天安門での忘れ難い歳月を回想
■ 印刷版
 

文/オーストラリアの大法弟子 

 【明慧日本2022年11月14日】「天安門広場よ、教えてください」という歌は、世界の多くの人々に感動を与え、涙を流させました。

 1999年7月20日、中国共産党(いか、中共)の前トップが法輪功への残忍な弾圧を開始しました。突然の迫害に直面した法輪功学習者(以下、学習者)たちは、法輪功(法輪大法ともいう)のために北京に陳情に行きました。また、天安門広場で「法輪大法は素晴らしい、真・善・忍は素晴らしい!」(心からの九文字)と人々に伝えました。当時、天安門広場には、「法輪大法は素晴らしい、真・善・忍は素晴らしい!」の横断幕があちこちに見られました。

'图:从一九九九年七月二十日开始,法轮功学员们陆续走上天安门广场,高举横幅告诉世人法轮大法好,真善忍好!'

1999年7月20日に迫害が始まると、無数の法輪功学習者は天安門広場に行き、横断幕を掲げて、「法輪大法は素晴らしい、真・善・忍は素晴らしい!」と世界に訴えた

 「永遠に歴史に栄光のページを残す感動的な瞬間」

 清華大学電気工学科の元講師、孟軍原さんは法輪功を実践していたため、中国共産党(以下、中共)に10年間拘禁されました。その後、オーストラリアに救出されました。現在、彼はIT企業でシニアソフトウェアエンジニアをしています。

 彼はこう話しました。「今更ながら、無数の法輪功学習者が天安門に行った英雄的行為を振り返ると、それは永遠に歴史の中で栄光のページを残す感動的な瞬間でした。中共はいずれ善を迫害することに終止符を打ち、学習者の献身は永遠に人類の歴史の中で輝く瞬間となるでしょう」

 1999年7月20日に迫害が始まった後、孟さんは、彼らが天安門広場に行った後、多くの学習者が警官らに殴られたことを知りました。彼らは殴られて意識を失い、警官は彼らを北京郊外まで車で連れて行き、道端に放置して死なせたのです。意識が戻ると、彼らは歩いて北京に戻り、中には直接天安門広場に戻った人もいました。

 孟さんはまたこう言いました。「自分も天安門に行くべきだと思いました。苦難を前にして引き下がったら、自分の良心を見失うことになります。大法弟子たちは兄弟姉妹であり、彼らが苦しんでいるのを見るのは耐えられないと思いました。苦難を共にすることが必要だと思ったのです」

 「しかし、実際にその一歩を踏み出すのは容易ではありませんでした。主に、命を失うことや拘禁されることを恐れていたからです」

 孟さんは迷った末に、まず見てみようと思い、2000年に天安門広場に足を運んでいました。そこで彼は、修煉者が横断幕を掲げて「法輪大法は素晴らしい!」と叫んだり、法輪功の煉功動作をして抗議したりするのを目撃しました。彼らはすぐに警官らに連行され、殴られました。

 孟さんは、「警察が雇った凶悪犯が学習者の首を絞めるのを見て、とても悲しい気持ちになりましたが、私はただ傍観していたわけではありません」と言いました。

 「私は数日間考えました。そして、ついに決意しました。腹を決めて、何も考えず、立ち上がる! 身分証明書や書類を誰かに預けて、水筒と帽子だけを持って出発しました」

 「6月の北京は暑くて、天安門広場は観光客でごった返していました。私服の警官が小型カメラで人ごみを撮影しているのが目に入りました。私服警官が小型カメラで撮影しているのを横目に、私は撮影を続けました」

 「5分以内に、記念碑の近くで『法輪大法は素晴らしい!』と叫ぶ修煉者の集団がいました。私は、私服警官が学習者に襲いかかるのを見ました」

 「一部の学習者はすぐに煉功を始めて、無言の抗議をしました。私は靴を脱いで座り、第五式の功法を煉り始めました。2分後、私は私服警官に持ち上げられ、首の後ろをつかまれ、警察車両に突き飛ばされました。もう片方の手で私をつまむと、拳を振り回して後頭部を殴りつけました」

 「さらに何人かの修煉者が警察車両に放り込まれました。私たちは天安門派出所に連行され、すでに100人近くが収容されていた大きな金属製の檻の中に閉じ込められました。その日の夜、私たちはバスで別の場所に移動しました。私が乗っているバスは昌平区にある北京第13留置場へ行きました。持ち物を押収された後、警官は私を独房に入れ、5日間そこに閉じ込めたのです」

 「天安門で同修たちと生死を共にしたあの瞬間は、私に安らぎを与えてくれました。私は立ち上がり、引き下がることはしませんでした。たとえ私はよくできていなくても、手を拱いて見ていたわけではないのです」

 この経験は孟さんの記憶に刻まれています。中共の残虐行為と人権侵害を目撃し、体験し、また、中共の支配下で信仰の自由の権利を守ることがいかに難しいかを個人的に体験しました。

