数畝の田んぼを譲り、得たもの
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文/遼寧省の大法弟子

 【明慧日本2019年6月20日】我が家の裏側には、ある家族が住んでいて、うちの家の壁の外側に数畝の田んぼがあって、ちょうどその家族の田んぼと隣接しています。春になると、毎年、私たちはそれぞれの田んぼを耕し、仲良く接してきました。

 ある年のこと、その家族はうちの田んぼを2畝ほど耕しました。『洪吟』の中で、師父は「常人の苦楽を記さざれば 乃ち修煉者 世間の得失に執せざれば 羅漢なり」[1] とおっしゃっているのを思い出して、私は相手と喧嘩をせず、さらに1畝の田んぼを譲りました。

 翌年、その家族は私が譲った3畝の田んぼを耕してから、さらにうちの田んぼを2畝ほど耕して、私はさらに1畝を譲りました。

 3年目になって、その家族はすべての田んぼは自分のものなので、手を出すなと言ってきました。

 息子と嫁は腑に落ちず、どうしても相手の間違いを正したいと言い出した時、私は師父が「自分のものなら、無くなることはないし、自分のものでなければ無理に争っても得られません」[2] とおっしゃったことを思い出して、「これは明らかに私の利益を重んじる心を試されているのだ。彼らが要求するなら、私のものではないのかもしれない。いっそのこと譲ってあげよう!」と思いました。さらに、私は師父の以下の説法を思い出しました。「常人のこの複雑な環境の中で、あなたは醒さめています。それとはっきり分かっていながら利益の面において損を蒙り、また他人に利益を侵された時、あなたは他人のように争ったり闘ったりはしません。いろいろな心性の邪魔の中で、あなたは損を蒙っています。あなたはこのような厳しい環境の中で、意志を錬磨し、心性を向上させ、常人のいろいろな良くない思想に影響されながらも、そこから抜け出すことができるのです」[2]  。「私は修煉者だ。師父のお話に従うべきであって、その人と争うべきではない」と思った私は心が楽になり、子供たちにこう言いました。「そのちょっとした田んぼは大したものではない。なくても生きてはいける。争うのをやめよう。隣人は皆ちゃんと見ているから」

 その後、私はその家族がさらに私たちを監視し始めたと気づきました。一昨年から、ちょっとした気に入らないことがあればすぐに罵声を上げ、時々うちの家の裏庭近くで爆竹を鳴らしたりもしました。自分が修煉者だと思い、師父の以下の説法を読み返しました。「一人の煉功者としては、まず殴られても殴り返さず、罵られてもやり返さないで、ひたすら耐えられるようでなければなりません。でなければどうして煉功者と言えましょうか?」[2]  。こう思うと心が落ち着いてきました。

 昨年、その罵声はさらにエスカレートしてきましたが、私は心を静めて、「その家族はなぜ繰り返し、うちにこんな仕打ちをしてくるのだろうか?」と考えました。師父はこのようにおっしゃっています。「皆さんは自分のどこかが間違ったのではないかと考えていません。実は自分が本当に分かるようになり、正しく行なったら、これらの人、これらの現象はなくなり、なぜなら、大法弟子の中にいかなる偶然な事もなく、これは許されないことでもあり、誰もこのように行なう勇気はないからです」[3]

 そこで、私は自分の間違い、あるいは何かの心によってこの事態をもたらしたのではないか、と考えてみました。「彼らがうちを監視するのは、ひょっとしたら、私に疑心や恐れる心があるから招いたのではないか? 田んぼを取られて以来、喧嘩はしていなかったものの、心の深いところに、やはり察しがたい怨む気持ちが隠されている。雨の日に雷が鳴ると、どうしてもその雷が彼らの家の周辺で鳴っていると感じて、いよいよその家族も悪報に報われるのだと思ったことがある。それに子供達にあの家に近づくなと助言し、家族を見下す心もあった」

 これらの良くない心を見つけてから、私は一つずつそれを取り除いて行くと、瞬時に空間場がきれいになったと感じ、慈悲心も生まれました。その家族がいつも訳の分からない難癖をつけてくるのは、もしかして、私から真相を聞こうとしているのかもしれないと思いました。師父は「大法徒は衆生が救われる唯一の希望」[4] とおっしゃっています。私は大法の真相を伝えにその家族を訪ねることを決心しました。

 私が門を入るや否や、奥さんは暖かく声をかけてくれ、ご主人も喜んで私を部屋に案内し、よもやま話をし始めました。奥さんは横でこう言いました。「この人は悪い人ではありませんが、ただ分別がなく、酒を飲めば人を罵る癖があります。姉さん、よく言い聞かせてください」。私は「人を罵ってはいけませんよ。人を罵る時は怒っているのではありませんか? 怒ることは身体に害なので、自分自身に良くないことをしているのではありませんか?」と言いました。彼は「おれもそう知りつつ、どうしても自分をコントロールできません。このままでは早死にしますね」と言いました。私は「そんなことはありませんよ。罵ることをやめれば、それでいいのではありませんか」と諭すと、急にこの生命があまりにも可哀想に思い、怨みや不平不満が全部消えてしまいました。

 その後、彼は派出所から人が頻繁に来ていて、どこそこで待ち伏せして、大法弟子を監視するようにと指図されたと言いました。私は「兄弟よ、そんなことをしてはいけませんよ。あなたがこのチャンスに大法弟子を保護してあげれば、功徳を積むことになります。臨機応変に対応して下さいね」と言いました。「おれは適当にごまかしている。先日、誰かがそこらへんで資料を貼るのを見たが、何も言わず、通報もしなかった」と彼が言うので、私は「それで良かったのですよ。私たちはすでに19年間(注:本文は2018年に書かれたもの)も迫害を受けてきていますが、ねばり強くやり続けているのではありませんか? 村の某書記は迫害がもっとも厳しい時期に、上層部から来た命令を全部跳ね返して、今は福報を得て、どんなに良い生活を送っているでしょうか! 私たちは何のために法輪功の資料を貼り、ビラを配ると思いますか? 人々に真実を知ってほしく、騙されてほしくないからです。法輪功書籍の出版禁止令が2011年3月に撤廃され、法輪功のビラを配るのも合法になりました。それに、これを知っていますか? 法輪功への迫害に参与した者の多くが、たとえば薄熙来、徐才厚、郭伯雄、周永康などはすでに悪報に報いました。彼らはあまりにも多くの悪事を働いてきたので、天が彼らを滅したのです」と教えました。それを聞いた奥さんは「中国共産党はもうじき終るでしょう。あまりにも凶悪で、しかも腐敗堕落の限界を超えていますよ」と言いました。

 最後に彼は「姉さん、おれは大法弟子を通報することなどしないよ」と言いました。私は「それなら安心です。2点だけ覚えておいてほしいのですが、一つは大法を誤解しないこと、もう一つは大法弟子に不利なことをしないことです」と伝えました。彼は「絶対にそんなことをしないよ。安心してほしい」と言いました。私が帰ろうとしたとき、彼は再三に私を引き留めてくれました。思いがけない良い結果を得ることができて、安堵しました。

 注:
 [1] 李洪志師父の詩:『洪吟』「三界を跳び出る」
 [2] 李洪志師父の著作:『轉法輪
 [3] 李洪志師父の経文:『二◯◯九年ワシントンDC国際法会での説法』
 [4] 李洪志師父の詩:『洪吟三』「唯一の希望」

 
(中国語:www.minghui.org/mh/articles/2019/6/12/388608.html)
 
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