「老」現象から思いついたこと
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文/中国の大法弟子

 【明慧日本2015年4月13日】私は1997年に法輪大法を修煉し始めた「老」弟子です。この「老」には2つの意味があります。一つは比較的早く法を得たという意味で、もう一つの意味は年齢が比較的に高いという事です。私もすでに70歳をずいぶん越えました。

 師父は修煉は年齢を問わないとおっしゃいました。しかしこの「老」は私の心から拭い去る事はできません。何をするにしても落ち着いて行い、歩くときはゆっくりとしていて、若々しい勢いはありませんでした。少し重いものは息子に運ばせ、普段は仕事はせず、その姿はまさに「おじいさん」でした。

 しかし街を歩いている時に、よぼよぼした老人や、私よりとても若いけれども、脳血栓にかかって、少しずつしか歩けない人を見かけると、一種の優越感が生じて、すぐ背筋をのばして大股で歩き、そのような人を少し見下していました。隣近所の人は私が法輪功を学んでいることを知っていて、みんな羨望の眼差しを送っていました。私はこれも法を実証していると思い込んでいました。しかし家に帰るとその勢いは一気になくなり、また「老」がもどってきました。

 つれあいは私と同年齢で二人とも75歳です。彼女は私より2年遅れて、法輪功の修煉をはじめました。煉功して20日あまり過ぎた時、中国共産党は法輪功に対する迫害を開始しました。もちろん彼女は私が確固たる信念で大法を修煉するのをみて自分も修煉を続けました。そして家の大きな事は私が決定し小さな事は彼女が決めました(残念ながら今まで大きな事はなかったのですが)。家事はすべて彼女がやっていました。私はいつも彼女の悟性があまりにも劣っていると見下していました。修煉体験になると彼女は何も言えず、私の意見を聞くしかありませんでした。明らかに彼女は私の能弁をとても羨ましがっていました。私は彼女の心中でとても大きな存在だったのです。

 同修が家に来る時は私が接待し、同修との会話には彼女は加われませんでした。私は次から次へと何時間も疲れも知らず話し続けました。同修が帰った後、つれあいはいつも私に「あなたは本当に話が上手ですね!」と褒め称えてくれました。

 毎回、彼女は10、15キロの買い物を背負って、6階まで登ったりすると少し息苦しそうに喘ぎました。私だったら、もっと早く登れるし、少しも喘ぐことはありません。しかしこのような小さな事については彼女は全て自分一人でしてました。

 時には私も理解できないのですが、彼女は修煉する前には、利己的で強情で、私に仏頂面を見せていました。その様子は見ている人を呼吸困難にさせる程でした。しかし現在、彼女は苦労を厭いません。嫁に対しては優しく話をし、美味しいものがあると私と息子と嫁に取ってくれました。あまりくどくど文句を言わなくなりましたし、他人を先に自分を後にするようになりました。そして彼女は一日中ずっと働いていて、三つの事もしているのに、それを済ましてからも仕事をしていました。

 ここ数年で私の顔は老けてきたようでしたが、彼女は私よりとても若くなっていました。私の若い頃ハンサムだったという自信は彼女によって崩されました。結構がっかりしましたが、気を取り直しました。私はしっかり自分に向けて探さなければいけませんでした。私とつれあいは二人とも6年間同じ学校に通っていました。私の知識は彼女よりとても多く、彼女は知らない字があると、私に聞かなければわからず、また法理がはっきりしない時も、私がどう悟っているかを聞かないといけませんでした。私は彼女にとって大きな存在であり、強大な拠り所だったのですが、気づかないうちに彼女は私を追い抜いてしまったのです。

 時には私も考えます。彼女はまるで古代の閨房(未婚の女性の部屋)から現代にタイムスリップしてきたような人であると。世間での人と人との腹の探りあいというものを一切知らず、そして陰謀詭計も知らないのです。人とは素直に接し、彼女にできる事は、ただ一つ、笑顔で人と接するという事だけでした。

 この点だけでも私は少し彼女を嫉妬しました。これはどんなに修煉しやすい事でしょう。私が苦労して修めなければならないものが、彼女には一つもありませんでした。彼女は私を追い抜いていたのです。以前私を怒らせたあれらの悪い癖は、彼女の全身の病気がなくなったように、知らないうちに無くなっていました。なるほど彼女はますます若くなり、私がかえって老けてしまうのも当然です。これはまさに「修煉は厳粛なことである」ということなのです。