 「天安門への旅は、法輪功が正法であるという私の信念を固めた!」

 艾瑪さんは2014年に中国を離れ、オーストラリアに留学し、現在はクイーンズランド州に住んでいます。艾さんは1996年に中国で両親と一緒に法輪功の修煉を始めました。彼女の両親は、修煉を始めてから健康を取り戻し、家庭は円満になりました。

 1999年7月20日、中共が全国的な迫害を始めたとき、彼女は嘘に騙されませんでした。彼女は両親と一緒に天安門広場に行きました。彼女は、「天安門に行ったことで、法輪功は正法という信念が固まりました!」と言いました。

 艾さんはその日のことをこう振り返りました。「1999年末(艾さんが10歳のとき)、私たち家族と地元の学習者数人が列車で北京に向かいました。数日後、北京に到着すると、現地の学習者が迎えに来て、私たちを一晩泊めてくれました」

 「アパートに入ると、すでに各地から多くの修煉者が来ていました。初めて会ったのに、とても親近感がわきました。饅頭や漬物を差し入れてくれる修煉者もいました。硬くて冷たい饅頭を頬張ると、今までにない温かさを感じました」

 「翌朝、タクシーで天安門広場へ。特に金水橋の近くでは、私服警官が観光客を引き止めて、法輪功を罵倒するような発言を強要しており、どこもかしこも緊張した雰囲気でした」

 「その後、私の両親は天安門前の華表(一般的に台座、蟠龍柱(とぐろを巻く龍)、承露盤(銅製の盤)とその上の蹲獣像で構成される)の下で 『法輪大法は素晴らしい!』と書いた横断幕を掲げていました。他の修煉者は皆、横断幕の下に立って煉功をし、平和的な抗議を始めました」

 「1分もしないうちに、遠くでサイレンが鳴り、数人の警官が現れました。そのうちの1人が父を殴って倒し、他の警官が修煉者全員を連行しました。私たちはワゴン車に乗せられました。父の顔は出血し続け、床は血まみれでした」

 「私たちは天安門派出所に連行されました。父と大学生が別室で拘束されました。やがて、その部屋から鞭打ちの音が聞こえてきました。私たちの部屋では、警官が拳を突き上げて女の子を恐怖に陥れていました。別の警官は、母の顔に汚れたティッシュを投げつけました。母は怒らなかったです。床に散らばったゴミを拾いました」

 「ある婦警はある少女に自白調書を書かせました。その少女は法輪大法の修煉の素晴らしさを書いていたので、書き終わった後、婦警は怒りました。私は周りの修煉者を尊敬していました」

 「夜、警官は修煉者を『斜め手錠』(両手を肩の上からと後ろから手錠でつなぐ)にしています。深夜、母と私は中庭に拘束されました。警官にトイレに連れて行かれ、体を調べられました。靴下も含め、服を全部脱ぐように言われました」

 「3日目の夜、たまたま旧正月の大晦日だったので、北京から家に連れて帰ってもらいました。道中、父がどこにいるのか、家に帰ったら何が待っているのかわからず、気持ちに押しつぶされそうでした」

 艾さんの父親は8年間、母親は5年近くも中共に拘禁されていました。このような大きな家庭の災難に直面し、幼い艾さんは、法輪功を修煉する決意をさらに固めたのです。

 艾さんは、この忘れられない年月が自分に与えたものは、真理のためにすべてを投げ出す学習者の尊い精神であると考えています。

 彼女は、「中共の支配下にある中華民族は、変化の波が激しく、今、社会全体が道徳の衰退を経験しています。中国人は皆、真・善・忍を実践している学習者たちの清流に感謝しなければならないのです。彼らは繊細で親切な方法で社会を変えているのです」と話しました。

 中共のパニック

 中国の修煉者たちは、天安門広場に行って、迫害は間違っていると世界に訴えています。中国共産党は、法輪功学習者が真実のためにすべてを捧げる勇気に怯えています。2001年2月23日、中共は「天安門焼身自殺事件」を起こし、中国国民の法輪功に対する憎悪を煽ろうとしました。

 しかし、短期間のうちに、「天安門焼身自殺」は世界中の様々な機関や組織によって単なるでっち上げであると判断されました。

 同年8月14日、国際教育開発機構(IEDO)は国連会議で、「天安門焼身事件」に関して、中共の「国家テロリズム」を強く非難しました。「天安門焼身事件」は法輪功への濡れ衣であり、衝撃的な陰謀と殺人を伴うと非難しました。声明によると、このビデオは、「我々の見解では、この事件は(中国)政府によって演出されたことを証明する」といいます。圧倒的な証拠の前に、中国代表団は何の弁明もできなかったのです。

 ジョン・ダウィーさんはオーストラリアのクイーンズランド州に住む学習者です。彼は、2001年の「天安門焼身自殺事件」の後、法輪功のことをよく知らない友人が、中国で学習者が焼身自殺をしたと聞いたと言いに来たことを記憶しています。

