文/カナダの大法弟子
【明慧日本2016年8月17日】尊敬する師父、こんにちは。同修の皆さん、こんにちは、
私は29歳です。修煉を始めて20年経ちました。2014年6月、モントリオールに来て、新しい環境の中で修煉を始めました。今日、海外での2年間の修煉体験を皆様と分かち合い、「いつでも何事にも修煉を忘れない」という体得をお話ししたいと思います。
常に心を修める
以前仕事の中で、いつも「言い訳をしない、不平不満を言わない」と好んで言いました。人が不平不満を言う時、いつも「不平をこぼさないで。言えば言うほど運が悪くなりますよ」とその人に注意をしました。自分には怨む心があまりないと思っていましたが、実際は全くそうではありませんでした。
ある日、パレードをした時、ある年配の同修の後ろにいました。その同修は行進が遅く、私の列まで下がってきました。私は、「こんなに遅いのなら、パレードに参加しなければいいのに。私にまで迷惑をかけて、後ろの列の人は私のことをどう思うだろう?」と心の中で不平をこぼしました。こう思うと、この同修はステップまで乱れました。その影響で、私のステップも乱れ、歩き方がおかしくなり、さらに緊張して、楽器も吹けなくなり、心の中ではとても不満でした。パレードが終わった後、楽団の責任者に文句を言いました。
二番目の姉のことも怨んでいました。中国国内にいた頃、両親が不当に連行され、二番目の姉と兄は私を5年間も引き取ってくれました。しかし、姉に恩を感じるどころか、かえって気に入らない気持ちを抱いており、本当に常人にも及ばないと思いました。なぜか、姉の普通の行動も、私から見れば、天が定めた戒律を犯したかのように許しがたく、どう見ても目障りでした。時々、姉が私に不平不満を言うと、「それはあなたの怨む心だ」と指摘しながら、自分のほうから、姉がぶつぶつ言うのを怨んでいました。姉から、「それこそあなたの怨む心ではないか」と言われました。姉の怨みは偶然ではありません。師父は私に、怨む心に気づかせ、それを取り除くために按排されたと悟りました。師父は、「もしこの事があなたと絶対に関係なく、あなたに取り除くべき心を持っていなければ、この事があなたの周囲に発生することはめったにありません」[1]と説かれていたからです。それを意識した後に、怨む心を取り除こうとしました。まずは、口を閉じることから始めました。何を見ても、何を言われても、それが正しいか否かは関係なく、とにかく黙って言わないようにしました。最初の頃は本当に辛くて、五臓六腑が痛むのではないかと思うほど我慢しました。その後、師父は、私の決意と行動を見て、怨みの物質の一部を取り除いてくださいました。私はずいぶん楽になり、他人のことを何も感じなくなり、人を責めることもなくなりました。
師父は「問題に遭ったら、必ず内に向けて探してください。先ほど既に話しましたが、他の人があなたに悪い事をしたのではなく、あなたに良くないところがあるからです。例えば、一つの天体は全体的に非常に順調ですが、あなたに良くないところがあり、あなたのところにこじれた問題があるから、あなたは他の人とぶつかったのです。自分の原因を探し、問題を改めれば、こじれが消え、全てが順調になり、周りの人もあなたと和むようになります」[2]とおっしゃいました。
今年3月、オタワのパレードに参加した時、また、あの年配の同修の後ろに並びました。心の中に少し葛藤がありました。しかし、改めて考えれば、同修は結構な歳だし、寒い中、演奏をしながら、パレードに参加するのは、どれだけの正念を持てば、やり遂げることができるだろうと思いました。若い自分でも大変なのに、年配の同修に文句を言える立場ではないと思いました。自分は修煉して20年も経ったのに、どうして少しの慈悲もないのだろうかと思いました。こう思えば、怨む心は跡形もなくなりました。怨む心はなくなっても、関門は依然として越えなければなりません。最初は、年配の同修は相変わらず行進が遅く、私は小さい声で彼に、もう少しスピードを上げてくださいと注意しました。数曲が終わると、同修はまたステップを間違えてしまいました。私はできるだけ後ろの同修に影響を与えないように、自分のステップをリズムに合わせ、年配の同修に文句を一つも言わないことにしました。しかし、私が本当に少しも怨む心を持たなくなった時に、あの年配の同修はみずからステップに注意しながら、スピードを上げ、最後は、リズムに合わせるようになり、行進にもついて行きました。一方、心性が高まった私は、いつもより上手に楽器が吹けるようになり、しかも全く疲れを感じなくなりました。
