もう、困惑しない
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 【明慧日本2016年7月27日】私は外資系企業に勤めている35歳の修煉者です。姑と夫は1997年に法輪大法の修煉を始めましたが、私は2007年に修煉を始めました。

 夫と知り合った2003年から、私に法輪大法は濡れ衣を着せられていると伝え、私の共産党への入党を阻止しました。当時の私にとって入党は大した問題ではなかったので、彼の意見に従い入党しなかったのですが、なぜ止められたのかは当時よく理解できませんでした。

 私が大学を卒業した2004年に、夫は一冊の『轉法輪』を私に渡し、五式の功法を教え、困難に遭遇したり、体に不調があれば『法輪大法は素晴らしい! 真善忍は素晴らしい!』と念じるようにと言いましたが、私は最初から、本を読むたびに眠くなり、本を手に取るや否や眠くてたまらず、結局、半年以上本を読んでいても、何を言われているのかよく分かりませんでした。

 2005年の勤務期間中に、パソコン画面からあるニュースが突然目に飛び込みました。その大体の内容は「韓国のある寺院で不思議な花が咲きました。佛教の経典によると、その花は3000年に一度咲きますが、花が咲く際、転輪聖王が世に下って法を伝える……」というものでした。それを見た瞬間、私は身震いをしました! 転輪聖王? まさか法輪大法の創始者のことでしょうか? 数分後に、そのニュースはパソコン画面から消えましたが、私は確かに自分の目でそのニュースを見たのです。

 留学経験のある同僚から私は次のようなことを聞きました。彼女が日本語学校に留学したとき、学校の校長先生は中国人でした。当時の私の認識では、中国人が日本で事業を展開するのは簡単なことではありません。私は「そんなに優秀な人なら、なぜ国内で事業を展開しないのですか?」と聞きました。彼女は「彼は本国に戻れないのです。1989年の学生運動に参加した後に日本に逃亡したので、戻れば逮捕されるかもしれません!」と答えました。上記の2件の出来事は最も印象深く私の記憶に残りました。

 2006年の夏、夫(当時は彼氏)と離れ離れになっていた私は自分の仕事を辞めて、彼の住む都市に移り住んで、新たな仕事に就きました。

 新しい都市に来てから、夫の母(現在の姑)と接する機会が増えました。姑は修煉後の多くの出来事を話してくれ、修煉をして10年あまり、薬を飲んだことがないと言いました。その後、彼女を通じて多くの同修に出会いましたが、みんな優しくて、大法を修煉してから薬を飲んだことがないと言いました

 これは私にとって大きな驚きでした。彼女たちの歳を考えると、まさに病気を患う時期でした。しかし、だれも薬を飲まずに健康を保っていて、薬を飲んでいる人よりも元気だったのです。

 ほかの同修からも様々な不思議な体験を聞かされましたが、自ら体験したことではないので、半信半疑の段階でした。ある日、姑から早朝の煉功に誘われ、私は即座に応じました。

 当時、姑、夫、夫の姉と私、4人で一緒に煉功しました。二式目の功法を煉る最中に、私は突然眩暈、嘔吐、呼吸困難、冷や汗などの症状を感じ、トイレに急ぎました。黒い宿便のようなものを出してから、症状が改善しました。姑も煉功を始めた当初、似たようなことを経験したそうです。

 同じ状況を自ら経験した私は、涙を流し「なぜ姑の話を信じようとしなかったのだろう。これは本当だ。私も経験した!」と思いました。

 その時から、私は体のあちこちにあるものが時々移動しているように感じ始めました。そして、煉功中に、師父が『轉法輪』の中でおっしゃっている不思議なことも経験しました。

 ある日、座禅中に私は突然「人間は苦 神は楽 大法と通り過ぎてはならぬ」と念じました。自分もびっくりしたのですが、詩人でない私がなぜ突然こんなに韻を含む言葉を言えたのでしょうか? 不思議ではありませんか? 

