他空間での所見:真に修めなければならない
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 【明慧日本2012年10月11日】私は天目が開いたままで修煉している大法弟子です。他空間の光景を見ることができます。この度、他空間で見た光景を書き出して明慧編集部に送るようと同修に勧められてペンを取りました。数日前、発正念する時に、天目で金色の鎧を身に付けた一人の天神が見えました。空の上に立つその天神は、9本の矢の入った容器を背負っていました。中から一本の矢を取り出して尖閣諸島に向けて射ました。尖閣諸島は瞬時に焔の海に呑み込まれました。それから天神は二本目の矢を取り出して台湾の日月潭に射ました。矢が落ちた日月潭も一瞬にして燃え上がりました。その光景を見てまもなく、尖閣諸島にまつわる衝突事件が発生しました。世間における全ての天象の変化は神様に按排されたもので、それぞれの理由があります。人間社会の騒乱と安定はどれも例外なく神様に定められており、人間の意思に左右されません。世の中の動きがどの方向に発展していくかは、いかなる政党や組織、個人に左右されるものではないことが分かります。

 また、発正念する時のことでした。空に一つの大きな手が現れました。その大きな手は太陽に向かって功を発しました。そうすると太陽は粉々に崩壊してしまい、地球が真っ暗になりました。その瞬間、大法弟子があたかも一つ一つの明るい灯火のように地面から徐々に上がっていきました。師父が高い所から全ての大法弟子に小船を投げました。大法弟子はまた、その小船を地面に落としました。そうすると「三退」を約束した人々、または「法輪大法はすばらしい」と賛同した人々が小船に乗り込みました。ぞれぞれの小船に乗ってきたのは、その大法弟子が真相を伝える事で本心から「三退」をした衆生でした。一見偶然に見えたかもしれませんが、実は全てにおいて必然的な結果に繋がっていました。大法弟子が「三退」させた衆生が、各々の名簿に載っている小船に乗り込みました。

 それから病業の迫害を受けているある同修の為に発正念する時のことでした。その同修の歳は五十過ぎで、よく年寄りが言う「縮骨癆(骨が縮む疾患)」に患っていました。体中に激痛が走ると同時に身体が縮み、最後は段々と身体が丸まるような感じで小さくなる疾患です。私はその同修の体に大蛇が巻き付いているのが見えました。長い大蛇の尻尾が足元からグルグルと頭まで巻き付いて、また頭から折り返ってグルグルと足元まで下りてきていました。大蛇の頭は長く伸びていて、体を縮める度に同修が呻き声をあげるほど苦しそうにしていました。そこで私が大蛇に「彼女をもう迫害しないでください。彼女は重大な歴史的使命を担っている正法時期の大法弟子なので、将来的に円満成就したらあなたへの借りをきちんと返します。彼女との間にある深い恨みはきっと大法が善解してくれます。そのまま彼女を迫害し続けるよりは、善解を選択した方があなたにとって良い未来が待っています。反対にあなたのせいで彼女の衆生を救う偉業が妨害されたら、将来的にあなたはその責任が取れませんよ」と助言してみました。ところが大蛇はそれを聞いて「彼女を見れば分かるが、たくさんの執着を抱え込んだまま、非常に悪い修煉状態が続いているので何をもって円満するのか? 何をもって私と善解するのか? 彼女にはまだ未来があるのか? 私のツケを返してもらうのは当然の事だ!」とすぐに私に反発しました。

 大蛇が迫害をやめないので、私は功を発して大蛇の頭を摘み取りました。しかし数多くの小さな爪が同修の骨の奥まで深く嵌まり込んでいて、全く抜けませんでした。邪悪を取り除く為に地元の数人の同修と一緒に発正念をすることに決め、皆で同修の執着を探してみました。同修の人心は実にたくさんありました。小さな店を経営しているこの同修は、体が痛い時には私達と一緒に執着心を探すようにしてしましたが、しかし体が少し楽になると彼女はすぐ何気なく「世界法輪大法の日がもう近づいてきているので、私の店で皆が師父のお備えの品にりんごでも買っていけば良いですね。師父の弟子なので孝行しなければ」と言い、品物を早く売って金を稼ぐことを考えていました。私達は「既に買って来てお供えをしたよ」と伝えながら「表面上の形式に拘らずに実修をしていれば、師父が何よりも喜びますよ」と彼女に忠告すると、彼女は口先で「分かっているよ!」とごまかしながら機嫌が悪くなりました。

 以前、同修の脚は少し調子が悪い程度でした。ところが彼女は自分を病人扱いしてずっとベッドの上に座り込んでいました。ご主人が洗濯、炊事、自営売店の販売など、仕事と家事全般を負担するようになり、食事の時はお箸まで彼女の手元に届ける程でした。地元の同修がそれについて彼女と交流してみましたが、彼女は高校までの高い教育を受けていて、法もたくさん学んでいるので能弁かつ口達者で、法理上では誰にも負けませんでした。しかし世間の一般的な固定観念とずる賢さが、しっかりと頭の中で形成されていて、長い間実修をしていませんでした。人の前ではよくご主人に「洗い物のお茶碗などを置いていて。後で洗うから」と言っておきながら、全く手を動かさずに口先ばかりでした。とうとう家事に全く手を出さなくなりました。人に世話を焼いてもらえるように自分で自分を病人扱いして、当然ながら煉功の回数も段々と減りました。病状はどんどん重くなり、最期は体が本当に動けなくなりました。体中に激痛が走る度に身体を丸めて苦しんでいました。私は同修に対して、もうどうすることもできません。ただ自らの正念が生じてくるように期待するばかりです。仮に命の最期を迎える瞬間であっても、強大な正念を発していれば旧勢力を否定する可能性があります。病業から脱出して正法の歩みに付いていけるよう願っています。

 足りない点がありましたら、同修の慈悲なるご叱正をお願いいたします。

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2012/9/29/263365.html)
 
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