万事に心を込めて取り込む
2015年の年末に、電話チームの協調人は、当チームのプロジェクトを地元の同修に広げようとして、私に技術支援をやってほしいと頼んできました。私は二つ返事で引き受けました。師父は何度も「心を込める」との法を説かれたので、私は約束したことを必ずやり遂げようと思いました、私は電話チームから八つのプロジェクトを選出して、それぞれのプロジェクトをどうすればよいか、何が必要なのか、資金はいるかどうか、良さは何か、どこにアカウントを申請すればよいか、技術責任者はだれかを整理して、明確にしました。それから、自分が担当できるプロジェクトに申し込んで、実際に作業をして、問題があるかどうかを確かめました。こうして、1カ月を経て、私はこの八つのプロジェクトをすべて把握し、協調人に電話をして、用意ができたと伝えました。
初めてプロジェクトを紹介した時、私は、時間がいかに緊迫しており、大法弟子の事をしなければならず、このプロジェクトは簡単で、やり易い、云々・・・と話しました。言外の意味は、みなさんが遅れないように精進しましょうということでした。紹介を聞いた6、7人が興味があると言ってくれたので、まずまずの結果だと思いました。次の日、協調人に電話をして、自分の説明はどうだったかと聞きました。協調人は、「とても良い気分ではなかった。あなたの話の中には、他人が真相を伝えたくないようなニュアンスがあり、このプログラムに参加してほしいと煽っている」と言いました。私は納得せず、「あなたも以前プロジェクトを紹介したことがあるが、参加する人はあまりいなかったではないか、私が昨日紹介したら、6、7人参加したいと表明している。結果でものを言わなければならないのではないか」と反論しました。協調人は黙って何も言わず、予定通り、来週も紹介しょうと言いました。電話を切ってから、私は以前の思考回路で、「何をしても、結果が一番重要ではないか。数字で物事を言わなければならない。結果がでなければ、意味がない。協調人は私の喋り方がまずいと言ったから、今度、喋り方を注意しよう」と思いました。次の週、私は同じ内容を再度紹介しました。今度は喋り方を穏やかにしましたが、やはり怨む気持ちが多少入っていました。私の心の中で、いろんなプロジェクトがあるのに、みんなはあまり参加していない。今、新たに八つのプロジェクトを用意して、自動音声から、RTC放送、あるいはWeChat送信などがあるのに、どうして早く私に連絡しないのか。何もしなければ、どうやって師父について帰れるだろうと考えていました。2回の紹介で、合わせて十数人の同修がやりたいと表明してくれました。しかし、やりたいと手を挙げた多くの人は結局私と連絡を取らず、数人の同修は数回試したあと、挫折してしまいました。
ある日、1人の同修と交流したとき、彼は、「どのプロジェクトもそう簡単ではありません。この放送は喋らなくて、ただ座って発正念をすればいいと、簡単そうに見えても、何人かの同修は数回やって、つまらない、或いは効果が薄いと感じて、諦めてしまったのです」と言いました。私はまた電話チームの協調人と連絡して、「なぜ、みんなが積極的に参加したがらないか、或いは2、3回参加してやめてしまったのか」と聞くと、同修は、「あなたは脅したり、煽ったりしてみんなをプロジェクトに参加させてはいけません。彼らが心からやろうとしていないからです。たとえ、その場で感情的になって参加したとしても、良い効果に至らないし、続けられません。同修たちが旧勢力によって隔たりができているのを見て、あなたは慈悲の気持ちで相手を助けなければなりません。慈悲の心を持って交流して、はじめて相手の佛性を啓発できるのです。そうすれば、はじめて効果があって、続けられるのではないでしょうか」と言いました。