同修や修煉に関することを話す時には、口を修めるべき
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文/中国の大法弟子

 【明慧日本2020年10月7日】大法弟子の間でも、同修や修煉に関することを話すときは、口を修めるべきです。

 師父は『轉法輪』の中で「われわれが口を開いてものを言う時には、煉功者の心性に基づいて言うので、人と人との間の和を損なうようなことを言わないし、良くないことを言わないのです。修煉者として法の基準に基づいて、自分自身がそれを言うべきかどうかを判断するのです。言うべきことは、法に照らして煉功者の心性基準に合致すれば問題はありません」と説かれました。

 大法弟子として、私たちは修煉の全てに正念を用いなければなりません。これには私たち自身のことだけではなく、同修のことも含まれます。同修に漏れがあれば親切に指摘し、実際にマスコミのように大々的に宣伝してはいけません。そして世間の世論のような扱いをしてはいけないと思います。たとえ他人のことであっても、それは自分自身のことだと思って、何が起っているのかを聞いたり、見たり、遭遇したりすることで自分の心を修め、内に向かって探さなければならないのです。もし外に目を向け、あるいは他人に目を向け、さらには他人の話をしたりすることで、多くの口による業を作ることになります。

 一部の修煉者は修煉に力を入れていないために、地域の一部の「重要人物」に注目することが好きで、技術者や協調人、あるいは一部の同修の私生活などにまで興味を持っています。例えば、暮らしや結婚、仕事、家庭などのプライベートなことを知っているため、同修の中で多くの情報を広め、広めた情報の多くはポジティブなものではなく、ネガティブなものが多く、最終的には邪悪の耳に届いてしまいます。邪悪の方でも、同修は何をしているのか、個人的な事情などをよく知っています。そこでそれらは、当事者に人為的な魔難をもたらすことになります。

 法を正す中で、大法弟子の一人一人はもちろんのこと、大法のあらゆる資源を大切にしなければなりません。良好な修煉環境とは、大法弟子たちが共同で修煉した結果であり、人間世界での法の具体的な現れでもあります。私たちの修煉環境には、修煉者に携わる一人一人の言動が全て含まれています。衆生の救済の時が迫っているので、しっかりと法を学んで自分を修め、常によくない要素に流されず、師父に要求された三つのことに、もっと資源と力を使って勇猛邁進し、師父が衆生を救い済度されることや、さらに衆生の期待に応えられるようにしなければならないのです。

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2011/8/21/245656.html)
 
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