副元神を利用した旧勢力の按排を取り除く(一)
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文/中国の大法弟子 清宇

 【明慧日本2016817日】私の文章の中で語った認識は、みな個人の大法修煉と法の勉強の中で悟ったもの、見えたものなので、次元に限りがあり、個人の認識に過ぎず、認識が必ずしも正しいとは限らないので、みなさんは法を以って師としてください。宇宙の無限な真機(訳注:奥深い玄妙な理)は、みな大法の中にあります。

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 序言 

 なぜ副元神の中にある旧勢力の按排をきれいにするのか

 大法弟子として、多くの困難を乗り越え、円満の最後の道に悔いを残したくありません。しかし、多くのとき私たちの良い願望は、いつもさまざまな複雑な要素に伴われ、妨害され、意のままになりませんでした。そして、これらの複雑な要素の中に最も隠され、気づき難いものは、副元神からの妨害の要素です。

 師父は『大圓満法』の中で功法の特徴を紹介なさるとき、「千万年来、常人の中で伝え出された他の功法は皆副意識を修めるもので、修煉者の肉体と主意識はただ媒体の作用をするだけである。 圓満の時、副意識は修めて上がって、彼は功を持って行くが、修煉者の主意識と本体は何も持つことはなく、一生修煉しても今までの功が水の泡になる」とおっしゃいました。

 師父は『オーストラリア法会での説法』の中で「この大法はあなたの主意識を修煉させるためのものであり、他でもなく、あなたに与えるものです。皆さんははっきりと分かった上で自分で修煉しなければなりません」と強調なさいました。主元神と副元神の関係について、師父は『転法輪』の中で「もちろん、主元神が功を得れば、副元神も功を得ます。なぜでしょうか? あなたの身体のあらゆる信息や、あらゆる霊体、あなたの細胞がみな功を伸ばすのですから、当然彼も功を伸ばします。しかしいつになっても、彼はあなたより高くなることはなく、あなたが主で、彼は護法の役割を果たすだけです」とおっしゃいました。

 師父は、私たちに法をはっきりとお教えになりました。私たちは歴史上のすべての修煉は、みな副元神を修めるためだと分かるようになりました。今回、歴史上にない法を正す修煉の中で、師父は法輪大法のものを主元神にお与えになりました。

 師父の説法が非常に明瞭である状況の下で、副元神はまだ主元神と肉身を媒体として修煉しています。師父のご説法は、副元神が拝聴していますが、師父のご要求に従っていません。一部の副元神は主元神の修煉を妨害し、迫害し続け、さらに他の大法弟子の妨害と迫害にも参加しています。私は一部の状況がすでに深刻だと見えました。

 私はこの数年の中で見えた副元神の出所、副元神が主元神を迫害している状況、また自分の現在の状態の中で悟った法理を書き出し、皆さんに参考にしてもらえるように、これを提供します。

 真の自分と副元神の出所

 今回の法を正す中で、師父は法輪大法のすべてを主元神にお与えになりました。師父は弟子の出所をご存じで、弟子を大切になさり、幾重もの障害を突破できるようになさり、天機を明示なさり、弟子たちに自分の出所と使命が分かるように導かれました。

 私たちの言葉で言い表せず、自分の最大な認知を尽くしてもまだ分からず、全てを含んで、全てを越えた本源のところで、創世主は、一念で数えきれない大穹と佛、道、神を生成なさいました。覚者らは、各自の境界の中で異なる法理を実証し、悟り、異なる世界を創始しました。これらの世界にある神、佛は、また自分の次元で異なる法理を実証し、悟り、天地の万物を創始しました。幾重もの層がこのようでした。これは宇宙の根本の特性である真・善・忍が、異なる次元で異なる法を派生した具体的な現しでした。しかし、如何なる天体、宇宙、個々の世界に関わらず、創始のとき、その標準、智慧、能力には不足がありました。ですから、宇宙の根本の特性である真・善・忍以外、如何なる派生してきた生命、物質と特性は、みな疲労が生じました。高次元で見ると、これらの大穹、天体、宇宙は、長い歳月を経て壊滅的な劫難に直面しました。これらの大覚者は、自分の大穹体系にある数えきれない衆生を救うために、険悪で危険な下界に下り、大穹を救おうとしました。

 創世主は、蒼穹の頂上にいらっしゃり、幾重の大穹、天体、宇宙が真・善・忍という根本の特性を離れ、壊滅的な劫難に直面している中で、一部の覚者が、慈悲を持って数えきれない衆生と大穹を救おうとしているのをご覧になりました。創世主は、誰も大穹の危難を救えず、自らお下りになり、根本から全てを救い、神々を新たに作らなければならないことをご存じです。創世主は、この慈悲な一念で真身自ら下られ、異なる次元をお過ぎになり、異なるご形象と呼び方をお持ちになり、宏大な慈悲、威徳と法力のすべてを兼ね備えておられます。

