悲なる師父は弟子が待ち望んでいることをご存知で、このように按排してくださったのです。私はこの機会を大切にして、必ず真の大法弟子になります。

 二、大法のマスコミに携わる

 私は料理店をやめて間もなく、大法のマスコミチームに参加しました。幼い時から性格が内向的で、劣等感があり、人前で話す自信のない私が、ある同修と協力することになりました。師父の按排だと思いました。2人ともパソコンが苦手で、マスコミに対する経験もなかったのですが、衆生を救い済度する心だけはありました。こんな私たちにとって、実際の業務は決して順調ではありませんでした。涙と失敗を重ねるうちに少しずつ経験を積み重ね、最終的に予想外の成果を成し遂げました。これはまさに「求めずとも自ずと得る」でした。それ以来、性格も明るくなり、自信も増した私は、無私無我で同修と協力し、足りないところを互いに補い合い、全体を形成して、より良く衆生を救い済度することができると分かりました。

 三、観光スポットで真相を伝え

 ある期間、私は前述の同修と一緒に観光スポットで大法の真相を伝えると同時に、三退を促しました。最初の頃、まだ経験がなく恐怖心がとても重い段階で、相棒の同修が香港に行くことになりました。私は突然1人になり、頼る人がいない孤独感の中で緊張しました。そんな私に同修は、法を多く学んでいれば、恐怖心もなくなると励ましてくれました。法を学ぶことこそ真相を伝える根本的な保障だと私は思い、毎日『轉法輪』を1講と1冊の各地での説法を読みました。しばらくして香港から戻って来た同修は、前に三退がうまくできなかった私が、毎日20人余り三退させるのをみてとても驚きました。

 実はこれらは全て師父がしてくださったのであり、私はただ法を学ぶことを大切にして、よく自分を修め、そして、やっとより良く衆生を救うことができます。その時から今日まで、私は毎日同修と一緒に多く法を学び、互いに励んでいます。

 四、神韻を広めるチームに参加

 私は2016年に神韻を広めるチームに参加し、ある同修にチームの協調人になるよう薦められました。この同修は長年このプロジェクトを担当していて、私はまだ参加したばかりで、うまくできるかどうか不安でした。

 この良くない考えが試練をもたらしてしまいました。毎年この同修は皆を連れて文化会館で神韻を紹介し、広めましたが、私が協調人になってから、会館側が外部の宣伝などを禁止することになりました。当時とてもショックで、自分に経験も足りないうえに、強い正念もないので、このような事態が招かれたと思いました。どうして他の同修が担当した時にこのようなことが起きなかったのでしょうか? 自分には協調人が無理ではないでしょうか? 様々なマイナス思考が出てきた私はやめたい気持ちがありました。しかし冷静に考えてみると、修煉には偶然のことはない、私に担当させることも師父の按排であり、どうして逃げようとしているのでしょうか?

 その時、私は師父の説法を思い出しました。「日頃いつも慈悲の心を保ち、善をもって人に接し、何かをする時にはいつも他人のことを考え、問題が起きた時はいつも他人がそれに耐えられるかどうか、他人を傷つけることはないかを考えていれば、何の問題も起こりません」[1]

 私は相手の立場から私たちを拒否した原因を考えました。会館としては多方面から管理が必要で、私たちが人を救うために熱心に勧めたりする行為はある程度、会館側に影響してしまう可能性もあるので、私は同修たちとこの点について交流しました。すると、皆は相手の立場を優先させ、人のために考えるべきだと認識するようになりました。私たちが自己の心を放下すると、意外にも、会館側から神韻公演まで数カ月間のPR活動を許可する連絡がきました。今考えれば、当時私は逃げ出さず、勇気をもって担当を続けたからこそ、皆と一つの全体を形成し、成功したのだと思いました。

 また同じ時期に、同修に神韻交響楽団の電話チームに誘われました。私にとって電話をすることは最も苦手で、恐怖心や面子を守る心、また拒否されたくないなど、たくさんの人心があり、言い訳をつくって逃げましたが、協調人に再度要請されました。修煉には決して偶然はないと思い、私は電話チームに参加しました。ネット上の交流を通して、同修たちから多くの貴重な経験を学んだことで、大きく突破しました。これまでは直接人に真相を伝えましたが、今は電話の向こうの相手の顔が見えないので、自信がなく不安に感じました。しかし、このような考え方は間違った観念で、否定すべきであり、修煉者の言葉は衆生を感動させるものだと思いました。電話をする前に私は必ず相手の背景に関する資料などを調べるとともに、大量に法を学びます。

