法をしっかり勉強し、正しい道を歩む
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文/遼寧の大法弟子

 【明慧日本2016年1月12日】大法の中ですでに18年間修煉してきて、何度も転びましたが、師父のご加護の下再び立ち上がることができました。今までの修煉の過程で出遭ったことと、そこからどのようにして内に向けて自分自身を探り、修煉の道を真っ直ぐ歩んで来られたのかを書き留めて、皆さんと交流したいと思います。

  1. 焦る心と利を重んじる心を取り除く

 夫には二人の兄弟がおり、夫は次男です。1998年に夫の父親が亡くなり、母は私たちと一緒に暮らし始めました。2008年、私は拘禁されて5年間の判決を下されました。そして、家族も精神的な衝撃を受け、夫は病気の体で仕事に行きながら、母の世話もしなければなりませんでした。2011年に母が脳卒中になり、トイレが不自由なうえ、日常生活の管理もできなくなりました。2013年に家に帰ってきた私は、このような状況を見てどうすればいいのか分からず、立ち往生していました。

 私は毎日朝3時40分に起床し、全世界の大法弟子と同じ時刻で煉功発正念をし、それから『轉法輪』を一講勉強します。これらを終えてから家事と母の世話をしながら時間の合間に、また法を勉強します。師父が発表された経文を順次に勉強していき、発正念の回数を増やし、さらに時間があれば『明慧週刊』を読みます。こうして1か月が経ち、そろそろ家から出て、衆生を救わなければならないと思いました。

 しかし、真相を伝えるために母の世話をしないのは大法弟子のなすことではありませんし、外に出なければ衆生を救うという大法弟子の使命を果たすこともできません。このように心が焦った状態で家事をすると、以前のような冷静な気持ちがなくなり、母に文句を言い始めました。けれども、すぐにこの状態が良くないし、外来の要素のせいにしているという考えに気づき、内に向けて自分自身を探り始めました。すると、衆生済度を焦る心と怨恨な心があることを見つけ、直ちに発正念をして取り除こうとしました。その場ですぐに効果が現れましたが、何日かするとまたぶり返して出てきます。

 ある日、私は同修と交流しながら、「5年間刑務所に拘禁されて、衆生を救う大切な時間を多く失いました。努力して法を正す進展についていきたいけれど、この状況ではどうすることもできません」と言ったところ、同修は「携帯電話を使って真相を伝えることもできますよ。ここではもう2年ほど続けてきましたし、効果もとてもよかったと聞いています」と教えてくれました。この方法だと母の世話もでき、大法弟子としてやるべきこともできると思い、すぐにこの方法を選択しました。師父の按配に感謝します。

 そして同修から専用の携帯電話を受け取った日から毎晩6時の発正念を終えてから電話をかけ始めるようになりました。真相を伝えてから家事をすることで段々と心も落ち着いてきました。

 それから、母の生活状況が良くなっていき、外で散歩をする時に機会があれば人に真相を伝えたりすることもでき、電話だけでなく、直接伝えることもできるようになりました。法輪功迫害の真相を伝えるときは、一つの事だけに絞るのではなく、全面的に話していくので、真に衆生を助けることができます。

  1. 法をしっかり勉強し、正しい道を歩む

 ある日、電話をかけていると、相手に「中国共産党の事はもう知っているので、結構です。それより、法輪功の理念について話してください」と言われましたので、法輪功の事について話しました。しかし、「そういうことを聞きたいわけではありません。どうやらあなたも法輪功の事をよく理解していないようですね」と言われました。「すみません。学法が足らず、これからもっと法を勉強していきます。すいません」と謝り、他の人に電話を掛けました。それからおよそ30分して、再び同じような質問を受けました。この携帯電話には重複する機能がないため、同じ人物であるはずがありません。二度も全く同じ質問を受けたのは、必ず何か理由があるに違いないと思いました。

