文/中国の朝鮮族の大法弟子
【明慧日本2013年3月29日】学法に関する師父の幾つかの説法を集めました。
『北米第一回法会での説法』(一九九八年三月二十九、三十日 ニューヨークにおいて)
「修煉の中であなたは多くの魔難に遭います。真面目に法を勉強していれば、どんな難でも乗り越えることができます。真面目に法を勉強していれば、心の中の解すことのできないしこりや、乗り越えられないものは全部法の中でその答えを見つけることができ、解すことができます。どのように人間として振舞い、天人として振舞うべきかのことがこの法に含まれており、更にどのように佛、道、神ないし更に高い境地での神として振舞うべきかも私が皆さんに教えたので、あなたの心のしこりを解すことができないはずがあるのでしょうか? あなたの考えを開くことができないはずがあるのでしょうか? あなたの問題を解決することができないはずがあるのでしょうか? 全部できます。」
『各地での説法三』「大ニューヨーク地区法会での説法」(二〇〇三年四月二十日)
「しかし、私が思うには、真面目に本を読み、法を勉強すれば、あなたに分からないことを師父の法身は全部教え、あなたに分からせるのです。ただ一つ、つまり皆さんが法を勉強する時に何らかの心を抱いて学んではならず、必ず心を静めて真に法を勉強しなければなりません。何かの目的を抱いて勉強してはいけません。法を勉強する時に、心ここにあらずとなってはならず、他の事を考えたりしてはいけません。そうであれば、何も得ることができません。法を勉強する時は他でもなく、法を勉強するのです。如何なる妨害も法の勉強に影響してはいけません。」
『人心を取除く』(二〇〇五年九月一日 学習者の文章に対するコメント)
「多くの学習者がひどい迫害に遭っていますが、実はこれは彼らの人心が重く、正念が足りないことによってもたらされたことです。これはよく見られることです。これを解決するために、法の勉強を重視し、真面目に法を勉強するしかありません。この大法は大穹を正し、修煉を通じて人間を圓満成就させることができますが、なぜこの万古の機縁を大切にしないのでしょうか? しかもこの機縁は瞬く間に無くなってしまいます!」
『各地での説法六』「アジア太平洋地区学習者会議での説法」(二〇〇四年四月十二日 ニューヨークにおいて)
「しかし、時間を作って勉強する時、心が静かにならないという問題が起こりやすいのです。心が静かにならなければ、勉強しても無駄であり、時間がもったいないのです。法を勉強するには、心を放下し、落ち着かせ、考えが静かになってから本当に勉強するようにすべきです。幾つかの段落しか読めなくても、心が落ち着かないまま本一冊を読むより効果が良いのです。法を勉強する時には、必ず頭に入るようにすべきです。」
『ヨーロッパ法会での説法』(一九九八年五月三十、三十一日 フランクフルトにおいて)
「通読はあなたの向上に大きな利点をもたらしています。」
『二〇一〇年ニューヨーク法会での説法』
「皆さんはできれば、法を勉強する時間を固定したほうがいいのです。集まって法を勉強するやり方は私が皆さんに残した形です。しかし、精進して法を勉強すべきであり、いつも勉強しているので、方向を見失わず、自分の道を正しく歩み、行なうべきことをしっかり行なうことができます。法を勉強する状態を変えないでください。ほかでもなく通して読むことで、新奇をてらい、特別な何かをしないでください。法を選んで勉強したり、何かの形で勉強したりするのは、人心によるものだと思います。」
『大法弟子は必ず法を勉強しなければならない』(二〇一一年七月十六日)
「特に法の勉強のとき、皆さんは必ず真剣に勉強しなければなりません。ご存知のように、法の勉強において、多くの地区でいくつかの問題が表れました。どういう問題でしょうか? 一部の地区は形式的になってしまいました。『轉法輪』を読むとき、考えが集中しておらず、ほかの事を考えてしまい、修煉に専念することができない人がいます。これは時間を浪費しているのに等しいのです。時間の浪費だけでなく、本来向上すべきところですが、考えるべきではない問題や事を考えてしまい、向上どころか、下降してしまいました。法をしっかり勉強できなければ、多くのことをしっかり行なうことができません。」
「必ず法をしっかり勉強すべきであり、それは皆さんが位に帰るための根本的な保障です。(弟子の皆さんが拍手) それは師父が軽々しく考えたことではなく、師父が皆さんに説いたのは宇宙の法なのです。先ほど皆さんにくれぐれも修煉を怠ってはならず、くれぐれも法の勉強を緩めてはならず、必ず真剣に勉強すべきだということを教えました。今までしっかり勉強しなかった人は師父が今日もう一度話したので、帰ってから必ず真剣に法を勉強し、修煉し、考えがほかのことに気を取られてはいけません。(弟子の皆さんが拍手)」
実際、師父は口が酸っぱくなるほど何でも弟子に伝えられました。しかし、弟子たちは重視せず、人心に阻まれています。
師父が要求されている三つのことを周囲の多くの同修は持続して行っており、発正念や真相伝え、そして煉功と学法も継続して努力しており、誰もが遅れたくありません。しかし、どうしても法理に対する認識がまだ深くなく、着実でなく、常人の観念もまだ強い感じがします。長く修煉してきたのでそのはずがないと思いますが、しかし内に向けて探す事もまだ十分でない気もします。
私が思うには、学法の量の問題ではなく、学法を厳粛に行っていないことが普遍的に軽視されている大きな問題だと思います。
法は一切の謎を解かす事が出来ます。私達は真に、絶えず学法し、そして法を得て、初めて魔に騙されずに済みます。同時に、多くの同修を助け、共に精進して行くことが出来ます。
以上は個人の次元での所見ですので、不足の部分があればご指摘ください。