 最も印象に残ったのは、ある商社への電話でした。私は何度も電話しましたが、出なかったり、拒否されたりしたので、ネットでその支店の電話番号を調べていた時、意外にも会長の携帯電の番号を知るだけでなく、この人は神韻を鑑賞してインタビューされたことも知りました。

 私が会長に連絡した時留守でしたが、後で会長から折り返し電話がきました。事前に会長の神韻に対する前向きな姿勢を知っていた私は、直接会長を神韻交響楽団の30分ぐらいの説明会に誘いました。驚くほど会長はすぐさま受け入れました。今思い出してみると、自分はどこからその勇気を得たのでしょうか? この経験から、師父は私たちの修煉の道をすでに敷いてくださり、私たちはしっかり歩めばいいと分かりました。

 五、師を信じ、法を信じる

 今年の神韻交響曲団の推進茶会で、私は茶席の食事部門を担当しました。9月に行う大型茶会の前夜、突然台北で勉強している息子から、今、病院で医者に麻酔して検査すると言われ、保護者の署名が必要だと電話がありました。夫は心配して私をすぐに台北に行くように言いました。しかし、明日は大事な茶会があるので離れられないと思い、夫を落ち着かせながら、電話で詳しいことを聞きました。検査は来週、行うことを知り、その時に台北に行くことに決めました。

 これは私の心を狙った試練で、衆生の救い済度を妨害するとともに、子供に対する情も試しているのだと思いました。その後、息子の検査結果が出ました。この病気は重大で稀であり、長期治療が必要だと診断されました。医者の説明を聞き、夫は泣きましたが、私は心が動じず、息子の生死に淡々と向き合おうと自分に言い聞かせました。師父は説かれています。「修煉は、錬磨の中でこそしなければなりません。常人の持っている七情六欲を放棄することができるかどうか、それらに対して淡々としていられるかどうかが問題です。どうしてもそれらのものに執着するのであれば、修煉を成就することはできません」[1]

 その後、私たちは息子の再検査を南部のある病院ですることにしました。その期間、私は夫と息子に煉功を教え、毎日寝る前に必ず「論語」を読ませました。私自身も普段通り、毎日『轉法輪』を3講読み、それに発正念をして、良くない思想を取り除き、妨害に左右されないようにしました。

 しばらくして、南部の病院から検査報告が出され、前の病院の診断に誤りがあり、それほど重大な病気ではなく、薬で完治できると結論が出ました。これを聞いた私は涙が止まらず、慈悲なる師父が私たちを助けてくださったと分かりました。夫と息子もこれは師父がしてくださったと信じています。法輪大法は素晴らしい、真・善・忍は素晴らしい! その瞬間、私は師父を信じ、法を信じるとはどういうことか本当に深く理解できました。

 六、内に向けて探すことは法器である

 ある時、茶会を開く過程で問題が起きました。私と協力する同修は1斤ずつ作るべき茶菓子を早く終わらせたいため、一気に煮込んで、失敗してしまいました。彼女はとてもショックで、内に向けて原因を探しました。茶会の大切さの認識が足りないほかに、近道や早く結果を出したい心があったことに気づきました。

 私も内に向けて探しました。私は茶会の茶菓子を普段自宅で作るお菓子程度に考え、何回も作ったことがあり、あまり重視せず、これは衆生を救い済度することだと意識しませんでした。この中には虚栄心と重視しない心がありました。そのため、茶菓子がなかなか理想の形にできず、全体に影響してしまいました。師父は「修煉に漏れがないとはどういうことでしょうか? 小さいことはありません」[2]とおっしゃいました。

 このことについて後で同修と交流し、間違ったところを謙虚に謝り、お互いに励まして心を正し、新しい風味の茶菓子を開発しました。修煉において、全てが師父による最高の按排だと思いました! 毎回の関門を乗り越える過程は、私たちが内に向けて探し、千古以来形成された良くない思想と執着を掘り出す良いきっかけとなり、絶えず昇華してますます法の要求に達するように頑張りましょう!

 修煉の道を歩んで来た私が得たものはあまりにも多いのです。5千年の輪廻を経てようやく法を得ることができたのです。師父に恩返しできず、絶えず勇猛邁進するしかありません!

 以上は私の修煉体験ですが、不足しているところをご指摘してくださるよう、よろしくお願いします。

 最後に、師父の『洪吟』「真に修める」で皆さんとともに励まし合いましょう。

 心に真善忍在り

 法輪大法成る

 常に心性を修め

 圓満して妙なること窮まり無し

 師父、ありがとうございます! 同修の皆さん、ありがとうございます!

 注:
 [1] 李洪志師父の著作:『轉法輪』
 [2] 李洪志師父の経文:『2015年米国西部法会の説法』

 (2018年台湾法輪大法修煉体験交流会)

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2018/11/29/377789.html)
 
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