自己満足に陥らない
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文/海外の大法弟子

 【明慧日本2025年3月14日】 明慧ネットの「善と悪の戦いにおけるもう一つの大きな試練」という記事を読んで、私はある問題に気づきました。邪悪は卑劣な手段を使って神韻と 師父を攻撃した時、国外での各プロジェクトに参加した多くの学習者は無関心でした。

 修煉者の中には、自分は大法のプロジェクトに参加したと思い込み、毎日大法の仕事をしたり課題をこなしたりして、満足している人もいます。彼らは、自分ほど生産的でも勤勉でもない人たちと自分を比べて、自分に満足しています。 

 大審判を前にした善と悪の戦いは、修煉の有無にかかわらず、すべての生命にとっての大きな試練です。しかし、特に修煉者にとっては、大法のプロジェクトに参加するかどうか、また修煉の状態がどうであろうと、私たちは大法と師父を擁護する心を持たなければなりません。私たちは正と邪の勝負において決して油断してはいけません。

 正念を発し、一念ごとに邪悪な迫害を否定し消滅させれば、大法弟子全体が強大な正の場を形成でき、これが根本です。もし私たちの精進不足により、この法難の後に多くの衆生が消滅したなら、私たちは何のために人を救うプロジェクトを行っているのでしょうか?

 善と悪の戦いは25年間続いています。特に最後の局面では、無関心や無感動、機械的に物事を進めてはいけません。これは誰かを非難する意図はなく、友好的な注意喚起です。

 【修煉者同士の理性的な交流は、一般的に、その修煉者がその時点で修煉を通して得た認識に基づいたものであり、善意を持って交流し、互いに向上することを目指すものです。】

 
翻訳原文(中国語):https://www.minghui.org/mh/articles/2024/12/25/486579.html
 
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