【明慧日本2024年10月23日】(明慧台湾記者)2024年10月20日、台湾法輪大法修煉体験交流大会が台湾・台北市の和平バスケットボールアリーナで開催され、6000人以上の法輪功学習者(以下、学習者)が参加した。
台湾法輪大法修煉体験交流会会場の様子 |
法会では、各業種、各年齢層の合わせて19人の学習者が、人生の難関や試練に直面した時、どのように法を学び続け、法から得た正念をもって自らを正して困難を乗り越え、それぞれの環境の中でどのように善の念を保ち、衆生を救ったかについて体験を語った。
発表者のスピーチには、笑いや涙を誘うものもあれば、困難を克服して絶えず前進する堅い信念もあり、この万古の機縁に出会った喜びと、師父の慈悲を大切にし、感謝する気持ちが伝わってきた。参加者は真剣に耳を傾け、感動して涙を流し、熱烈な拍手を送った。
発表している学習者たち |
慈悲の力が公安警察と身近な人を変える
台東出身の萱婷さんは、迫害の実態を伝える電話を掛ける過程で人を救った経験を語った。ある時、東北のある市で複数の学習者が拘禁され迫害されていた時、彼女は国保大隊の携帯電話にかけたが、最初の2回は相手は声を出さず、ただ静かに聞いていた。3回目の通話中に、相手は突然「あなたが言及した3人の学習者は明日家に帰らせます」と言った。翌日、協調人は3人の学習者が実際に帰宅したとの連絡を受け取った。
萱婷さんの純粋な善の力によって多くの公安警察は迫害の実態を理解した。数年間で、2000人以上の司法関係者が中共の組織から脱退した。元々、彼女が法を学び、煉功することに強く反対していた彼女の夫も、萱婷さんが心性を高めていくにつれて、逆にもっと多くの電話をかけ、より多くの人を救うようにと、彼女を促すようになった。
困難を突破し、師父の慈悲の恩恵を賜る
天幕の設計に携わっている根傑さんは、3Dアニメーションを学び、困難を乗り越えて前進した経験を語った。2000年、根傑さんはアメリカに渡り、新唐人の「全世界華人新年パーティ」の舞台背景のデザイナーを勤めることになった。その時、上司から3Dアニメーションの「空飛ぶ馬」を作成するよう求められたが、それが彼にとってまったくの未知の領域だった。彼は一から学び、苦労して作品を完成させたところ、そのリアリティの無さから「空飛ぶ犬」と笑われた。
その後、父の病死の知らせを受けた彼は、作品の失敗と家族の死という二重の打撃に直面する中でも法を学び続け、次々と難関を乗り越えた。彼は法を学び終える度に心が洗われ、励まされたような気がしたという。その後、彼はアニメーション制作の道を貫き、常に卓越性を追求し、各プロセスを丁寧にこなし、ついに生き生きとした「空飛ぶ馬」を完成させた。
ある日、彼は夢の中で自分の名前を呼ぶ大きな声が聞こえ、翌日、天幕設計の制作をサポートするよう通知を受けた。この不思議な過程を通して、彼は自分が経験したすべては師父による慈悲なる恩恵であると考えた。彼は、人間には大した力がないが、心を静めて法を学び、絶えず自分を正していけば、どんなに苦しくて難しくても、師がおられ法もあるので、如何なることもいつかは実を結ぶのだと実感したという。
『轉法輪』を千回学べば、他の空間で金の頭脳が形成される
ソフトウェア会社で主管を務めている暁嵐さんは、自身の法に溶け込んで修煉してきた体得を共有した。修煉し始めてまもなく、暁嵐さんは学法と法を暗記することの素晴らしさに気づいた。2015年、勤務時間に融通が利くようになり、彼は法の暗記を強化し、『轉法輪』を1年で暗記し終えることから6日間で完成できるようになった。暗記に通読を加え、彼はこれまでに千回以上も『轉法輪』を学んでおり、学べば学ぶほど手放せなくなり、学べば学ぶほど新しい収穫があると実感したという。
自身が決めた暗記のノルマを達成するために、彼はよく乗車中や歩くとき、家事をこなすなどの頭が空いている時間を利用して法を暗記している。大量の暗記によって、彼は別の空間に金色に輝く脳、つまり「金の頭脳」が形成されるのだと体得したしたという。
法の力によって、暁嵐さんは大きな病業の関を乗り越えただけでなく、多くの執着心や人心も取り除くことができた。彼は学法と法の暗記を続けることは、修煉の道をしっかり歩むための根本的な保障であると言った。
『明慧週報』を用いて衆生を救う
昨年、公職から退いた淑雲さんは、公的機関の調停委員と仲裁委員を務めるようになった。彼女は『明慧週報』を利用して衆生を救う体得を分かち合った。
彼女によると、知り合いの弁護士が『明慧週刊』に掲載された師父の経文『なぜ人類が存在するのか』を読んだ後、それが李先生からの人類への最高の贈り物であり、自身の人生にも長期的かつプラスの影響をもたらしたと言ったという。淑雲さんはよく学習研究会の休憩時間に週報の内容を人々と共有している。多くの人は喜んで受け取るだけでなく、来なかった同僚のために余分に取ることもある。百部も超える『明慧週報』があっという間になくなってしまうこともしばしばだったそうだ。