 私は本当にしっかり考えないといけません。私は自分の悟性が彼女より優れていると思っていましたが、悟った理は身には付いておらず、私はその理をただ口にするだけでした。まわりの同修は私が悟った理に啓発されましたが、自分自身、数日経つと自分が何を話したか、全て忘れてしまっていて、何も悟っていなかったのに等しかったのです。

 皆の目には私が精進しているように見えたのではないでしょうか。私のこの「技巧」は皆をひどく惑わせました。私は他人がお世辞をいうのをききたがり、私に向けられる尊敬の眼差しを見たがっていました。この種の無料のプレゼントに私は興奮を抑えきれなかったのです。しかし、つれあいの黙々と修煉する姿と比較すると、私は恥ずかしく思い、穴があったら入りたくなります。

 今回こそ私は改めてしっかりと内に向けて探さないといけません。学法からしっかり行います。以前集団学法の時、私は同修が読み間違えていないかどうかに、あまりにも気をとられていて、自分の学法は上の空でした。また学法の時は自分が読む段落の長さを気にしていて、少しでも段落が長いと損をしたように感じていました。法を読む時は、いくつかの私(副元神、思想業力かも知れない)が隣でぶつぶつと言っており、私の主意識はそれらのものに翻弄されてしまいました。また他の同修から読み間違いの指摘を受けると気分を害していました。またたまに法から何かを悟ったりすると、心がうきうきして、学法が終わったら同修にその悟りをひけらかそうとしました。言葉の修飾と誇張はよい効果を収められず、私の不正な心によって同修の気分を害しました。今私は分かってきました。改めてしっかりと修めるには、まず偽りの自分をさらし、真の自分を現す。修めるのは他でもなく自分自身なのです。

 私は法を学び心を修める事から始めることにしました。師父は繰り返して私たちに法を多く学ぶようにおっしゃいました。その目的はなんでしょうか? それは他でもなく私たちがすみやかに修煉して向上できるようにするためではないでしょうか。法を学ぶと同時に法に溶け込む、修煉者の一切の行為が法に符合しているかどうかは、心にその起源があります。私は自分の主意識が責任を果たせるように、自分の心の中の全ての考えを見守るようにしました。一念が起きたらそれを掴みとり、法をもってそれをはかり、法に符合していない場合は、それがどこに根源があるか見つけました。そしてそれを根こそぎ放り出しました。

 このようなプロセスを続けることは少しずつ自らを純粋な状態にさせました。大量に法を学び、真に心を込めて法を学ぶと私は自分の心身ともに変化が発生していることを感じ取りました。顔のしみの色がうすくなり、顔色も赤みがさし、精神面にも変化がおきました。人が好きなこと、興にのって楽しそうに話したり、夢中になっていることなどを私は好まなくなりました。また名利のために争う心も淡白になりました。もちろんこの事は口でいうほど容易いことではなく、それは難関を乗り越えて、試練を経て基準に到達してから得られた状態です。突然、私は厳しく非難され、その時は心をえぐられる程つらかったのです。私は心中、相手に言い返す言葉がたくさんありましたが、口には出しませんでした。私は一塊の黒い物質が身体から落ちているのだと感じました。私は強烈な自尊心が師父により拭い去られた事を知っています。師父は経文の中で「忍とは心性を高める鍵です。怒り恨むこと、不平、涙をたたえて忍ぶことは常人が世間体に執着する忍です。まったく怒り恨むことがなく、不平に思わないことこそ修煉者の忍なのです」[1]。表面上、私は「忍」を成し遂げましたが、「怒り恨むことがなく、不平に思わない」[1]ようにはできませんでした。なぜなら相手が私のその部分に触れたからです。師父が私に修めるべき心があるのを見て、このように按排されたかもしれません。出だしが良かったので、似たような事があっても忍ぶ事ができました。しかし、修煉は千篇一律ではなく、次にどんな試練がやってくるかはわかりません。息子が人と殴り合って2万元賠償し、「利益心」を放下したこともありましたし、また数回の病業は私が師父と大法を揺るぎなく信じているか否かを試しました。他にも家族に対する情を放下できるかどうかの試練や、巨大な難を目の前にして生死を放下できるかの試練もありました。その中には、よく乗り越えたのもあれば乗り越えなかったものもありました。

 個人の次元での悟りであり、もし不適切が部分があればご指摘願います。

 注:
 [1] 李洪志師父の経文:『精進要旨』「忍とは何か」

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2015/2/12/304342.html)
 
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