師父と大法を称える ◎師父評注
■ 印刷版
 

 この文章は思考が明晰で、師父が法を正すことと大法弟子が法を証明することに対してはっきりと認識しています。もし大法弟子が皆このように理性的であり、思考が明晰で、法を証明する中で正しい念と正しい行いをもっていれば、迫害が存在せず、邪悪も付け入る隙はありません。

                              李洪志

                        2003年8月28日

        


文/中国の大法弟子

 【明慧日本2003年8月29日】以下の法を正す修煉の中、及び師父の説法を勉強する時における幾らかの体験であり、皆さんと分かち合えればと思います。

 旧宇宙の生命は壊滅の時期に入ってもまだ佛性を持っています。しかし、大穹の解体はその中にいる如何なる生命も逃れることのできないことであり、必ずこの劫難に遭うのです。ですから、旧宇宙の生命の佛性があっても、生命を持続させることができません。師父がやってきて、最も原初の圓容の法を持って、もうすぐ解体しようとする宇宙の歴史の過程に入ってきました。これは旧宇宙の全ての生命の運命と、全てが新しくなる宇宙に入ることのできる生命の全ての拠り所を構成しました。師父は旧宇宙の生命の生きる希望を持ってきたのであって、旧宇宙の生命がそれ自身と何ら関係もない未来に入ることを可能にしました。

 しかし、この一念が生じてやってきたので、師父が旧宇宙で現した洪大な願いと師父が持ってきたこの全く新しい法は、旧宇宙の中の生命にこの旧宇宙の中のこととして理解され、旧宇宙の中から悟った内涵だと思われたのです。師父をこの旧宇宙の中の生命だと思ってしまいました。そのため、旧宇宙の生命、旧宇宙が形成した勢力はその偏狭と変異した智慧と考えをもって師父と大法を量っており、これまでずっと師父、法を正すこと、大法と大法修煉者との関係を正しく扱うことができず、甚だしい場合は師父を左右し、法を正すことをひどく妨害し、全てが新しくなる大法に対しそれらが手に入れたいものを押し付けようとしています。大法の無限な威厳と威徳の前に、これはそれらの生命が未来を失うことを選択し、自ら淘汰する方式にもなりました。

 旧宇宙の勢力は今期の宇宙の壊滅時期の理と腐敗した観念に基づいて、師父、法を正すこと、大法と修煉に押し付けた全て、それによって旧宇宙の生命にもたらされた巨大な難は、この宇宙の衆生が未来に入ることができるかどうか、今日の大法弟子がどのように未来に入るか、ということに対する厳しい試練となりました。今日の大法修煉者にとって、どのように師父を理解し、大法を認識し、本当に確固として師父と大法を信じるかということは、極めて厳しくかつ複雑で厳粛な問題となりました。師父と全てが新しくなる宇宙は、旧宇宙と旧宇宙の生命と何の関係もありません。つまり、旧い宇宙の勢力が行なった全て、師父と大法に押し付けた全ては皆旧宇宙の範囲にあるもので、実際的かつ根本的に成り立たないことであり、師父に認められないことです。このように旧宇宙の全てを認めないということは、大法弟子が師父と歴史のいつかに結んだ誓約にも現れており、大法弟子が今日衆生を救い済度するという歴史の使命にも現れています。私たちはこの押し付けられた、もうすぐ過ぎ去ることの中で迷ってはいけません。

 旧勢力は旧宇宙の理と腐敗した観念に基づいて、師父と大法修煉のこの旧宇宙での現れに何かを押し付けたり、またはその現れを左右したりしています。例えば、師父が説法の中でおっしゃったように、それらは師父の功を利用し、師父の形象を演化し、修煉者を妨害しています。ひいては師父の表面の肉体を利用して、妨害を作っています。例えば、旧勢力は釈迦牟尼の誕生日が師父の誕生日と同じになるように按配しました。今回の邪悪な迫害の中で、「師父が誕生日を改ざんした」ということで多くの世の人々と衆生を惑わし、害しました。修煉者の中に病業の形で圓満成就する人があるように旧勢力が按配しました。「これほど大きな法であり、未来の宇宙の安全に関わっているので、修煉者に厳しい試練を与え、修煉者を篩(ふるい)にかけて選別しなければならないと思っており、これほど厳しい「現実」の前に、確固として修煉をし続け、大法を疑わず放棄もしないということができるかどうかを見ようとしています。更にひどいことに、それらは「天安門焼身自殺」という下劣で巨大な難を按配し、このやり方でそれらが淘汰しようとする衆生を淘汰しています。また、学習者と大法弟子が「大法と決別し、反省する」などの文章を書くようにと強要し、修煉者が落ちていき、一瞬にして大法弟子の修煉を台無しにしてしまうことを目的とする邪悪な「洗脳講習」を開いたのです。このようなことは旧勢力に綿密かつ具体的に按配されています。その結果、法を正すことの中で衆生を壊滅させ、学習者を淘汰すると同時に、自らも絶滅しています。

