【明慧日本2024年12月15日】遼寧省朝陽市の法輪功学習者・馮吉春さんは6月2日、新華公安支局の警官によって不当に連行され、その後、朝陽市留置場に不当に拘禁され続けている。公安当局は家族との面会を許さず、馮吉春さんに関するいかなる情報も提供していない。最近の情報によると、新華公安支局、竜城区検察院、および竜城区裁判所が共謀し、秘密裏に馮吉春さんを1年6カ月の不当な刑に処したことが明らかになった。
馮吉春さんは女性、1964年7月14日生まれ、朝陽市開発区七道泉子鎮に住んでいる。1996年の旧正月、馮さんは法輪功(ファールンゴン)という気功を学び始めた。当時、馮さんの体調は非常に悪く、心筋虚血や頭痛などの病気を患っていた。しかし、法輪功を始めてからわずか2カ月で、これらの病気がすべて治った。法輪功は馮さんに、トラブルに直面した際には自分自身の不足を振り返り、修養を積み、徳を重んじ善行を積むことで、良い人間になる道を教えてくれた。それにより馮さんは大きく変わった。
当時、馮さんの夫は会う人ごとにこう話していた。「法輪功は素晴らしい! 妻が法輪功を修煉してから、病気がすっかりなくなり、性格も良くなった。子どもと私も恩恵を受け、病気一つしないんだ」。また、馮さんは法輪功の教えに従い、誰に対しても親切に接していた。馮さんの義父は人に会うたびに「うちの嫁は本当に孝行者だ」と言っていた。
1999年7月20日、江沢民は法輪功に対する全面的な弾圧を開始したが、馮さんは信念を堅持したとして、4回にわたって拘留され、合計でおよそ330日間拘禁された。また、2回の労働教養処分を受け、さらに1回、7年の懲役刑を言い渡された。
今年6月2日の朝、馮さんは法輪功について人に伝えていたところ、新華公安支局の私服警官に連行された。その際、警官は、馮さんの娘に対して「15日間の違法な行政拘留である」と欺いて説明した。15日後、娘が母親を迎えに拘留所を訪れた際、馮さんはすでに留置場に移送されていると告げられた。その後、約半年が経過したが、家族は馮さん本人に会うことも、関する情報を得ることもできなかった。ただ、今年10月中旬になって、馮さんが新華支局と竜城区検察院によって共謀され、竜城区裁判所に構陷されていることが判明した。
最近の情報によると、馮さんは新華支局、竜城区検察院、竜城区裁判所の共謀により、不当に1年6カ月の懲役刑を秘密裏に言い渡されたことが判明した。
労働教養2年 瀋陽馬三家での迫害
1999年10月29日、馮吉春さんは法輪功の修煉を続けたことで、朝陽市「610弁公室」や朝陽市竜城公安支局の警官・黄殿相により、2年間の労働教養処分を科され、瀋陽市の馬三家女子労働教養所に送られた。同所で、昼には、馮さんは服飾作業を強制され、1日15時間に及ぶ過酷な労働を強いられた。夜間には深夜1時までに、さらに「教育・転向」を強要され、囚人らからの暴行や罵声、体罰を受けた。翌朝5時30分には起床させられ、再び15時間の労働が始まるという過酷な日々が続いた。馮さんは一秒一秒を耐え抜き、2年を乗り越えた。そして2001年10月28日、ようやく家に帰ることができた。
その後、警察は馮さんに3年間の労働教養処分を科した。生命の危機に瀕している状態で、彼女はフフホト市のトムジ女子労働教養所に送られた。しかし、労働教養所側は馮さんの健康状態があまりにも悪いことを理由に受け入れを拒否した。それでも赤峰市の警察は諦めず、関係者に働きかけ、あらゆる手段を講じて「必ず馮吉春を労働教養所に収容する」と言い張った。そして最終的に、労働教養所が提示した条件を受け入れることで、無理やり馮さんを収容させた。しかし、馮さんの体調が極めて悪かったため、収容から半月後に同所は彼女を家に帰すことを決めた。この際、赤峰市松山公安局の警察は家族に5000元(約10万円。当時では1人の年収相当額)を脅し取ったうえで、ようやく彼女を解放した。
再び7年の冤罪による投獄 九死に一生を得る
2008年2月26日、朝陽市公安局は携帯電話の監視を利用して馮さんを再び連行した。理由は、馮吉春さんが市民に新唐人テレビの受信機を設置したという。馮さんを連行する際、警察は彼女の家から師父の法像、書籍、MP4プレーヤー4台、携帯電話3台、コピー機1台、衛星受信機とその付属品を押収した。また、家にあった現金2000元とラジオ2台も警察に奪われた。馮さんは約4カ月間、不当に拘禁された後、2008年6月25日、いかなる法的根拠もないまま、7年の重刑を言い渡され、遼寧省女子刑務所に送られた。
馮さんが刑務所に送られた直後、個室に隔離され、45日間にわたって監禁された。刑務官は長時間にわたり馮さんに睡眠を許さず、囚人の姜黎文と尹桂香に命じて体罰を加えさせた。馮さんは頻繁に暴行され、罵声を浴びせられ、さまざまな手段で苦しめられ、法輪功を放棄するよう強要された。これにより、馮さんは精神的にも肉体的にも深刻なダメージを受けた。それでも彼女は屈せず、自分の良心に反する行為をすることはなかった。刑務所内で馮さんには人権がなく、警察は囚人たちに彼女を監視させ、本を読んで学ぶことや煉功(気功の動作)をすることを禁じた。それだけでなく、1日12時間にも及ぶ過酷な縫製作業を強要された。7年間の違法な拘禁生活で、馮さんが受けた苦しみは言葉では言い尽くせない。馮さんは、刑務所での苦痛、非情さ、そして手段を選ばない弾圧を体験し、中共の「転向」迫害の背後にある血塗られた残酷さをより一層深く見抜いた。
7年間にわたる非人道的な拷問と苦難は、馮さんにとって九死に一生の体験となった。一瞬一瞬を耐え抜き、彼女は7年を乗り越えた。そして2015年2月24日、迫害による刑期を満了し、ようやく家に戻ることができた。
しかし現在、真・善・忍の理念に従い善良な人間になるように実行したとして、馮さんは再び約半年間不当に拘禁され、その後、家族が知らないうちに再び1年6カ月の懲役刑を言い渡された。現在、馮さんの近況は依然として不明である。