 異なる次元にある覚者らは、創世主が覚者の前で説法していらっしゃるとき、覚者らは創世主に対して堅い信念を持ち、創世主の前で神の誓約にサインし、創世主について自身にある神の光の輪を卸し、一緒に世に下り、法を正し、衆生を救い済度することを願いました。覚者らは真身で下へ下り、一層一層の次元にみな異なる形象と呼び方がありました。異なる次元でこれらの覚者の選択は、下へ下る勇気がない神、佛を驚かせました。下る勇気がない神、佛は、これらの覚者が険悪で危険な下界に行ったら中に沈んで、永遠に帰って来られないことを断定しました。下る途中、このような震憾が発生し続けました。

 大穹の上層にある一部の生命には、宇宙が直面しているこの劫難が見えました。自救の一念から、周密に一つのシステムを按排し、大穹の危難を救おうとしました。このシステムの働きの特徴は、一部を滅せば他の一部を保留でき、上昇の規則は一部を置換、代替することです。旧勢力の言葉で言えば、更新と呼びます。しかし、本来ある宇宙の特性の制約によって成、住、壊、滅の規律は避けられず、旧勢力には大穹を救えず、最終的にすべての按排が、みな成し遂げられません。創世主は、彼らを旧勢力とお呼びになりました。

 創世主は、覚者らを連れて大穹の中層以下に下りてこられるとき、旧勢力が見えました。旧勢力は創世主が皆と違うことが分かり、創世主とこれらの覚者を借りて、自分の按排を成し遂げられると考えました。創世主は、旧勢力の参加が法を正すことに難度を増し、さらに複雑になることをご覧になりました。しかし、すべての生命を救い済度し、数えきれない大穹の円融不滅を確保し、さらなる遠い大穹から縁を結びに来た生命が、機縁の結びを間違わないようにするために、創世主はこれを逆手にとり、旧勢力の按排をお受けになりました。

 しかし、旧勢力の一歩一歩の按排があまりにも険悪です。旧勢力は下へ下る一人一人の覚者に一つのシステムを按排し、覚者の修煉を左右し、副元神だけでは、一つ或いはいくつかの、また、さらに十数もの副元神を按排しました。これらの副元神は、三界に入らず、三界の範囲内におり、表層粒子より小さくて異なる粒子層にいます。これらの副元神は、世間に下りてきた覚者を媒体とし、本来の修煉方式に従って自分を修煉し、最後のとき主元神を代替し、自分たちが成就することこそが副元神の職責なのです職責を担っています。

 旧勢力の按排に従えば、全てがほんとうに壊滅されるのです。真身で世間に下りてきた覚者は、大法が伝わってから大法弟子の主元神になりました。修めたものは副元神であれば、副元神は修めて上がり、下りてきた覚者は、まだ人間の中にあります。当初、下りてきた覚者に無限な希望を持っている数えきれない大穹、天体、宇宙が、みな亡くなります。それは蒼穹の真の劫難で、極めて恐ろしいことです!

 歴史は今まで歩んで来て、大法が広く伝わりました。師父は苦難を嘗め尽くされ、妨害を突破なさり、天機を掲示なさり、大法を主元神にお伝えになりました。

 師父は『洪吟三』の「呼び覚ます」の中で、「真の自分は誰で、なぜ此処に来たか」とおっしゃいました。私は真の自分が大法弟子の主元神で、各自の蒼穹の劫難を救いたい覚者だと思いました。

 しかし、副元神の由来は、旧勢力の按排以外に下りてきた覚者自身の按排もありました。一部の副元神は、覚者が世に下りる過程で異なる次元を経過するとき、覚者に法を守護し、円満後、自分の本来の世界に戻ることを申請しました。一部の副元神は本々覚者の高次元にある法の守護者で、覚者の前で誓約を下し、自分の命で覚者の安全を守り、覚者は自分の一部の能力と法器を護法に与え、守護者は円満後覚者に付いて家に戻ります。一部の副元神は、高次元天体を代表し、大法に縁を結びに来ました。副元神はみな正の生命で、下ってくる途中、一部の法の守護者が旧勢力に騙され、或いは脅迫され、旧勢力の按排を受け、覚者を迫害することにしました。

 本文の続きの文章の中で私が見えたのは、一部の同修の副元神が主元神を迫害したことです。天体の大穹は極めて広く、厖大かつ複雑です。私は見えたものは、私の次元で現れた局部のもので、全部は見えません。書き出したものは、同修の注意を喚起し、そして参考にしてもらうためです。

 副元神が現れた手がかり

 ある日、私は師父の説法を拝読しました。師父の『各地での説法七』「二〇〇六年カナダ法会での説法」の中でおっしゃった「昔、修煉、修煉と口にしていましたが、誰もが成就しませんでした。天上に上ると言いますが、誰もが上ることができませんでした。ご存知のように、副元神が います。人間を担体として修煉する副元神の中に天上に上ったものがいます。なぜなら、人間を担体にすれば、副元神は人間の外見と形象を持つようになるからです。ですから、以前の修煉方式の中に誰それが天に昇ったと見た人がいて、亡くなったとき天に昇ったのだと言っています。しかし、天に昇ったのはその人の 主元神ではなく、本当のその人ではありません。ですから、これまで三界に来た生命の誰もが戻っておらず、戻ったのはすべて副元神でした。しかし、副元神は 主体がどうなるのかをまったく重視していません。いかなる神も今まで、人間を重視したことはありません」。

