文╱遼寧省の大法弟子
【明慧日本2017年3月28日】私は法を得た時期は病院で働いていました。法を深く学ぶにつれ、私は個人修煉と法を正すことは繋がっており、人を救うことは大法弟子の使命であることが分かってきました。私は法を多く学ぶとともに、明慧週刊、明慧週報、法輪功の小冊子をよく読み、自分が法輪功が迫害されている真相を完全に分かれば、はじめて真相をはっきりと伝えることができます。また衆生が真相を本当に分かってはじめてその人を救うことができます。そのため、私はいつも患者、親戚、宴会で出会った人々、乗ったタクシーの運転手、列車で出会った人などに法輪功の真相を伝えました。
冬には時々患者が多くて忙しくなり、真相を伝える時間がなくなることがあり、一度39度以上の高熱が出た農村の子供を治療することになり、4~5日間治療し、そろそろ退院できそうになった時、また退院の日に熱が出ました。このようなことが20日くらい繰り返し、退院の予定日になるとまた肺炎の症状が出て、症状がでると治療に1週間かかります。その家族は自分たちが子供の面倒をしっかり見られず、病気が再発したと言います。しかし、修煉者として出会ったことは全て偶然なことではありません。その夜夢を見ました。夢の中で自分の双子の息子が病気になり、私は慌てて彼らを抱いて外科に行き、救急治療をすることになりましたが、外科に着くと、なぜか2人の子供は多くのご飯茶碗(中国語では遅れるという漢字と同じ発音)に変わり、私は抱えきれなくなり、驚いて目が覚めました。目が覚めた後、師父が私に人を救うことが遅れていると悟らせておられると知りました。2日目の夜勤の時、私は時間を見つけてその子供の両親に法輪功の真相を伝え、三退させました。その結果7日経たないと治らないはずの肺炎が3日目に、まだ薬も飲んでいないうちに治りました。子供には何の症状もなく、聴診でも異常はありませんでした。私と彼の家族は大法の超常と神奇を体験し、そのことがまた骨の髄までしみ込んで形成された、私の良くない観念を取り除いてくれました。
師父は「肝心なときに、わたしは皆さんを人間と決別させようとしているのに、皆さんはかえってわたしについて来ようとせず、一回一回の機会はいずれも二度と訪れないのです」[1]と説かれました。天安門に行って法を実証することだけではなく、江沢民を告発するなどの大事に直面した時、私たちは「人間と決別」しなければなりません。私達の普段からの思考方式、物事をやるときの心境など、これら全てが「人間と決別」し、神に向かっていく過程ではありませんか!! 生活の中や仕事の中で、常人と同じようなことが発生しても、大法弟子がこれらに対処する出発点やこれらのことを円満に処理する要求などは、常人と同じであるわけではありません。魔難や矛盾がやってきた時、私たちが内に向けて探し、人間の観念を変え、正念をもって、周りで発生していることに対処すれば、周りの環境は変わり、困難にあっても、素早く突破することができます!
修煉を始めたばかりの頃、夜の学法が終わって交流まですると、12時の発正念が終わってから、自転車で帰宅することになりました。一度夜12時の発正念が終わって間もなく、夫から電話がかかってきました。夫は大変怒っており、帰宅を催促され、遅くなるともっと怒られるから、すぐ家に帰ろうとしました。その時ひとりの同修が「心が穏やかでなければ、急いで帰らないがいい。あなたは正しいことをしているから、彼は怒らずに喜ぶべきですよ」と言ってくれました。私はすぐに分かりました。確かに衆生は大法のためにこの世にやって来ており、夫の分かっている一面は先を争って大法弟子の家族になって、正の作用を働いて福報を受けたがっているはずです。私は心の中で夫の分かっている一面と交流し、同時に正念を発し、夫を操って私が三つのことをやることを邪魔する邪悪を消滅しました。その後、家に帰りましたが、夫はもう眠っていて、ドアを開けても気づかず、翌日起きたら何もなかったように平静でした。それからというもの、私が学法で遅くなっても夫は怒らなくなりました。
ある日、私は夜勤の後、真相を伝えるために帰りが遅くなりました。家に入ると、夫はすごい剣幕で罵声を浴びせてきました。その時、私は平静に「怒らないでください。怒ると身体にも良くないし、そうなったら私はもっと心配です。明日から早く帰ってご飯を作りますから、どうかそんなに怒らないでください」と言い終えると、自分の部屋に戻りました。大法弟子の慈悲と威厳は同時に存在するものであり、表面の人には優しく接し、背後にある要素には威厳を持って対応する必要があると心の中で呟(つぶや)きました。さっき怒っていた人は誰だろう。夫(本当の彼)は、大法は良いと知っており、三退もして、私の修煉を支持してくれました。今妨害に加担しているものが誰であるにせよ、真・善・忍に同化すれば良い未来があり、淘汰されずに済み、逆に真・善・忍に同化しなければ淘汰され、邪魔したり、迫害したりすれば取り除かれると言い聞かせると、それから3分、5分経った時に、夫は笑顔で部屋をノックし、「怒ってすまなかった。ご飯を温めたから一緒に食べよう」と言いました。師父は「常人の脳を制御することはいとも簡単なことです」[2]と説かれました。物事に遭遇したとき、私達は本当にその人の真意であるかどうかを見分けなければなりません!
