夫の話に気付かせられ、真の修煉者となる
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文/中国山東省青島市の大法弟子 复一新

 【明慧日本2015年9月22日】最近、夫の言ったある言葉に気付かされました。「あなたは毎日修煉に没頭していますが、何故向上できないのか分かりますか? トラブルがあれば自分の間違いを探さず、他人の不足ばかりを気にして、内に向けて探すことが出来ていないからです」

 そうなんです! 17年間修煉してきて、何故未だによくできないのでしょう? 何故今でも他人の不足を気にするのでしょう? 長い間、家や会社、そして社会でも、何故他人の不足しか見えてこなかったのでしょう? 同修との付き合いで、気に入らない言動が見えたら心が穏やかでなくなりました。また、同修や同僚に褒められたらウキウキし、自分が誰よりも偉く、誰よりも良い人だと思っていました。これは正に旧勢力の表れではありませんか? 旧勢力の具体的な表れとして、自分を変えようとせず、他人を変えようとします。他人に非常に厳しく要求し、相手の過ちを許しません。自分の執着や問題点を覆い隠し、内心を修めずに表面だけを磨きます。私は誰よりも賢いと自分を過大評価します。

 今日、師父は夫の口を借りて私の問題点の要所を明かされました。私は認識を改め、この執着を徹底的に解体しようと決めました。今から大量に学法して内に向けて探し、自分の不足を探す習慣を身につけようと思いました。同修と比較して、更に自分の多くの不足を見つけました。例えば、強烈な顕示心や闘争心、殺生、安逸や情を求める各種の人心がありました。

 これらの人心を見つけてから常に自分の言動に注意し、特に三つのことが良く実行できているときに顕示心や歓喜心が起きないよう、自分に言い聞かせました。また、批判された時に闘争心が生じないよう気を付けて、師父の説法を常に暗唱していました。「修煉する人 自らの過ちを探し 各種の人心取り去ること多し 大なる関小なる関、落さんと思ふべからず 正しきは彼 過ちは私 何を争ふものか」[1]。来客があるときも、私は出来るだけ殺生しないよう、生きている魚介類を買わないようにしました。そして、精神的に落ち込んでいる時、学法や煉功の量を増やし、安逸心が生じないようにしました。親族が苦痛に陥ったとき、法理を持って解決し、彼らに「法輪大法は素晴らしい! 真・善・忍は素晴らしい!」と念じることや『轉法輪』を読むことを教えました。時が経つにつれて、親族は大法の事を信じるようになり、数人が煉功をし始めました。夫も私の良い変化を認め「内に向けて探すようになった」と言ってくれました。

 私たちの修煉は自分の円満成就の為だけではなく、衆生を救うことがもっと重要です。三つの事を実行する際は自分の意志ではなく、衆生の需要に応じて行動を起こすべきだと思います。また、同修を助ける時も自分の観点はさておいて、同修の実際の事情を考慮すべきです。一言で言えば、常に他人の事を優先し、大法の基準に則って内に向けて探し、自分を正し、心の奥底に潜んでいる良くないものを真に取り除くべきです。旧勢力の按排を徹底的に否定し、自分を修め、師父のお話を聞き、円満成就し師について家に帰りましょう。

 注:
 [1] 李洪師父の詩:『洪吟三』「誰が是誰が非」

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2015/9/8/314982.html)
(English: http://en.minghui.org/html/articles/2015/9/19/152592.html)
 
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