6日間で脳血栓の症状が消えた
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文/中国の大法弟子

 【明慧日本2022年3月20日】私は20年以上前から修煉をしている古い弟子で、今まで、大なり小なりの難関は多く経験していましたが、最近、6日間で脳血栓の状態を突破した経験は、私に師父の慈悲と大法の威力をいっそう深く感銘させました。

 突然現れた脳血栓

 2021年12月25日 午前1時過ぎ、寝ているときに突然、肩甲骨あたりの一本の筋が脳を強く引っ張った感じがして、その辛さは言葉で語れるものではありません。その夜、同じことがまた2回起きました。

 その後、トイレに行きたいと思いましたが、左側の腕と足に力が入らなくて、歩く時に足が上がらず、引きずるように歩くしかありませんでした。これで、さっきまでの3回の辛い状態は脳血栓の前兆だと分かりました。しかし発生した当時、私は何も思っていなくて、正念でそれを否定しませんでした。

 その状態は常人のいわゆる脳血栓の症状に似ていますが、私はそれを認めておらず、悲観的な心理もなく、自分の様子を見て笑いました。『轉法輪』の「大周天」の部分を思い出して、自分は百脈が通じているので、まったく病気になるはずがないと思いました。

 すでに現れた症状に対して、「決して大法のイメージを破壊することをしない。師父は私を見ておられるので、たとえ私の修煉が良くできていなくても、妨害を許さない」と考えていました。

 左半分の腕と足に対して、「腕と足は私と一体になっている。私の主元神がしっかり修煉しなかったために、腕と足にも正しくない状態が現れた、ごめんね。これから師父に助けを求めよう。必ず腕と足が正常に戻る」と話しかけました。

 夫が帰宅する

 夫は仕事の関係で3週間に一度しか家に戻らず、2日間休んでまた仕事に行きます。しかし、私に脳血栓の症状が出た翌日、夫から突然電話があり、急に3日間休むことになり、その日の午後に帰宅すると言いました。しかも自分が食べたいものを、私に作るように頼みました。ふだん夫はいつも自分で好きなものを作りますが、今回は私に作らせるということは、師父は私に早く脳血栓の状態を突破させる機会を与えて下さったと、私は悟っています。

 左半分の体の動きが悪くて、手足に感覚がないというのが現実です。力の入らない左手で包丁を持ってみたのですが、持ち上げられないので、どうやって野菜を切ろうかという時、「煉功者の場合は、意念が功能を支配して働かせます」[1]を思い出しました。

 そこで、私は左半分の体に「正常になって、やるべきことをやろう」と交流すると、左手に力が入り、なんと包丁を持ち上げられるようになりました! これで自信がついて、修煉者は正しい念を持つことが如何に重要かも体得しました。

 その状態で少しずつ夫の食事を作りました。夫は修煉していないので、大法に対して悪い印象を持たせないため、私は夫に体のことを言うつもりはありませんでした。夫を心配させるほか、何もプラスにならないからです。夫に体の異変を気づかせないよう、私はいつもの通りにテーブルを置いて、家の中で動きたい時は夫が私を見ていない時を選びます。夫が私を見ている時、私はそこに止まって、立ったまま夫と世間話をします。食事が終わった後も、私はいつものようにテーブルを片付けたので、夫は本当に何の問題も察しませんでした。

 客を招待する

 次の日の午後、夫は「今晩、友達に家でごちそうする」と言いました。夫を利用して師父が私に早く関を乗り越える試練を与えてくださっていると悟り、快く承諾しました。

 私は多くの料理を作り、みんなは楽しく食べて帰りました。夫は少しお酒を飲みすぎて、食後はソファで休んでいました。私はテーブルを片付けたり、床を拭いたりしました。

 大法に悪いイメージをもたらしたくないため、正念で自分を支えていました。動くたびに苦労しますが、ずっと我慢してやるべきことをやりました。誰も私の異常を見抜けませんでした。

 洗濯する

 それから、夫は服が汚れていると言ったので、私は「はい、洗います」と快く承諾しました。全自動洗濯機を使うのは難しくありませんが、洗濯してからハンガーにかける必要があります。最初、私はてきとうにハンガーに掛けると、斜めになったり、服が垂れたりして、見た目は良くありません。それを見て、「これは駄目だ」と思って、外して、ハンガーに整然とかけ直しました。終わったら汗だくになりました。もしこれが関を乗り越えるための一つの試験であれば、私は合格していると思います。

 市場に行く

 3日目の朝起きたら、夫は厚手のズボンが欲しいと言い、私に買いに行くように言いました。実を言うと、あの日、左側の体の知覚が戻ったばかりで、歩く時まだ不安定でした。しかし夫に承諾した私は電動自転車に乗って出発しました。体のバランスを上手に取れませんが、それでも市場に行って厚手のズボンを買いました。

 しかし、何日も充電していなかったため、帰りに自転車の電源が切れてしまいました。修煉は容易いものではなく、その試練は実に難しいものです。電源が切れた地点から家までの距離は1.5キロあり、当時の身体状況で手ぶらで1.5キロ歩くのも大変なことなのに、電動自転車を押しながら……私はゆっくりと前進して、車輪が一回転するたびに、家まで少し近くなったという思いで、1時間半かけてやっと家に着きました。その時、体もだいぶ回復しました。師父は再び私に自信を与えて下さいました!