継父が世を去ってから、兄の家族は母親とあまり関わらなくなりました。10年近く母は私の家に住んでいました。母が傘寿の時、夫の前で私は男性の同修に電話しました。「明日うちの家族が村の寄りあいで傘寿祝いをしますので、車で朝の7時に出発し送り届け、午後にまた迎えにきてくださいませんか」と頼みました。ちょうど言い終えたところ、夫が娘や母の前で私に対して文句を言い始めました。私は夫が何かに操られ、冷静でないと気づき、発正念をして夫に業力を造らせないためにも、さっきの同修に「やはりあなたの車を使いません」と断りました。また、兄に迎えに来るように伝えましたが、夫はまだ文句を言うのをやめませんでした。私は隣りにいた娘にも発正念をするように頼み、自分は内に向けて探しました。その時、師父が説かれた法をふっと思い出しました。「あなたが最も面子を失いたくない人の前で、誰かがあなたに平手打ちを食らわして、恥をかかすようなことが将来起きるかも知れません。果してあなたはそれにどう対処しますか。果して耐えられるかどうか。一応は耐えられたとしても、内心では落ちつかないようでしたら、それでも駄目です」[2]。私の父は世を去るのが早く、母の一生は苦に満ちていました。ですから、私はいつも母に夫がいかに私に優しくしてくれているかを見せたがりました。自分の身の振り方を心配する必要はなく、ずっとこの家に住めるようにしたいと思っていました。そして今日になって、この全てが母の前で起こりました。私は自分の母に対する情、虚栄心、面子を失いたくない心、男性の同修との対応で人に誤解されないように、非常に慎重にやることができなかったなどが分かりました。私がこれらの心を取り除くと、夫は直ちに平静になりました。夜に傘寿の祝いが終わって家に帰り、娘と話しました。「今日のお父さんは、ちょっとひどすぎたではないの」と言うと、娘に「これくらいの不満でも残したいですか?」と言われました。私はその時になって初めて、まだ完全に放下できていないことに気づきました。
そのこと自体が正しいか間違っているのかにかかわらず、執着心を見つけて捨てるべきです。今夫はますます大法を支持し、洗濯、料理、部屋の片付けなどを全てやってくれます。
2番目の兄は口がうまく、ずる賢い人と言われています。母が進行性肺がんにかかって、脳まで転移した時、彼は母に残された日にちは多くないと思い、母を自分の農村の家に連れて行って、孝を尽くすと言い出しました。母が亡くなった時、父が勤めていた会社はその遺族に暖房費用を補っていましたが、母が得るべき暖房費用には証拠が必要になり、その上、死んだ後からでは与えないと言われました。その時2番目の兄が案を出しました。それは、私の家の暖房費用のレシートを持って行き、お母さんはその数カ月間は私の家に住んでいたと申請することでした。私は言われた通りにやらなければ兄に怒られると思いましたが、だからといって申請すると私が嘘をつくことになってしまうので悩みました。心を静めて法を学ぶと、これは人心で問題に対処していることだと気づきました。どうしてたったの数百人民元を目当てに嘘をつくことができるでしょうか。これは修煉者のやるべきことではなく、次元も下がってしまいます。彼の分かっている一面が業力を作ろうと思うはずがなく、私が嘘をつかないことで、彼も怒りません。彼のお金であれば失うことはなく、彼のお金でなければ得ることもできません。私の情、面子を失いたくない心、ずる賢い人を怒らせたくないと思う心は必ず捨てなければならず、本当に衆生に責任を負わなければなりません! これらの心を放下し、2番目の兄に電話をし、自分は言われた通りにできないと伝えました。結局兄は自分がやるといい、レシートなしに手続きをしたところ、全額を補ってもらえました。
2番目の兄が母親を農村に迎えた時、私はその場でお金のことを明らかにしました。この数年間の母の生活費、父の葬儀費用としてもらったお金は合わせて5万人民元あります。母はこの十数年間、彼女自身のお金を使ってないから、母が亡くなった後、残ったお金は全部2番目の兄にあげると言いました。兄はその時何も言わなかったのですが、後でおばやおじから、私の母は10万人民元を持っていると聞きました。私はそれを聞いて、海がひっくりかえったかのようでした。医薬費もかかったし、逆にあなたたちがお金を出すべきなのになどと考えました。しかし、修煉者には一つも偶然なことはありません! 私は心を静めて内に向けて探しました。自分が苦労したと認めてもらわなくても、例え認めてもらおうとしても悪くない、これは名を求める心、人に濡れ衣を着せられてはならないと思う心です。これらの心が見つかるとそれを取り除きました。結局それから2番目の兄はお金のことは一切口に出さなくなり、母がこの世を去ってから彼はお母さんがいなくなったから、「俺たちはお前に優しくしなければならないね」と言ってくれました。
勤務先では若い看護師を1人雇っています。私が忙しかった時、彼女は自ら朝早く出勤すると言いました。しかし連続して2回も早く来られなかったようです。相は心から生じる、私は怒らず内に向けて探しました。私は同修と修煉体験を交流する時、相手を励ますため自分は3時50分に起きて、5通りの功法を全部煉って、学法も多くやっていると自分のよくできていることばかりを話していました。よくできていないところは隠し、自分も言った通りにできない場合もありました。これこそ党文化ではないでしょうか。私が悟って党文化をすぐなくすと、看護師も遅刻しなくなりました。
修煉する過程において、いろいろなことがありましたが、いちいちここでは話しません。修煉のなか、遭遇した如何なることもみな良いこととみなし、それは旧勢力が私たちに按排した魔難が良いことであると言うのではなく、どんなことにも正念で対応し、旧勢力の按排を否定し、邪悪を取り除き、心性を向上させることこそ本当の良いことで、これが修煉者のなすべきことです!!
個人の体験ですが、大法に符合していないところがありましたら、同修のご指摘をお願いします。
注:
[1] 李洪志師父の著作:『精進要旨』「根を掘る」
[2] 李洪志師父の著作:『轉法輪』