私は、数日前に明慧に掲載された文章を思い出しました。「海に嵐が発生して、天地を覆い隠すように非常に激しい嵐でした。しかし、その破壊力は、表面上では、それほど激しくない地震に全然及ばない」という内容でした。私のプロジェクトもそうでした。表面では、十分な根拠があって、話す時も激情に溢れて、一部の同修の心を動かしました。しかし、それは嵐のように、一時的なものに過ぎませんでした。自分には慈悲心がないため、話が同修の心の深くまで届きませんでした。人を感動させるのは法であって、その法は、またその人の心性の次元を表しています。一方、人心を取り除かなければ、慈悲心が生まれません。人心を取り除いて、はじめて慈悲心が生まれ、初めて真相を伝えるプロジェクトをやり遂げることができるのだと悟りました。
これらの問題を認識してから、私はできるだけ自分の怨む心を抑え、法を持って人を脅したり、人に要求したりしないように、やりたい同修がいれば、私は技術支援をしっかりするようにしました。旧勢力の妨害があるため、技術支援も私の想像以上に難しかったのです。ある西洋人同修に自動音声のソフトを取り付けましたが、多くの曲折を経て、2週間もかかって、彼女はようやく操作できるようになりました。しかし、当日の夜に、彼女のパソコンは壊れました。私は同修と交流して、「これは旧勢力の妨害で、真相を伝えることを阻止しようとしている」と話しました。彼女に、それでもやりたいですかと聞くと、彼女はとても強い意志で、「やりたい」と答えました。その後、妨害も少なくなりました。今、彼女はフランスに戻り、毎日自動音声のソフトを使って中国の人々に真相を伝えています。
もう一人の西洋人同修にも自動音声ソフトウェアを取り付けました。2週間を使いましたが、その後、どうしても動かなくなりました。私よりもっと技術の詳しい同修に頼んでも、解決できませんでした。私は同修に、「旧勢力はあなたにこのプロジェクトに参加させたくないので、妨害がすごいのです。あなたはどうしますか、続けますか」と聞きました。彼は、「必ずやりたいのです、必要なことがあれば、なんでも言ってください」と言いました。私が再度ソフトを取り付けると、その後正常になりました。普通ですと、この音声ソフトを取り付けるには、十数分あれば完成できるはずですが、この2人のパソコンはいずれもアップルで、バーチャルマシンを設置する必要がありました。数時間かかるのが普通です。その過程で、焦り、苛立ち、メンツを重んじる心が次から次へと出てきて、その上、ひっきりなしに、「彼のパソコンはこのプロジェクトに参加できないと、彼に言いなさい、諦めさせなさい」という声も聞こえました。この時、「この問題を解決してあげなければ、彼らはこのプロジェクトを諦めるしかないではないか、少しでも望みがあればやり遂げよう」と思いました。それと同時に、私は発正念をして妨害を一掃し、さらに、同修と交流して、ぜひともこのプロジェクトに参加して欲しいと話しました。私が本当に心を込めてやった時、アイデアが閃き、試してみると、うまく行きました。実は、師父は私が本当に心を込めてやっているのを見て、私に知恵を与えてくださったのです。
技術支援の仕事をしている間に、多くの人心を修めて放下しました。時には、多くの時間と体力を費やして、一つの問題を解決しました。しかし、同修が帰ってもやはりパソコンを使えない場合がありました。ある同修は感謝するどころか、私を白い目で見て、技術はだめではないかと思ったようです。また一度、ある同修に簡単に自動的にメールを送るソフトのメンテナンスをやった時、同修に、たまにはロックされたアカウントを見て、登録しなければならないと言いました。同修はとても不機嫌そうに、「そんな時間はない」と言いました。この時、「もし私がきつい言葉を言えば、同修は、このプロジェクトを諦めてしまうかもしれない、そうすれば、自分が同修の人を救い、誓約を果たす事の邪魔になってしまうのではない」と思いました。私はすぐに同修に謝りました。自分が最初にすべての注意事項を話さなかったことを謝りました。同修は私の行動を見て、とても感動して、進んでロックを解除することを練習しました。修煉して20年、ようやく、「どんなことをしても、それは心を修めることだ」とやっと分かりました。師父は「心性の高さは功の高さ」[3]とおっしゃいました。心性を高めなければ、いくら大法を実証する仕事をしても、何の意味もないことを分かりました。
