同修の指摘に正しく対処する
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文/中国の大法弟子 忻梅

 【明慧日本2020年10月23日】数年前のことですが、ある日、数人の修煉者と一日中法を勉強し、正念を発したのですが、時々私の掌が倒れていたので、私はAさん(同修)に空き部屋に呼ばれ、Aさんはやや怒っていて、何か言いがかりをつけるように私に質問をしてきました。その時の質問は覚えていないのですが、おそらく私にまだ探さなければいけない人心、大法に対して堅実に信じているかどうかなどを言われ、私は少し落ち込んでしまいました。みんなと一緒に少し法の勉強をした後、憂鬱な気持ちのまま別室で寝ました。

 目が覚めた時、Aさんは他の修煉者と私との話を聞いていたのかと思うと、私は少し辛くなりました。しかし、『轉法輪』に「それが人の心の奥深いところを刺すような激しいものでないと効果が上がらず、向上につながりません」の通りでした。突然、「私はこんなにも駄目なのか、まだ修煉できるのだろうか?」という考えが浮かんできました。しかし、また別の考えが出てきて、「たとえ修煉がよくできていなくても、師父が弟子を見捨てられない限り、私は修煉を続けていきます!」と決めました。

 私が不満を持っているのではないかと心配してくれていたある夫婦(同修)が、私に話しかけてくれましたが、私は「Aさんには感謝しています」と話しました。そして、自分の心の中でこの難に遭遇したこと対して、内に向かって探したことなどを伝えると、その夫婦はホッとしていました。

 このように理解はしていたものの、実際には本当にそうではなく、心の中はまだ少しのわだかまりがありました。それは、Aさんと一緒に食事をする時不自然でした。皆バラバラで食事をしているので、Aさんとの距離が縮まらないということが出てきました。しかし、正念を発する時、Aさんと向かい合って座ることになり本当に嫌でした。私はすぐに身体の向きを変えました。しかし、その瞬間、私はこの同修と向き合うことさえできない、この消極的な考えは私なのかと問いかけ、これは私ではない、邪悪のものだ! そこで私は体を元に戻して、Aさんと向き合って座りました。

 その瞬間、頭から何かが胃の中に入っていく感じがして、丸いものが胃の中で左右に回転し、チェーンソーのような音がしました。 この音が、周りの同修の邪魔になるのではないかと心配になりましたが、誰も反応せず、音が聞こえたのは私だけだったのです。その一念だけで、師父が私の悪いものを取り除いて、私の体を浄化してくださり、法輪が私の胃の中の悪いものを溶かしてくださったのが分かりました。師父は『轉法輪』の中で説かれました。「心性が高まってくると、身体にも大きな変化が起こります。心性が高まってくると、身体を構成している物質も間違いなく変化が起こります。どんな変化でしょうか? あなたは、今まで追求し執着していた良くないものを、捨てることになります」

 このことを通して、私は「正しく対処する」とは何かを深く理解しました。

 師父のご加護に感謝致します!  私がよく修めていないがためにもたらした憂鬱感を、師父が消去してくださいました。師父の慈悲なる済度に感謝致します! 私は大法修煉の道でしっかり歩んでいくという思いがますます強くなりました。

 適当でないところがあれば、同修の慈悲なるご指摘をお願いします。

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2015/6/19/311095p.html)
 
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