昔の同修を連れ戻すことについての考え
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文/中国の大法弟子 惜蓮

 【明慧日本2016年10月18日】私は同修に連れ戻された一人です。それから、自分も昔の同修を探して連れ帰るようにしています。そのことについて、自らの少しの体得を、同修達と交流し、切磋琢磨したいと思います。もし見解に片寄りがあれば、ご叱正をお願いします。

 自分が同修に連れ戻された過程を言いますと、実は、そのすべては師尊が按排してくださったものです。

 もちろん、まず自分には、大法に戻りたいという「夢」がありました。しかし、様々な原因によって、自ら同修を探して、戻って来る勇気がなかったのです。ただ、自分の心の中では、「もし、同修が私を探してくれ、大法修煉に戻らせていただければ、私は必ず戻りたい」との強い一念がありました。

 しばらくしてから、本当に同修Aさんは私の携帯電話に連絡を入れてくれました。Aさんから、自分が同修Bさんの家に来ており会いたいから、来てほしいと言われました。私は同修とのご縁を思い出しました。この時、大法修煉の願望が蘇ってきました。

 同修の家に着くと、Bさんがとても親切に対応してくれて、すこし身に余る待遇を受けた感じがして、とても暖かくて、全くしこりがありませんでした。

 その後、Aさんは用事があって先に帰り、私はBさんの家に残りました。一方、Bさんは力を尽くして、私の為に執着を探してくれました。その態度を見る限りでは、彼女は誠心誠意私の為に考えているに間違いありませんでした。しかし、当時、私はさすがにすでにまる6年間大法から離れており、同修がひたすら焦って私を「助けよう」としていたことは、かえって、「どうすればいいか分からない」と感じさせました。その夜、彼女は私ととても長く話をしました。私の心の中では、同修の大切な時間を使って申し訳ないと思うと同時に、彼女の私に対する強い気持ちを見て、とても断りにくいと思いました。一方では、そこまでしなくてもよいとも思いました。しかし、自分は大法修煉を全うできず、落伍した事実を思うと、彼女の話を中断する資格なんか持っていないとも思いました。コンプレックスの心理が働いていました。仕方がなくいやいやながら、何とか次の日まで我慢しました。

 もしかすると、その時、Bさんは私の状態に対して、心配しすぎていたかもしれません。翌日、彼女はまた私の為に探し始めました。さらに、もう一人の新しく来た同修Cさんの前で、直接私に忠告しました。正直なところその時、私は本当にどうしょうもなく感じていました。私は静かに、「実は、ここに来たのは、師父の法を読みたかっただけです」と言いました。Cさんは直ちにBさんの話を止めました。彼女たちは大法の本を出してきて、一緒に法を読み始めました。それから、私は少しずつ戻って来ました。

 それから、Aさんは以前煉功拠点の同修Eさんが、まだ戻っていないことを思い出して、そこで、私たちは一緒にEさんを探しに行きました。Eさんにもとても順調に会うことができました。

 しかし、会ってから、Aさんは言葉が多くなり、ぺらぺら喋って全く止まりませんでした。話の中には、少し先生が生徒に対して、「指導」しているような感じがありました。Aさん自身は教師の仕事をしており、もしかしたら、それは一つの習慣或いは責任感なのかもしれません。第三者の私は、自分が戻ってきた経験に思わず照らし合わせてみました。実は、私の場合、心の深いところに隠れていた大法に対する未練と、大法を大切にしたい気持ちがあったから、戻って来られたのです。はっきり言えば、それは大法の力でした。同修との縁は確かに一部の役割を果たしていましたが、しかし、本当の力の源は大法そのものでした。

 Aさんの話を聞くと、Eさんがどう反応するかをとても心配しました。そこで、私は丸く治めるようにAさんの話を止め、Eさんに大法の書籍を読むように提案しました。大法の本を読めば、なんでも分かるからと話しました。こうして、Eさんも戻ってきました。

 ここでは、自分とEさんが戻って来た例を挙げたのは、昔の同修を連れ戻したい同修と交流したいからです。昔の同修がほんとに大法に戻って来られるかどうかは、師尊自らが面倒を見ておられ、また按排されておられるのです。

 大部分の落伍した昔の同修は、おそらく皆が大法から受益して、或いは大法の純正さを知っていたから、大法修煉を始めたと思います。大法に接した最初の理由はともかくとして、恐らく誰でも、心の中では大法に対して、明晰で正確な認識を持っているに違いありません。なぜなら、大法はあまりにも純正過ぎて、素晴らし過ぎるからです。ただ、当時法をあまり大切にしなかったため、或いは認識が足らなかったため、それに執着心が旧勢力に利用されたため、一度大法から離れていったのでしょう。もし、今になって、ようやく連れ戻そうとする昔の同修でしたら、大法から離れて、すでにかなりの年月が経っているに違いありません。以上が、昔の同修を連れ戻すことについての私の考え方です。この自らの少しの体得を、同修達に参考にしていただければと思います。
 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2016/10/7/336003.html )
 
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