 家に帰ってからも、私は頑張っていつもの通りに家事をやり、3日間滞在した夫は何の異常も発見しませんでした。

 日常生活の細部で、基準を下げない

 私は体の正しくない状態を少しも甘やかさずに、マイナス思考が出たらすぐ否定して、それをまったく病気とせず、逆に向上するための絶好のチャンスだと思っています。

 難しいことに遭遇すると、それは修煉のチャンスだと思い、体が表した各種の正しくない状態に対して、私は実行動でそれを否定します。毎回、正しい行動を取った後、体が良い方向に回復しているのを実感できます。例えば、動功をやる時、半分の体は無力感がしても、必ず立ってやる、座ってやってはいけないと自分に言い聞かせました。そのようにすると、立つことができて、足にも力が入りました。第二功法をする時、腕が上がらないので、長い紐で腕とドアフレームを繋いで、2日間続ければ、法輪を抱える動作は正常にできるようになりました。第三功法をやる時に、左の腕が短くなったようで上がらなくて、私はそういう状態を認めず、ただただ正常にこの動作を完成したい一心で、一生懸命に腕を伸ばしました。たった2日でこの動作も正常にできるようになりました。第四功法をやる時、最初は体がしゃがめなくても頑張って、どの動作もごまかさないで、2日で完璧に第四功法ができるようになりました。坐禅する時、左手が垂れているので、私は左手の指を長い紐で縛って、腕をつたって首にかけ、このように2日間続けただけで、左手が垂れるという正しくない状態も消えました。発正念する時も同じように対処しています。

 1日に2、3回煉功する時もあります。1日の時間を無駄せずに、全部修煉に使います。夜はほとんど寝ていません。学法する時に眠くなったら、すぐベッドから降りて、声を出して読みます。

 脳血栓の症状が出ると同時に、時々失禁もしましたが、正念を以て体に話しかけた後、2日で失禁しなくなりました。

 服を着る時、ブラジャーを着ける時、ボタンをきちんと留められないこともありますが、体調不良を理由にごまかしたくないため、時間をかけて普段通りにしました。自分は病人ではなく、基準を下げるわけにはいかないと思いました。念を正しくしているため、ボタンを留めることも苦労ではなくなりました。

 髪を櫛でとかすことも苦労しました。私の髪は長いので、とく時に両手を使います。ある日、髪を切る考えが出てきて、その考えは体の正しくない状態を認めていることにすぐ気づきました。私はすぐに鏡を見て、「腕を上げなさい、ふだんどのようにしているか、今日もこれからも同じようにとかす」と自分に言い聞かせました。その時、左腕の中の一本の筋が捻っていることを感じて、全然力が入らなくなりました。私は左腕に「あなたは正常なのよ、協力してください」と話しかけ、一瞬に、その筋が通った感じがしました。それから、髪をとかすことは普段通りにできるようになりました。

 体に悪い状態が現れるたびに、私は「物事の善し悪しは人間の一念によるものであり」[1]、「苦しければ苦しいほど、物事が極まれば必ず逆の方向へ転化するので」[1]と思い出します。その時、やるべきことを普通通りにやっています。無理強いしてやるのではなくて、事がそこにあるなら、自然に処理しているだけです。私は物事をやる基準を下げないで、高い基準で自分に要求します。そうすると物事はうまくいくことが多かったのです。

 このことから、何をするにしても自分を修煉者の立場に置き、正しくない状態を認めず、それを見極めることがとても大事だと実感しました。正念を以て正しく行っているうち、師父と大法に対する信頼がますます強くなりました。

 感謝

 4日目になって同修が我が家に来て、回復が早いと言ったのですが、しかし足の調子がまだ少しおかしいと私は感じています。

 6日目になって、どうして足にまだ違和感が残っているのかを考えました。それで、自分の不足を探してみると、現状に満足して、自分はまあまあ良くできていると思う気持ちがあって、大法を最も重要な位置に置いていないことに気づきました。悟った後、足は正常に持ち上げることができました。本当に「物事の善し悪しは人間の一念によるものであり」[1]の通りです。師父と大法を信じることはこれほど重要なのです!

 この数日間で一番深く感銘したのは、肝心な時にいつも師父の言葉を思い出して、力をもらったことです。「主意識を強くもつべし」[1]、「心を正しくもつべし」[1]、「修は自分にありて、功は師にあり」[1]、「あなたが心性を向上させさえすれば、必ず乗り越えられるものです。それを乗り越えようとする気がなければ話は別ですが、乗り越えようと思えば、乗り越えることができるのです」[1]。師父に感謝します。師父の言葉、「あなたが本当にこれをやり遂げることができれば、口先で言うだけではなく、行動においてこれをやり遂げることが出来れば、師父は必ずあなたを支持します」[2]に対して、いっそう深い理解ができました。

 落ち着いてみて、どうして突然このような状態になったのかを考えました。周りに何人かの同修が脳血栓の症状が現れ、長い時間が経っても良くならないのを見て、ある日、「同修たちはどうしてその状態を突破できないのか、私ならばきっと早く突破できる」と思ったことがあります。その思いが、この難局を招いたのかもしれません。この教訓は私に修煉の厳粛さを深く体得させ、また、修煉の道において理性的になって成熟するようにさせてくれました。

 注:
 [1] 李洪志師父の著作:『轉法輪』
 [2] 李洪志師父の経文:『二〇〇三年元宵節での説法』

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2022/2/13/437350.html)
 
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