ある日、グループ学法の前に、電話チームの協調人から突然、電話チームのプロジェクトを簡単に紹介してほしいと言われました。私は9時に発正念をした時、脳裏には、プロジェクトを紹介する手順が自然に浮かんできました。今度は、怨みや脅しの口調はなく、今、中国国内では、不当に連行され、迫害され、臓器狩りをされることが毎日のように起きていること、もし時間があれば、ぜひ電話チームのプロジェクトに参加して欲しいことを話しました。紹介が終わると、通訳をしてくれた若い同修はとても感激して、「ぜひこのプロジェクトに参加したい」と言いました。電話チームの協調人もはじめて私に笑顔を見せ、拍手をしてくれました。今までの心理状態を変え、結果に執着せず、心を込めてやるべきことをやっているうちに、電話チームに参加する同修もどんどん増えてきました。特に若い同修と西洋人同修が多いのです。
今年の省記念日から建国記念日のパレードまでの10日の間に、私は二度の試験を受け、4回のパレードに参加し、4回引っ越しをし、4回大掃除をし、7月1日の朝、また同修に起こされ、ニューヨークの同修に食事を準備するように誘われました。毎日寝るのが遅く、朝、早く起きなければならず、法を学ぶ時間も少なくなり、また、その間様々な心性の関門の試練も受けていました。水曜日の集団練習の時、クラリネットを取って、二曲も続けて吹けず、腕が痛くて、一曲演奏して、しばらく休まないと次の演奏はできないほどでした。建国記念日パレードの翌日、雲の上で歩いているように、ふらふらしていると感じ、鏡を見ても、別人のように顔が変って、びっくりしました。同修から、「あなたはすっかり変わった。黒くてやせていますね」と言われました。「慈悲なる師父は、私の心性を高めながら、苦労に耐えさせ、業を滅させ、パレードで衆生を救い済度させることで、功を速く上げてくださった。本当に一石四鳥の大変結構なことで、何よりのチャンスだった」と悟りました。本当に疲れましたが、怨む心が取り除かれたため、少しも苦しみを感じず、他の人を責めることもありませんでした。今、謙虚な気持ちで、毎日がとても楽しく、時には、天国楽団が演奏する歌を歌いながら歩き、跳んだり跳ねたりして、まるで8歳の子供のようです。通常の考えからすれば、このような強行スケジュールなら、普通の人はうまくこなせるはずはありません。しかし、私はあまり準備する時間がない中、二度の試験を順調に通過し、4回のパレードも元気よく演奏ができ、パレード中も疲れを感じませんでした。師父は「修は己にありて、功は師にあり」[4]とおっしゃいました。性格を向上させ、執着をせず、自然の流れの中で、最も良い結果につながりました。
結び
ある日、英語の授業で、先生が課題を出しました。「もし、生まれる前に、神があなたに財産と天賦の才のどちらかを選ばせるなら、あなたはどちらを選ぶか」というものでした。私は「信仰を選びます」と答えました。私たちはこの世に降りて来る前、すでにはっきりと選択をしました。私たちは計り知れない財産だと人々に呼ばれる天賦の才を放棄したからこそ、宇宙の中で最も偉大な生命――大法弟子となったのです。自分が修煉してきた20年を振り返ってみると、いつでも何事にも師父に見守られ、落ち込む時、師父は啓示してくださり、よく頑張った時、師父は励ましてくださいました。これからやることは、怨みも後悔もしないように、師父が按排された道を歩み、三つのことをしっかりと行い、大法に同化して、師父について一緒に家に帰るだけです。
師父に感謝します。同修のみなさんに感謝します。
(2016年にカナダ法輪大法修煉体験交流会)
注:
[1]李洪志先生の著作:『ヨーロッパ法会での説法』
[2]李洪志先生の著作:『北米第一回法会での説法』
[3]李洪志先生の著作:『シドニー法会での説法』
[4]李洪志先生の著作:『転法輪』