 ジョンさんは思わず、「焼身自殺した人が法輪功学習者であるわけがない、学習者はそんなことをするはずがないです」と友人に言いました。彼と友人はすぐに、「焼身自殺事件」の欠陥を詳細に明らかにしたビデオを手に入れました。彼は、中共がいかに法輪功を誹謗中傷しているかを知らせるために、そのビデオをより多くの人に送りました。

 ジョンさんは1999年4月、友人のところで法輪功を知り、『轉法輪』を読んでから修煉を始めました。彼はこう話しました。「私がオーストラリアで法輪功を修煉し始めたのは、『7月20日』に迫害が始まる直前でした。中国ではもうすぐ法輪功が禁止されるかもしれないという噂を聞きました。

 「法輪功は本当に素晴らしいもので、無料で学ぶことができるだけでなく、肉体的にも精神的にも効果があるからです」

 ジョンさんによると、当初、西側の学習者は中国共産党が法輪功を迫害していることに腹を立てていたそうです。彼らは、中共がなぜこのようなことをするのか理解できませんでしたが、中国の法輪功学習者をどのように支援すればいいのか分かりませんでした。彼らは、外に出て法輪功の無実を伝え、中共による学習者に対する迫害を暴露すべきだと理解するまでに時間がかかりました。

 「中国の法輪功学習者は本当に楽じゃない!」

 趙安娜さんは、オーストラリアのクイーンズランド州で自営のビジネスウーマンです。彼女は1998年に北京で法輪功の修煉を始め、心身ともに恩恵を受けました。

 1999年の忘れられない年を振り返り、感慨深げにこう語りました。「思い出すたびに、胸が張り裂けそうです。中国の法輪功学習者は本当に大変でした。7月20日から、天安門広場では毎日、学習者が横断幕を広げていました。これが数年続いたのですから、本当にすごいことです」

 「当時は、すべての交差点でセキュリティチェックが行われていました。北京に向かう車の乗員はすべて身分証明書をチェックされ、全員が学習者であるかどうかを尋ねられました。もし、そうだと答えたら、北京に行くことは許されないのです。多くの学習者は知恵を絞って、タクシーや小さな道路を経由して北京に行く方法を探しました」

 「法輪功が不当に迫害されていることを、自分の体験を通して政府に伝えるために、人々は北京に向かいました。しかし、北京の陳情所に到着した時、誰も彼らの話を聞いてくれませんでした。彼らは直接警官に連行されました。その後、彼らは陳情所に行くのを止め、直接天安門広場に行きました」

 「毎日、天安門広場には、『法輪大法は素晴らしい』という横断幕を掲げた学習者がいました。本当に感動的でした。横断幕を広げた途端、武装警察と私服警官が彼らに飛びかかり、殴りかかったのです」

 中共が迫害を始めたとき、趙さんは法輪功を修煉して1年足らずだったのです。テレビで法輪功を中傷する映像を見たとき、彼女は驚きました。

 「私は法輪功から恩恵を受けていたから、テレビで法輪功の誹謗中傷を見て、法輪功の修煉をやめる人は愚かだと思いました。しかし、当時はすべてのテレビ局が24時間体制で録音された宣伝放送を流しており、法輪功をよく知らない多くの人は洗脳されてしまったのです」

 1999年の7月から8月にかけては、異常な暑さが続いていました。北京に住む趙さんと彼女の姉は、全国から多くの修煉者が多くの困難を乗り越えて、法輪功の陳情をするために北京まで来ているのを見ました。ほとんどの人は経済的に恵まれていませんでした。彼らは、政府が答えを出すことを願いながら、街頭で待っていました。

 趙さんと彼女の妹も何かしたいと思いました。1999年7月20日の数日後、妊娠5カ月の趙さんと彼女の姉は、天安門広場にたくさんの食べ物を持って行き、修煉者に与えました。

 趙さんの姉は李洪志師父の新しい経文をたくさん印刷し、ある修煉者はそれを受け取って修煉者たちに配ることを約束しました。後日、趙さんは明慧ネットで、この修煉者が中共に拷問され死亡したことを知りました。

 趙さんの赤ちゃんが生後7カ月の時、彼女は赤ちゃんを抱いて天安門広場に行きました。町外れの学習者が横断幕を掲げているとき、彼女は赤ちゃんを抱いて、周りの人々に法輪功の真相を明らかにしました。その日、彼女は天安門派出所に拘束されました。

 赤ちゃんが10カ月になったとき、彼女は再び天安門広場に行きました。今度は東城区留置所に収容されました。

 「そのとき、山東省から来た同修も生後10カ月と思われる赤ちゃんを抱いていました。後日、明慧ネットで生後10カ月の赤ちゃんが迫害で亡くなったことを知りました。あまりにも悲惨なことが起きたので、思い出すと悲しくなります。中共がいかに邪悪な存在であるか、言葉では言い表せません。中国共産党の法輪功への迫害は失敗しましたが、中国の学習者は未だに信仰を堅持しています」

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2021/7/22/428462.html)
 
関連文章