 携帯電話を閉じてカバンにしまい、道端の椅子に座って内に向けて自分自身を探り始めました。一体どこが法理と逆になったのかと思っていると、ふとあることを思い出しました。何人かの同修が病気で亡くなったと同修に言われたとき、これはその同修が法理をはっきり理解していないから旧勢力に隙をつかれ、亡くなったと思いこみ、何人かの同修を連れて病に苦しんでいる同修と交流し、法の中から精進させようとしたのです。しかし、これは自分が法理を理解しておらず、他人のせいにしていたことに気づきました。携帯電話の事は師父が常人の口を利用して、私に教えてくださったのです。法を勉強しているのに、法を得ていないということにやっと気づきました。

 しっかり法を勉強することこそ正しい道を歩めるのです。以前は自分1人で家で法を勉強していましたが、その日から集団学法に参加するようになり、『轉法輪』を1講読み終えると家に帰り、師父の各地での説法を勉強します。こうすることで法理に対する新たな認識ができ、修煉の基準を心に刻み、そして、常に内に向けて自分を探すことこそが、本当に正しい道を歩むことです。

 15年間の修煉を経て、毎日軽やかな足取りでしたが、ある日突然足が激痛に襲われて、しゃがむことも座禅することもできず、普通に歩くことさえ足がいうことをきかず、よく躓(つまず)きました。内に向けて探したところ、多くの執着心を見つけたので、すぐに発正念をしてそれらを抑え、取り除き、師父にも助けを求めました。しかし、治らないどころか却って酷くなる一方で、ついに10分の座禅さえもできなくなってしまい、この状態が2カ月も続きました。

 『各地での説法四』を探しだし、その中の「二〇〇四年シカゴ法会での説法」を通読し、「もちろん、旧勢力が按排したこの全てを私たちは認めておらず、師父である私も認めていません。大法弟子も当然認めていません。(拍手) しかし、旧勢力は なんといっても、やりたいことをやりました。大法弟子は今まで以上に良く行い、衆生を救い済度する中で自らを良く修めるべきです。修煉の中で魔難に遭った ら、自分自身を修め、自分自身を見るべきです。これは旧勢力が按排した魔難を認め、それらが按排した魔難の中でいかに良く行うかのことではなく、こういう ことではありません。私たちは旧勢力そのものが現れたこと、それらが按排した全てまで否定しており、旧勢力の存在自体を認めていないのです。私たちは根本 から旧勢力の全てを否定しています。旧勢力を否定し排除する中で皆さんが行った全てこそ、威徳あるものです。それらが作った魔難の中で修煉するのではなく、それらを認めない中で自らの道を正しく歩むのであって、旧勢力そのものによってもたらされた魔難の現れを消滅することさえ認めないのです」[1]という説法に注目しました。

 この段落の説法を何度も読み直しました。足の痛みにだけ集中して探すということは、旧勢力の按配を認めていることではないでしょうか。旧勢力が按配した困難の中で内に向けて探しても、その難関を乗り越えることはできません。師父は我々に法を正す時期にあるべき修煉の道を按配され、衆生を救う中で自らを修めなければなりません。このことに気づき、修煉の基準を正すと足の痛みも消えました。

 以前は真相の電話を掛けるだけでしたが、江沢民告訴が始まってから、世間の全ての衆生にこのことを知らせなければならないと認識し、電話だけでなく、告訴についての項目の中でもシールを張ったり、真相の手紙を送ったり、真相資料を配ったりしています。告訴状の書き方が分からない同修を手伝う時は、真剣に告訴状をまとめますが、同修自身に郵送してもらっています。なぜなら、同修には同修の歩むべき修煉の道があるからです。

 師父が法を正される道のりにしっかりついていき、師父が要求されていることを行い、すべてに全力を出して衆生を救済していきましょう。法の恩恵に恵まれている自分は、とても幸運であると思います。慈悲なる師父に深く、深く感謝いたします。

 注:
 [1] 李洪志師父の経文:『各地での説法四』「二〇〇四年シカゴ法会での説法」

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2015/12/23/320701.html)
 
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