文/河北省の大法弟子 浄心
【明慧日本2016年11月16日】師父は説かれています。「歯を抜くのが目的ではなく、自分の水薬を売るのが目的です。その水薬は濃い黄色の気を発していました。歯を抜く時、水薬の瓶の蓋を開け、頬を隔てて病んだ歯に向けて、外から水薬の黄色の気を吸わせます。水薬はほとんど減っておらず、再び蓋をしてそこに置きます。それからポケットから一本のマッチ棒を取り出し、薬の宣伝をしながら、病んだ歯にマッチ棒を当て、ちょっと横に動かすと、歯がボロリと落ちました。痛くもなく、わずかな血痕があるだけで、出血もしません。皆さん考えてみてください。マッチ棒は力を加えれば折れるものなのに、それを使って歯を抜くことができたのです」[1]
学法グループで市場へ行くたびに、買い物が目的ではなく、真相を伝え、人を救うことが目的だと、私は悟りました。衆生を本当に救うことができるのは大法の力であり、師父は他の空間で私達を加持してくださっているのです。
朝真相を伝えに行く日の前夜、私はいつも一晩中、法を多く学んでいます。朝出発前に、20分から30分かけて正念を発します。師父に縁のある人を連れて来てくださるように、また、正神に衆生が真相を聞き、三退し、命が救われますように加持していただくようお願いします。また出発前に「慈悲は能く天地の春を溶かし、正念は世中の人を救う可し」[2] 「大法は創世主の智慧です」[3]とずっと暗唱します。心の中で「私は創世主の弟子です!」と強い正念を持ち、人を救っていたので、真相を伝えるのもとても順調でした。同修との協力もよく息が合っていました。
ほとんどの人は善良で、真相をよく聞き、三退を勧めると多くの人が脱退しました。三退後、私達にとても感謝するだけでなく、私達の活動が順調であるよう祈ってくださいました。真相が分からない人がいても、真相の資料を受け取らなかっただけで、反論や暴言を言われたことはありません。
しかし8月16日、私が市場で真相を伝えていた時、ある中年男性に会い、私に暴言を吐いただけでなく、私が渡した真相の資料を破って橋の下に投げ捨てたのです。その時、私はとても悲しくて涙が止まりませんでした。多くの家庭で皆さんが一家団欒の時を過ごしている時、多くの修煉者が刑務所で非人道的な扱いを受けているのです。衆生を救うために苦しんでいるのに、衆生は全く無関心で、私はとても心が痛みました。
一方、私は彼を救うことができず、彼は大法の真相の資料を破ったことで、彼と彼の世界の衆生は犯した罪を償わなければなりません。哀れな衆生は、共産党の宣伝に深く惑わされ、誤った選択をしました。師父が「我は世人の為に愁うるも、人は己の為に憂れず」[4]と感慨を覚えられたのは当然です。
まだ真相を知らない人々が多くいるのです。私も心配しています。私は大法弟子としての任務はきわめて困難だと実感しました。人を救うことはなんと難しいのでしょう! 帰宅途中、私は非常に気が重くなりました。その後、私は改めて考え、どうしてこんなことに遭遇したのでしょうか? それには四つの原因があると思いました。
その一、8月15日、家族と一緒に食事をした時、家族の同修(全部で9人)ができるだけ早く外に出て真相を伝え、人々を救うことができるように励ますため、私は我が学法グループが恐怖心を克服し、街に出て真相を伝えた経験を話しました。その時、私は多少の顕示心と歓喜心を持っていました。
二、夜帰宅してから、体に業を消す反応があったため、法を学ばず、12時の正念も発しませんでした。夕飯を食べずに、早く寝てしまいました。
三、朝外出する時、朝食を食べず、正念も発しませんでした。外出するため、服装など少しおしゃれをしようと、ハイヒールを履きました(普段はフラットシューズ)。バスに乗る時、同修の不注意で私は足を踏まれてしまいました。とても痛かったのですが、たぶん私のこの心を取り除くように気づかせてくださったのでしょう。
四、バスに乗車後、数日前に私に反論した同修に会いましたが、挨拶もせず、責める気持ちがありました。真相を伝える前、法に従わず、常人の心で真相を伝えて、どうして良い効果があるでしょうか?
そして、真相を伝える時、ある同修と対になり、同修は私に何か問題があるとみて、私に発正念の役をするようにと言いました。しかし、同修が3人に対して三退を勧めたのですが、1人も退党しませんでした。私は焦って「このままだと、時間の無駄だ。1時間半も経ったのに、何のために来たのか?」と思いました。そう考えて正念を発するのに協力せず、私は真相を伝え始めました。同修も焦っていて、真相を伝えるのをやめて、真相の冊子を配り始めました。2人は別々に行動し、彼女は資料を配り、私は真相を伝えました。
その過程で、私は中年の男性に出会いました。その時、男性と一緒にいた数人が反論しました。私は泣き出して、もう話し続けることができなくなり、真相を伝えるのをやめて、冊子を配ることにしました。その後、自転車に乗った人に出会い、冊子が1冊残っていたので、涙を拭いて彼に真相を伝えました。彼が真相を聞いた後、三退してほしかったのですが、彼はどうしても脱退せず、訳の分からないことをブツブツ言っていました。私は諦めて、冊子を他の人に渡しました。今回、私が脱退させた人は最も少なく、4人しかいませんでした。
真相を伝えて人を救うことは神聖なことであり、そして極めて困難なことです。法を学ばず、常人の心で伝えると効果は良くありません。同修と一緒にいる時、一部の同修は常に「人々は深く惑わされ、いくら伝えても聞いてくれない」 「共産党はとても悪く、人々は騙されている」 「家族が邪魔をして、真相を伝えることに全力を注げない」などと文句を言っていました。
同修の皆さん、私達は他人に不満を持たず、自分自身に問いかけなければなりません。「本当に努力して法を学んでいるのか? 厳しく法に従って行なっているのか? 自分自身をよく修めていると言えるのか? 真相を伝える時、純粋な心でしているのか?」
ある同修は「以前、自分が遭遇した困難を妨害だと思っていましたが、現在、私はそれを試金石だと思っています。困難に遭ったことは、私達の金の純度が足りていないことです」と言ったことがあります。そうです、師父が私達に播かれた金の種は、必ず純金の種です。常に大法に照らして自分を量り、純粋な心で人を救えば「黄色の水薬の気」のような効果があり、師父の法理が必ずはっきりと表れてきます。
本当に人を救い済度しているのは大法です!
現段階のレベルで認識したことであり、慈悲なるご指摘をお願いします。
注:
[1]李洪志師父の著作:『轉法輪』
[2]李洪志師父の詩『洪吟二』「法正乾坤」
[3] 李洪志師父の著作:『精進要旨』「論語」
[4]李洪志師父の詩:『洪吟二』「危」