 この一段の法を拝読しているとき、私は「重視していません」というお言葉を繰り返して悟り、身体にひっきりなしに冷たさが通してくるのを感じました。私はこの数年、副元神が現れてきたいくつかの手がかりを思い出し、自分に「あなたは副元神がずっと破壊活動をしているのを知っていますか? あなたは副元神が魔難を作っているのを知っていますか? あなたは副元神があなたに苦しみを嘗めさせ、魔難を受けさせ、修煉を無駄にさせ、その後、彼らが果位を得るのを知っていますか?」と聞きました。

 修煉してから、私は世間の中で巨大な圧力に耐えているとき、胸をえぐられるようにとても辛いとき、ある生命が私の頭の上でとても喜んで笑っているのを突然感じました。私は魔難に遇い、散々なていたらくで、しかたなしに空を仰ぎ見ているとき、ある生命は何事も無かったように冷ややかな目で傍観し、私がどのように終わるのかを見ていると感じました。私は真相資料を配っているとき、危険に遇ってとっさに走り出してしばらく胸がどきどきし、足が引き攣っているとき、ある生命は情がなく、私を嘲笑しているのを感じました。私が師父の説法ビデオを拝見しているとき、ある生命が私より一心不乱に見ているのを数回感じました。ある日、私はビデオを開くと、その生命は真面目に座り、私が「とても真面目ですね」と言うと、その生命は面倒くさそうなそぶりをして、手を振って「邪魔しないで」と言いました。

 長年の間、私は偶にこの生命を感じ、彼が誰かを知りたくても、知ることができませんでした。私は同修と交流するとき、「私が世間の中で苦しみに耐えているとき、ある生命が笑っているのを感じました。彼は私の世界の生命ですか?」と聞きました。同修は「そうではなくて、あなたの世界の衆生は、あなたが彼らのために耐え、苦をいっぱい嘗めているのを見て、泣くはずです。どうして笑うでしょうか?」と答えました。

 5年前のある日、私は無意識にこの生命の目が私の考え、念頭を注視しているのが見えました。お互いの目が向かい合うと、副元神は大いに驚いて、迅速に隠れて去りました。私はこの生命が半日、悔やんだのを感じました。副元神は悔やみながら、慌ただしくたくさんのものを持ってきて、私を間隔し、見えなくなるようにしました。当時、私はあまり多く考えず、ただ自分を責め、副元神の生命に面倒をもたらしたと思いました。今、振り返って細かく見ると、副元神の眉と目は私ととても似ていて、ただ目つきが非常に冷ややかでした。副元神は私をすべて見透かしていましたが、私はその生命が副元神だと知りませんでした。私は「重視していません」というお言葉の内涵を深く悟りました。副元神はつまりあなたを利用して、またあなたを見くびります!

 私は迫害開始のその数年を思い出しました。ある日、私は会社に呼ばれ、リーダー室で、話を始める瞬間に、「この部屋はこんなに汚れているので出て行きます」と、一念が打ち込まれました。私は古代服を着ている自分が飛び出したのが見え、「私はなんで去ったのでしょうか?」と得心がいきませんでした。

 師父は『法輪功』の中で私たちにどのように主元神、副元神を区別するかをお教えになり、「もし坐禅の途中で目を開け正面を見たとき、向かいにもう一人の自分がいたとすれば、それはほかでもなくあなたの副意識です。とこ ろが、北に向かって坐禅をしているのに、突然自分が北にいるのに気づいたとします。どうして出てきたのだろうか、と不思議に思うでしょうが、それは本当の あなたが出てきたのであって、そこに坐っているのはあなたの肉体と副意識です。これは区別できることです」とおっしゃいました。

 私は分かるようになりました。いくつか肝心要(かなめ)なときにこの副元神は、護法を果たさず、「あなたの事は私と関係がありません。私は参与していません。あなたは世間の中で死んだら、私は離れて行きます」と考えているのです。

 ある日、私は翌日、農村へ資料を配りに行くことを、同修と約束しました。結局、当日自転車に子供を載せて乗るとき、自転車は私の制御を受けず、歩道へ突き進みました。私は降りて、足が着地した瞬間、痛くてどうしようもありませんでした。私は合点がいかず、この自転車はどうして使いにくくなったのでしょうか? 翌日、私は農村へ資料を配ることを堅持しました。今、私はこれは副元神の妨害であると、はっきり分かるようになりました。彼はこの身体を制御でき、彼は法を勉強したくて、田舎に行きたがらなかったのです。

 今思い出すと、私が経験したことの中で、どれが副元神の妨害だと分かるようになりました。この密かに隠れていて傲慢で身の程の知らない副元神は、師父のお話しを聴かず、主元神を保護せず、逆に主元神を迫害し、さらにその後、私への迫害に加担し、最終的には副元神は形神を全滅させられました。

 (続く)

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2016/8/4/332385.html)
 
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