文/箐雲(中国)
【明慧日本2015年4月8日】神聖な日となった1998年4月のある日、私は幸運にも大法と縁を結び、人生の新たなページを開きました。
修煉する前、私には多くの病気があり、特に気管支炎がひどく、いつも息切れがしていました。20代から、私はいつもたくさんの薬を服用し、顔色が悪くやせており、性格が偏屈で、神経質でした。そのため、人との付き合いが苦手で、いつも周囲の人とトラブルを起こし、いろんな人を怒らせていました。トラブルに遭うと私は我慢することを知らず、すぐに手を出してしまい、状況を構わずに手を出してしまいました。さらに、私は疑い深く、いつも人が私をどう思っているかを推測して、精神的に辛くて疲れていました。
大法を修煉してから、私はもうびくびくして、他人の考えを推測するのを止め、それより、自分がどうすべきかを考えるようになりました。私は師父の要求に基づいて、行うべき事を行い、生活の基準が分かったため、心も次第に穏やかになりました。
師父は「一人の煉功者としては、まず殴られても殴り返さず、罵られてもやり返さないで、ひたすら耐えられるようでなければなりません」[1]と説かれました。
『精進要旨』「忍とは何か」の中で、師父は「忍とは心性を高める鍵です。怒り恨むこと、不平、涙をたたえて忍ぶことは常人が世間体に執着する忍です。まったく怒り恨むことがなく、不平に思わないことこそ修煉者の忍なのです」とおっしゃいました。
それなら、我慢をしましょう。私は家では我慢して、夫と喧嘩をしなくなり、ひたすら彼に優しくして、彼に怒鳴られても、殴られても、私は相変わらず彼に優しくしました。共産党が法輪功を迫害し始めた頃、夫は怖がって、私の修煉を阻止し、しきりに私を殴ったり罵ったりしました。息子は我慢できず、夫の暴力から私を庇おうとして、不注意で夫の目のあたりにあざを作ってしまいました。息子は「お母さんに対して、この態度はだめです。お母さんは世の中での一番いい人です」と言いました。夫も自分がやり過ぎだと思い、それから再び私に手を出したことはありません。その後、私は不当に連行され、拘置所に入れられた時でも、夫は愚痴を一つも言いませんでした。共産党の迫害によって、彼も多くの苦痛に耐え、たくさんの恐怖を覚えました。しかし、彼はずっと私の大法修煉を支持し続けてきました。
職場でも我慢をしました。最初の頃、試練は次から次へとやって来ました。私が歩いたら、後ろから誰かが私の悪口を言っているのが聞こえてきました。それは名指しをしていなくても、私の悪口だとすぐ分かりました。時には、ドアが開いている事務室を通りかかると、中の人が、名指しをして、私を侮辱したり或いは嘲笑したりしているのが聞こえて来ました。それが昔ですと、私はとっくに部屋に突進して、彼女をビンタしていたでしょう。しかし、その時、私はまったく怒らず、その上、彼らが言っている事は確かにその通りだと思いました。きっと師父は私の悪い物質を取り除いて下さったに違いありません。さもなければ、私はそんなに平然としていられるはずはありません。
またある日、私は職場で一時間ほど怒鳴られ、罵倒されました。それを見過ごすことのできない同僚は、私のために相手を殴ろうとしたほどでした。しかし、当事者の私が一言も言い返す事をせず、心の中では相当乱れていながらも、しかし、目標はたった一つだけで、それは我慢することでした。
師父は「われわれ煉功者においては、トラブルが突然現われることがあります。その時、どのように対処すればよいでしょうか? 平素から慈悲に満ちた、和やかな心を保っていれば、問題が起きた時には、一息おいて余裕をもって、適切にその問題に対処することができるのです。日頃いつも慈悲の心を保ち、善をもって人に接し、何かをする時にはいつも他人のことを考え、問題が起きた時はいつも他人がそれに耐えられるかどうか、他人を傷つけることはないかを考えていれば、何の問題も起こりません。したがって、煉功にあたっては、高い、もっと高い基準で自分を律しなければなりません」[1]と説かれました。私はこの関門を必ず突破して、しっかり突破しようと思いました。
長年修煉して、振り返って見れば、以前は表面では優しそうに見えた私は、実は本当に教養不足で、女性なのに、何でもすぐ手を出してしまいがちでした。学生時代は同級生に手を出し、就職してからは同僚に手を出し、しかも男性の同僚にけんかばかり売っていました。それなのに、誰も私に敵わないと思っていました。今から考えれば、当時自分はそもそも良い人ではありませんでした。大法を修煉して、やっとそれに気が付きました。大法を修めて、いい人、さらにいい人になるように努力することを覚えました。さもなければ、本当に厄介なことでした。
当時、私が殴った同僚は、今は私の上司になりました。それは私が想像もしなかったことです。私はしきりに彼に真相を話し、三退を勧め、『共産党についての九つの評論』を読ませ、彼も自分に素晴らしい選択をしました。私はとても嬉しくなりました。
職場では、私は真相そのものです。私はこの職場で、すでに20年以上勤務しており、大法修煉前と後の変化は、私を知っている人の誰もがよく分かっています。そのため、「法輪大法は素晴らしい」ことは誰でも知っており、政府のメディアの嘘の宣伝は彼らにとって、まったく役に立ちませんでした。
私が修煉してまもなく、多くの同僚は私が変わったと言ってくれました。つまり私がいい人になって、元気になって、体も健康になり、性格も優しくなったという意味です。誰もが大法の不思議さを感じました。そのため、私を知っている人たちに真相を話したり、三退を勧めたりするのは、比較的に簡単でした。もっと喜ばしいことに、それによって、大法修煉を始めた人も少なくありません。
一部の人は、私がテレビに言われたことと随分違うと感じ、その後、いろいろ調べた結果、法輪功の素晴らしさが分かり、修煉を始めた人がいました。また、若いうちに脳閉塞になった人は、大法の書籍が欲しいと言って、煉功と学法を始めました。さらに、女性の同僚は私が修煉して若くなり、肌も綺麗になったのを見て、彼女達もそうなりたいと思って、大法修煉の道を歩み始めた人もいました。
修煉の過程においては、当然苦しいこと、辛いこともあって、迫害もされました。しかし、私は、それを私に対する試練と見なして、毎日喜んで自分が行うべき三つのことを行って来ました。この数年、私はインタネットを使って、真相資料を印刷し、真相DVDを書き込み、大法の書籍を製本し、さらに印章を篆刻し、古くなった紙幣を真相紙幣にする作業を覚えました。
これらの事は、私の歳の常人にとっては、とても不可能なことです。大法修煉の中でしか出来ない奇跡です。大法は私に真、善、忍を教えてくださり、無限の知恵を与えてくださいました。