真に「法を最優先にする」ことをやり遂げる
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文/遼寧の大法弟子

 【明慧日本2015年6月21日】私はこれから日常生活と仕事の中で、いかに利益心や私心から来る妨害を一掃し「法を最優先にする」のか、私の体験を伝え、皆さんと交流したいと思います。

 旧勢力が按排した金銭的誘惑

 数年前、私が勤めていた会社の株主の間でトラブルがあり、会社は解散寸前となってしまい、社員の皆はそれぞれ転職先を探していました。私は家で三つのことをしっかりやってから、新しい仕事を探そうと考えていました。しかし同僚がとても早く新しい仕事を紹介してくれました。その仕事の年俸は、私の今の給料より3倍も多い10数万元だったのですが、ただ休みは週1日でした。

 私が会社に面接に行く途中、ある女性が私の前に来ました。「あなたは三退のことを聞いたことがありますか」と彼女が聞いてきたので、私は無意識に「知っています」と答えました。すると彼女は「あなたはもう退きましたか」と聞いてきました。私は「退きました」と答えると、彼女は「ではご無事を祈っています」と言い、去って行きました。私も普段からいつでもどんな場所でも真相を伝えることをとても重視しているのですが、その同修は私より先に真相を伝えてくれました。それは私に「人を救うことを最優先にしなさい。お金に目が眩んではいけない」と注意を促してくれたものでした。

 その企業は私の学歴と仕事の経験をとても評価してくれました。私は社長に自らの法輪功への信念を話しました。社長は「私は法輪功の本を読んだことがあります。あなたにそのような信念があるのなら、仕事をきっとしっかり出来ると思います」と言いました。私は社長に試用期間を設けたほうが良いと提案しました。

 その面接の帰る途中、私は思いがけない事に遭いました。本来なら、そこは徒歩で10数分で家に帰れる距離でしたが、なんと道に迷って帰り道を見失い、少し遠回りしてやっと家に帰って来ました。私は、必ず利益心の妨害を一掃して、理性的にこの仕事に対処しなければならないと思いました。

 実際その会社で働いてみると、やはりその通りでした。ここでの仕事はとても非常に忙しく、夜も残業をしなければなりませんでした。私は「この旧勢力が按排した金銭的誘惑におぼれてはいけない。私には大法を実証し、人を救う充分な時間が必要だ」と思い、試用期間の4日目に、私はこの仕事を辞める決心をしました。

 その会社を辞めてから、社長は私に電話をしてきて、この4日間の給料を支払わせて欲しい、そして私の事を引き留めたいという意を表してくれましたが、私は婉曲に断りました。すると社長は「それなら、機会があれば、また連絡を下さい。いつでも歓迎します」と言いました。

 私は家で時間を調整して、三つのことをしっかり行いました。会社を辞めてから2カ月後、知り合いの1人が新しい会社を立ち上げ、私にうちの会社で技術責任者になってほしいと誘ってくれました。年俸は10数万元とのことでした。私にとって、この仕事の忙しさは丁度よく、週休二日制でもあったので、私は自然にこの仕事を引き受けました。これによって、私は仕事も人を救うことも、両方手抜かりなく、やれるようになりました。この職場では、多くの同じ専攻の大学生と出会えて、私は、1人また1人に真相を伝えました。

 「法を最優先にする」の中には「私を最優先にする」が隠されていた

 2013年の暮、会社の仕事が突然忙しくなり、土日の休みがなくなって、しかも顧客からの支払いも滞ってきました。これは異常事態でした。法を学ぶ時間は少なくなり、修煉状態はあまり良いものではありませんでした。当時、私はすでに専門資格試験に合格しており、この資格で仕事を探せば、どこの会社でも、10数万元の給料を払ってくれるはずでした。またちょうどパソコンのXPシステムの更新時期にあたり、6年間使っていたプリンターも故障をしてしまったり、大法を実証するプロジェクトに必要な幾つかのソフトフェアを習わなければならなかったり、さらに高校受験の子どもの面倒を見なければならないなどの事もあって、私は仕事を辞めて、しばらく心を静めて法を学びたいと思っていました。

 私は子供の高校受験を理由に仕事を辞め、家に戻りました。仕事を休んでいる間、私は大量に法を学びました。そのおかげで、自分が抱える修煉の問題や、パソコンの技術的な問題も次々と解決されました。また郊外で資料を配る事に多くの時間を割けるようになりました。そして心を静めて法を学ぶことによって、実は私の退職には、安逸心、静かになりたい心、自己中心な心、人に管理されたくない心、嫉妬心(仕事が大変な割に、給料は市場の相場より低い)等……が潜んでおり、私のとった行動は、無意識にこれらの人心に栄養をつけてしまったことに気がつきました。

 これらの心は「私」から来るものでした。何事も「法を最優先に」と分かっていても、「法を最優先に」の中には、実は「私を最優先に」の要素が隠されていました。この深く隠れている「私」を必ず修め、無くさなければならないと思いました。私は「仕事は自然に任して、師父の按排に従い、衆生の済度を優先にし、けっして自分勝手に自らの修煉の道を手配してはいけない」と思いました。

 師父の按排は最高なもの

 仕事を辞めて家にいる数カ月の間、会社から私に3回ほど仕事の電話がありました。最初の2回は、まだ大法を実証する仕事が終わっていなかったため、私は断りました。その後、私が上述のような執着心を見つけて「師父の按排に従い、衆生の済度を優先にする」と思った時、会社から3回目の電話がきました。その時、会社は、設計だけでも600万元もの費用がかかる大きな仕事を受注していましたが、応募者との条件が合わず、ずっと適当な人材を見付けられませんでした。会社はとても焦っている様子で私に職場に戻ってきて欲しいと言いました。私は、大法の仕事は終わっていたものの、子どもの高校受験が一カ月後に控えており迷いましたが、やはりこの仕事を引き受けることにしました。会社はとても喜び、私が心優しく、他人のために考え、会社のこの焦眉の急を解決してくれたと賞賛しました。

 こうして、私はこの会社で仕事を再開しました。この会社全体は依然として忙しかったのですが、それに対して、私の仕事はそれほど忙しくありませんでした。会社の中で私は技術総責任者を任され、職務は最終段階のチェックをしっかりすれば、それほど時間を費やしなくても良いようなものでした。結果的に、私は比較的に時間の余裕を持てるようになり、その上、私の給料は当時の相場相当に調整され、年俸は20万元に上り、以前の倍になりました。もちろん週休2日制です。子供も比較的理想の進学校に合格しました。本当に心を正しく修めれば、環境もすべて正されます。

 私の理解では、大法弟子の時間も体力もとても貴重なものです。私たちは十分な法を実証する時間を必要とするだけでなく、また物質的なものもついて行かなければなりません。実は常人の中の財産は、あなたのものであれば、無くなる事はありません。しかしけっして金銭におぼれてはいけません。何もかも、本当に「法を最優先に」し、法をすべての原点にすれば、師父は最高のものを按排して下さるのです。

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2015/5/15/309456.html)
(English: http://en.minghui.org/html/articles/2015/5/24/150729.html)
 
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