中国・内モンゴルの保安沼刑務所は房慶昌さんを迫害死
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  【明慧日本2016年7月31日】中国内モンゴルの法輪功学習者の房慶昌さんは、6月25日、保安沼刑務所の迫害により死亡した。刑務所側は遺体を家族に見せなかった。内部からの情報によると、房さんは警官と受刑者に電撃され殴打されて死に至った。

  6月26日、保安沼刑務所は「房さんが心臓病で25日の夜6時に死亡した」と家族に知らせた。家族は急いで刑務所に行った。遺体は葬儀場に置いたと言われたので、葬儀場に駆け込んだ。家族が見たのは、房さんの鼻の中に血が充満し、後頭部の下はすべて出血していた。全身を見ることが許されず、足のひざ以下しか見ることができず、家族がいくら要求しても見せてもらえなかった。家族は「なぜ血があるのですか」と聞いた時、刑務所側は「暑い時期に腹部が膨らんでくると出血する。正常な現象だ」と答えた。

  家族は弁護士と法医学者に依頼した。すべての準備ができて作業を始めようとした時、検察院が出した証明書に法律的な問題があることに気付き、法医学者は刑務所側と口論した。本人が亡くなって1カ月以上経ったが、調査するのに各方面で制限され進展できなかった。家族は死亡の原因を調査しようとすると、刑務所側は阻止しようとした。そのため3人の弁護士を顧問に依頼した。刑務所は「房さんの遺体を強制火葬して、証拠を隠滅する」と言いふらしていた。

酷刑演示:电棍电击
拷問の再現写真:スタンガンで電撃する

  房さんの迫害死に対して良心のある受刑者と警官の証言があった。情報によると、6月21日、監区長の李長江は房さんに更に多く働くように強制し、1日に2回スタンガンで房さんを電撃していた。また受刑者の李彦竜と張洪玉と包好力保に、房さんの胸部と腹部を強く打つように指示していた。暴力によって房さんの口の中から血が流れた。暴力は監視カメラの死角で2回行われた。房さんは殴打された当日に食事ができなくなり、翌日歩きにくくなって、3日目病院に運ばれたが、病院は病気ではないと診断した。4日目の夜10時過ぎ、房さんは意識不明になり、刑務所に戻され、5日目の夜6時に亡くなった。  

 今、刑務所は示談で終わらせるようにとの態度を示している。家族は真相を明らかにしなければ、法律に基づいて保安沼刑務所を告訴する方針である。 房さんは以前、どんな仕事でもこなせるたくましい体格だった。

 2014年11月7日、科右前旗公安局の謝宝音らは房さんの家に行った。そのとき房さんは用事で阿爾山市に行っていたため、警官は房さんの妻を連行し、家財を押収した。房さんの妻は耐えられず、夫の行方を話した。警官は数百キロ以外離れた場所に駆け込み、房さんを連行して地元に連れ戻した。その後、法輪功学習者の宗廷選さんと趙暁栄さん、叢蘭傑さんおよび胡延磊さんも連行された。房さんと宗廷選さんは刑務所で酷い迫害を受けた。房さんは刑具のベッドで7日間連続して苦しめられ、良心のある警官さえ見ていられなかった。

  昨年10月15日、房さんと宗廷選さん、趙暁栄さん、叢蘭傑さんおよび胡延磊さんに対しての不当裁判が行われた。房さんと宗廷選さんはそれぞれ4年と6年の判決を下され、趙暁栄さんと叢蘭傑さんと胡延磊さんは3年の判決を言い渡された。房さんは昨年12月に保安沼刑務所に拘禁された。 

  昨年4月25日、房さんの妻は刑務所へ面会に行ったところ、警官に呼ばれて「房さんに刑務所内で煉功しないように、法輪功を学ぶのを放棄するように勧めなさい。早く転向すれば早く家に帰れる。さもなければ」などと房さんの妻に要求した。「夫は煉功しなければならないのです。煉功しないと身体の調子がさらに悪くなります。ましてここは条件がよくありません」と房さんの妻は答えた。この話を聞いた警官は怒りを感じた。房さんの妻が面会の時に見た光景は、背中が曲がって骨と皮ばかりに痩せこけた夫が警官に密着されているように監視されていた。自分の側にも警官が立っていた。房さんの妻が夫を励ました時、房さんは「私は真・善・忍を守り、罪はない。私は悪い事をしていない。彼らが罪を犯しているのだ」と言った。そばの警官は直ちに「まだしゃべるなら、面会をキャンセルする」と制止した。

 それから2カ月後、房さんは亡くなった。

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2016/7/22/331710.html )
 
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