調停があれば、淑雲さんはよくハーフタイムに『明慧週報』を配るという。それを読んだ後、元々気を荒立てていた当事者の双方が譲歩する意思を示し、多くの案件が和解で終わったケースも少なくなかった。淑雲さんは、人を救いたいという思いがあれば、大法の力は常に弟子を鼓舞し、衆生を救うことを生活のすべてにおいて貫かせてくれることを実感したという。
教育現場で大法の素晴らしさを示す
台中の小学校の教師である郁青さんはクラスの担任として、「真・善・忍」が生徒の心に根付くように、神韻の作品を流すだけでなく、昼休みに生徒と一緒に『洪吟』や『轉法輪』を読んでいる。そのうち、活発で怒りっぽかった男子生徒は怒りや興奮を抑えるようになり、女の子たちが大騒ぎしているときに「内に向けて探す」という言葉を聞くと、すぐに笑顔になった。そして生徒たちは毎回、カードに「真・善・忍を永遠に忘れず、真・善・忍を実行できる人になる」と書いている。
昨年、学年主任を務めるはずだったA先生が個人的な理由で担当を辞退し、誰もが引き受けない状況の中で、郁青さんは受け持った。例年、A先生に神韻を観に行こうと誘っても、彼はただ笑って返事をしなかったが、今年彼は自ら郁青さんにチケットを手配してほしいと頼んできた。彼女は、学年主任はただの試練であり、すべては大法弟子がうまくできるかどうか、責務を担いたいかどうかという師父が按排して下さった修煉のプロセスであると理解した。
人を救う善の念を抱きながら、郁青さんは50人近くの生徒と教師を神韻の劇場に招待した。彼女は、「神韻が来た」というメッセージを人々に伝えるのが大法弟子の使命であり、行くかどうかは衆生に任せて、結果にこだわらずに自然体で行い、大法弟子の称号に恥じないようにすればよいと悟った。
強迫症を克服し、少年が新たな人生を取り戻す
蔦松芸術高校音楽科に通う奕圻さんは、かつて深刻な「強迫症」を患い、最終的には生活がほぼ自立できない状態になり、心身の苦しみの中で日々を耐え忍んでいた。
母親の会社の教育トレーニング講師は法輪功修煉者で、彼の状況を知り、一緒に『轉法輪』を読むことを提案した。奕圻さんはこの本が貴重な本であることに気づき、それ以降、困難に直面したり悩んだりする時には、いつも大法の本を取り出して読んでいた。読めば読むほど、彼は前向きになり、大法は知らず知らずのうちに彼を溶かしていた。
その後、奕圻さんは法輪功の9日間クラスに参加し、わずか2カ月で心身に大きな変化が起き、再び学校に通い始め、普通の生活を取り戻した。奕圻さんは心から師父に感謝し、師父のおかげで自分を取り戻して健康になり、心から心身に障害のある弟を受け入れ、家族を大切にするようになったと述べた。彼は家庭と学業の両方でさらに努力し、自身の言動を通じて大法を修めることの素晴らしさを実証したいと話した。
病業の中で目覚め、修煉の道に戻る
5歳で大法を知り、幼い頃から両親と共に修煉してきた子田さんは、大学に進学した後、自分を見失ってしまった。彼は授業をサボり、ネットカフェに行き、ナイトクラブにも通うようになり、気性が荒くなり、家族との関係もどんどん悪化した。ついにある朝、血を吐いて目覚めた彼は、生命の危機を感じた。
医学的な限界に直面し、子田さんは修煉に戻らなければならないと悟った! そして初めて、彼は大法がなければ自分は何ものでもないことを深く感じた。彼は、幼い頃から大法の環境で育ちながらその大切さを知らず、『轉法輪』が生命の宝であることを知らなかったことを悔やんだ。師父は彼を見放さなかった。彼が正気に戻って再び修煉し始めてまもなく、2週間続いていた吐血の症状が一夜にして消えた。
修煉の道に戻った子田さんは地元に戻って煉功点を立ち上げ、他の若い同修を誘って早朝の煉功や学法、交流を行った。そして、皆は心身の状態が急速に変化した。子田さんは、いざ修煉し始めると、誰もがその貴重さが分かるはずで、そして今生で大法に出会えたことは、人生でもっとも殊勝で得難い福だと悟ったという。
ビジネス業界の戦いは虚しいもので、新しい学習者は奮起して追いかける
修煉して1年未満の高雄出身の允欽さんは、かつて台湾の商人だった。彼は1997年に広東省東莞市に工場を開設し、わずか半年で1億元以上の純利益を上げた。しかし、その栄光は長く続かず、税務調査、訴訟、重大な交通事故、そして顧客の倒産など、次々と打撃が襲ってきた。心身ともに疲れ果てた彼は、偶然出会った学習者によって修煉の道に導かれた。
日々の修煉の中で、允欽さんは何度も大法の奇跡を目の当たりにした。ある朝、彼は師父の法身が前方で示範して下さっているのを見たように感じた。また、動功を煉っていたある日、彼は自分の身体が大きくなり、空にある星々が突然自分の中にあるように感じたという。数々の不思議な体験によって彼は自信に満ち、自身の専門性を発揮するようになり、そしてコミュニティに入り込んで大法の素晴らしさを広めるようになった。
允欽さんは、自分はかつて汚れた物騒な世の中で泥だらけになっていたが、法を正す時期の最後に大法によって洗われたので、奮起して追いかけ、勇猛精進してはじめて師父の慈悲なる済度に応えることができると述べた。