 小さい頃から気管を患っていた私は毎年風邪が流行る時期には発症していましたが、法輪功を修煉してから9年間、一切の薬を飲まなくなりました。

 小さい頃の私は他人の目には非常に良い子供と見られていました。謙虚に見られていた私は実際は、名利心が非常に強く、何ごとにおいても一番になりたくて、自分より優秀な人がいれば妬み、虚栄心や嫉妬心が非常に強かったのです。特に嫉妬心が働くとき、息が詰まり、自分の観念や意に符合しないことがあれば怒り、時には胸の痛みまで感じました。これではいけないと思いつつ、その時になれば自分を制御できなくなりました。『轉法輪』を学んでから、これらの良くない考えの由来と制御法が分かり、徐々に自分をコントロールできるようになりました。再び同じことに遭遇しても、違う観点に立ち、うまく対処できるようになりました。

 もう、これ以上は迷わず、波に流されたりしません! 徐々に、自分は数年前からこの大法を探し求めていたことに気づきました。

 小さい頃、問題の処理の方法が分からなかった私は、母からの影響をつよく受けました。母は私にいかにずる賢くなるか、いかに自分自身と自分の利益を守るかを教えてくれました。しかし、彼女の教えの一部には賛同できませんでした。母は私が純真すぎると言いましたが、私は智慧のある高徳な人から物事の正しい対処方法を教えてほしいと願っていました。数年後、『轉法輪』の法理が分かった時、師父がまさに私は探していた「高徳な人」だと気づきました。

 人々は、名利に淡泊になり、欲をなくし、忍耐強くなるようにと自分自身を励ましていますが、実際、そのように実行できた人が何人いるでしょうか? なぜできないのでしょうか? 世に伝えられてきたこれらの言葉は、もはやトラブルに遭遇する人々の助けにはならず、人々もこれらの言葉に対してさらに高い理解を持つこともできなくなっています。すなわち、釈迦牟尼のいう末劫の時期に入った今、歴史上に残されたわずかな道徳基準はすでに複雑な社会の中で、人々の行動の指針にはならず、人々は道徳的な基準を失いました。

 混乱し複雑になった今の社会において、人々には支えとする堅い信仰がありません。ここでいう信仰とはいわゆる精神的なよりどころではなく、もっと高い科学的で世界や宇宙を探求するもっと良い方法で、まぎれもなく物質的存在です。それは決してぼんやりとした精神的な哲学ではなく、人類がどこから来て、どこに行くのかという究極の問題、及び宇宙の万事万物をはっきりと説明できる最高の科学です。修煉を経験したことのない人は体得できないでしょう。

 学法や煉功を重ねていくうちに、私はますます大法の博大さを実感し、子供の頃の瞬間瞬間の観念の由来が分かりました。中国共産党の嘘偽りに騙されなければ、中国共産党による迫害がなければ、私は随分前から大法の修煉を始めることができて、もっと早く良い人になるように努めることができたはずです。

 迫害がなければ、もっと多くの中国人が法輪大法を修煉し、病気や精神的苦痛から解放され、もっと幸せに暮らしているはずです。中国の多くの社会問題も道徳基準の回復によって自然に解決されます。「真・善・忍」を持って自分を律する人が賄賂を受け取り汚職をするでしょうか? 自分の利益のために他人に害を与えるでしょうか? 有毒な食品をつくるでしょうか? 医者や公務員は公務を怠たるでしょうか?

 皆さんは完全に中国共産党の嘘偽りに騙されています。法輪大法はもっとも正しく、人々の本性が探し求めているものです。「焼身自殺」や「反中勢力」、または「政治に参与する」などはすべてが嘘偽りです。どうか偏見や先入観を捨てて『轉法輪』を読んで法輪大法をお知りになって下さい。そこには人々を善へと導き、歴史上または今の世の中で見つけることができない人生の真理が書かれています。

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2016/7/18/331473.html)
 
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