 最も体得したのは旧宇宙の言葉で師父と大法を指し、称えようはなく、この旧宇宙、旧宇宙の生命、旧勢力の観念と按配とはいささかの関係もないということです。旧宇宙のこの勢力はその力が及ぶ範囲内で師父と大法にそれらの旧い、腐敗した現れを押し付けました。この表れはこの範囲内にいる衆生から見たら、「確かに存在している」のです。しかし、これは決して師父の本願と真実な表れではなく、大法の真実な姿でもありません。これは旧勢力が自らを淘汰するということを選択した際、その範囲内にいる宇宙の衆生にもたらした虚像です。この世で、これらの虚像は数え切れないほどの悪辣な虚言として表れ、「着実に」修煉者と学習者の情況にも現れています。甚だしい場合、それらは師父に対しても手を加えようとしています。世の人々及び多くの修煉者はそれを本当のこととして信じてしまいました。しかし、騙された衆生は本当に真象を知ることができず、この全ての「確実な事実と現れ」はまさに、旧い勢力が自らを淘汰する時の芝居であり、衆生と修煉者の前途と運命に対する厳しい試練でもあります。師父、大法と大法修煉者に押し付けた表れは旧宇宙が過ぎ去っていくにつれ、過去となります。しかし、まさにこの過程の中で、大法弟子は自らの誓約を実現させ、自分の偉大なる歴史の使命をやり遂げるのです。全く新しくなった宇宙が完全に現れたら、その中の衆生は旧勢力によって騙され隠された状態から徹底的に抜け出し、師父の洪大な願いと佛恩を目にし、生命たちは限りない敬慕と言い表せないほどの感激から、この上ない栄光を、衆生に新しくなったこの全てを賦与した師尊、主佛、師父のものとします。これは私たちのこの真新しくなった宇宙にいる生命の言葉で言い表し、称えることのできないものです。

 旧宇宙の最後のこの現れがもうすぐ過ぎ去るこの時期、旧勢力が世の人々にもたらしたこの全ての虚像が修煉者を惑わしています。私たちは更に理性的になり、認識をはっきりさせなければなりません。師父と大法と決別し、師父と大法に対して不敬の心を持ち、法を正すことと法を証明することを否定する行動は、どれほど聞こえの良い言葉と理由で言い訳をしても、皆間違っています。旧宇宙の理から見ても、それが間違いであり、自分の生命にとって確実な損失となっています。旧い宇宙勢力が作った「確実な」虚言と「事実」は、本当の偉大な修煉者が大法と師父を疑う理由とはなり得ません。これを理由にして、自分の邪な悟りのために言い訳をするのであれば、この部分は必ず旧宇宙の解体にしたがって過ぎ去ってしまいます。しかし、最も偉大な人が作った未来の中で、一部の邪に悟った者の生命がまだ存在し得るのであれば、自分に対して責任を持たなかったがゆえにもたらされた損失はもう挽回することができません。邪に悟った者にお勧めしますが、旧勢力に押し付けられた理由をもって自分自身のために言い訳しないでください。集って適当にやっていれば、新しい宇宙の基準を下げることができるとも思わないでください。更に、嫉妬心から確固として修煉している学習者の足を引っ張って、その次元を下げないでください。生命の美しい未来は自分の想像と仮定の中に存在しているのではありません。法を正す過程に残った時間はもう多くはありません。未来の本当の結果は自分の今の行い次第です。歴史上かつて誓約があったのかと振り返ってみて、大法弟子の今日の使命をはっきりと認識してください。残ったわずかなこの機縁を大切にしましょう!

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2003/8/29/56442.html)
(English: http://www.clearwisdom.net/emh/articles/2003/8/30/39707.html)     更新日:2012年6月16日
 
関連文章