妻は本当に変わった
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 【明慧日本2015年7月28日】妻は今年50歳です。1999年に中国共産党が法輪功への迫害を始めるまで、半年ぐらい法輪功を修煉したことがあります。しかし、迫害が始まってから、妻は怖がって、法輪功の修煉をやめてしまいました。

 共産党が流す法輪功へのデマが広まるにつれ、私は北京へ陳情しに行き、そこで監禁されました。妻はそれを理解できず、大法への誤解をますます深めていきました。特に『天安門焼身自殺』事件が発生してから、妻の誤解が更に深くなり、私に殺されるのではないかと、夜寝るときもぐっすり眠れず、私を恐れるようになりました。

 それから、私は再び北京へ大法の無実を実証しに行き、不当に1年間、労働教養処分を受けました。その間、妻は1人で仕事をし、子育てをしました。妻の家族は離婚を勧めましたが、妻は離婚しませんでした。しかし、私への不満は増す一方でした。労働教養を終え、私は家に戻りましたが、会社から解雇されたので、妻は私が再び北京へ行くのを恐れ、余計なお金を一円もくれず、子供に50~60円のお菓子も買ってやれず、悲しい思いをしていました。

 生活のため、私は出稼ぎに行きました。妻は故郷で仕事をしながら子供の面倒も見て、私の身の安全も心配してくれました。その後、妻の会社でリストラがあり、妻はそれに応じ、子供を連れて私のところにやって来ました。最初来た頃は、私が集団学法に参加しに行くのを見ると、いつも怖がり、度々ひどく罵りました。その後、私は自分の家で学法グループを作りました。同修との付き合いが増え、同修たちが妻に真相を伝えることによって、妻はだんだんと真相が分かるようになり、同修たちを受け入れるようになりました。

 2012年10月のある夜、十数人の警官らが合鍵を使って私の家へ押し入り、強制的に家宅捜査をし、更に私を連行したので、妻はまたも恐怖と不安に陥りました。学法グループの同修たちは私を救助するため、妻と連絡を取り、方法を考えてくれたり、お金を出して、正義感のある弁護士と連絡を取ってくれました。また妻と一緒に国保(国内安全保衛部門)に釈放を求めたり、逮捕された事実の資料を書いて明慧に発表した同修もいました。同修たちの助けは妻の心理的な圧力を減らし、妻は不安と恐怖を乗り越えました。同修のみなさんのお陰で、私は1カ月あまりで釈放され、元の生活に戻りました。

 妻は1カ月の試練を経て、法輪功修煉者たちの良さが次第に分かり、大法と法輪功修煉者たちを認めて親近感を持つようになりました。それからの集団学法で、妻は学法に誘われれば、いつも喜んで法を勉強するようになりました。ほかの同修が連行されると、妻はいつも私と一緒に助けにいくようになりました。

 今年の6月、同修の夫が重病にかかり、見舞いに行きました。同修の夫は病気で気が沈み、自殺まで考えたという同修の夫に、妻は「そんなに沈み込まないで、心を明るく持ち、大法を固く信じて、『法輪大法は素晴らしい』をよく念じていれば、必ず助けられますよ」と教えました。

 私が真相を伝え、三退を勧める時、妻がそばにいれば、自ら三退を勧めるようになり、以前私を拒んで真相を伝えさせなかった頃とは、随分変わってきました。今は、ただ私の身の安全に注意して、理性を持って真相を伝えるようにと言ってくれます。

 最近では、同修が連行されて、幼い子供を見る人がいない時は、自ら子供を家に連れ帰って、世話をしています。子供への心づかいは、はたから見ると、他人の子供とは思えないほどの可愛がりようです。私は妻のこの変化を見て、法輪大法は、本当に他人を思いやる人に、妻を変えてくださったと実感しました。

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2015/7/24/312969.html)
 
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