文/北京の大法弟子
【明慧日本2012年3月22日】私は1997年11月27日に幸いにも法を得ました。病気治療や健康保持ために法輪功を始めたのではなく、当然法輪功で病気が治ることも知りませんでした。
当時、我が家はマンションに引っ越すことになって、内装工事をしていました。27日に、娘は一冊の『転法輪』を持ってきたので、暇なとき無意識に開いてみると、第一講の中に「真・善・忍という特性は、宇宙の中の善悪を判断する基準です。」「人類の道徳水準は甚だしく低下しており、世の中の風紀は日増しに乱れ、人々は利益に目がくらみ、ちょっとした利益のために人を傷つけたり、奪い合ったりして、手段を選ばずにやっています」と説かれていました。
読んでいて、全身が震えました。この方はどちら様ですか、偉い方ですね。言っている話はなぜか、自分が探していたことのようです。なぜかというと、私が住んでいる村では当時、建物の取り壊しと立ち退きが行われ、人々はお金と不動産のため争い、家族も互いに傷つけあったり、裁判をしたりしていました。私の前の夫の家もその内の一つで、兄弟は争って裁判をしてしまい、互いに敵のようになって、これは一体何のためなのか? 私はどう考えても理解できませんでした。これでやっと答えを見つけて、その夜に煉功点へ行きました。それから私は大法を修煉する道を歩み始めました。
自ら大法の不思議さを体験した
その日煉功点へ行くとき、内装工事で体が汚れたので、頭を洗ってから行く事にしました。その日も風が強く、また寒かったし、頭に何も被らないで行きました。同修の家に着いたとき、「あれ、なぜか頭が痛くないなぁ」と思いました。以前なら頭が冷えたらすぐに偏頭痛になり、いつも母に針を頭に刺してもらい、少し血が出たら治るのですが、今日は不思議だと思いましたが、深く考えていませんでした。
3日目、17年来の血便が治りました。私は小柄ですが、4キロ過ぎの息子を産んだことで、血便が出始め、17年ずっと治りませんでした。病院へ行っても治りませんでした。しかし、まだこれは師父が体を浄化してくださったということを悟りませんでした。3カ月後、甥の息子を連れて市場へ行った時、孫が追いかけてくれと頼んできたので、私は走りました。しばらく走ると、私はそこに立ち止まって泣きました。私の左脚は手術した後不自由になり、もう6年も走るどころか、歩いても時には脚に力が入らなくなって地面に跪いてしまい、なかなか立てなくなることがありました。そこでやっと、師父が治してくださったと悟り、師父の偉大さと法輪功の不思議さが分かり、その時私は、必ずよく修煉していくと決意しました。
自らの経験で大法を実証する
煉功を始めてから一年くらいして、中共による大規模かつ邪悪な迫害が始まりました。私は警察署に連行され、手錠をかけられて約16時間木に縛られましたが、その間心の中でずっと、師父の経文『論語』を暗記し、怖くなく、誰を咎めることなく、その時これは自分への試練だと思いました。
2000年の旧正月の後、同僚が借りてきた自転車に乗って、私は同僚の甥をお見合いに連れて行きました。十字路を通る時、地面が凍結していて、甥に注意するよう言ったばかりの時、後ろから走ってきた車が私に衝突し、その勢いで私を交差点の端から端まで吹き飛ばしました。自転車も股下から飛んでいって、かごの中のりんごが散らかりました。私は地面に座って、頭をぶつけたと感じたので、手で拭いてみると血もないし、腫れているところもありませんでした。運転手とその家族が私を支え、私は立つことができました。私は「何もありません。行ってください。私は法輪功をやっているから、大丈夫です」と言いました。周りに集まってきた人はたくさんいて、一人のおじいさんは「大胆にも自分が法輪功だと言うのか、警察は毎日あなたたちを捕まえているよ」と言いました。私は「数日前、警察署から出たばかりです。あなたたちもこの事故を見たでしょう。これは奇跡ではないですか?」と言いました。そのおじいさんは「本当に奇跡だね。明日から私も法輪功をやります」と言いました。
運転手の家族は、「今日はいい人に会いました。このりんごはつぶれたから、もう一箱をあげましょうか、車にありますので」と言いましたが、私は断りました。しかし同僚の甥は、運転手の首の襟を掴んで賠償してほしいと要求しました。私は傷もないし、お金まで必要はないと言いながら彼を引き離しました。運転手は100元をくれたので、私はそれを同僚の甥に渡しました。自転車は彼のおばさん(私の同僚)から借りたもので、壊れてしまったので、このお金で修理してくださいと言いました。当時、師父が太原市で説法したとき、一人50代の学習者が車に引っ掛けて、そのまま十メートル以上引きずられた後、ぱっと路上に放り出され、怪我はなかったことを思い出しました。「物事の善し悪しは人間の一念によるものであり、その一念の違いによって異なる結果がもたらされることがある」(『転法輪』)しかも、師父は慈悲に「運転手がスピード違反をしたことは確かです。しかし、彼もわざと人にぶつけたわけではありません。彼は不注意で事故を起してしまったのではありませんか?」(『転法輪』)と説かれました。私をぶつけた運転手はわざとではないし、路面は雪溶け水が凍ってツルツルになっていたから、ブレーキもすぐに利かないので、私は師父がおっしゃったことをすべて信じます。
労働教養所に入れられた時、警官は師父が例をあげた車にぶつけたことが作り話だと誹謗して、「私の師父は嘘の話は言いません。私たちに真善忍に照らして良い人を目指すことを教えてくださって、決して人を騙すことはありません。その太原の学習者が車にぶつかったこと私は見ていませんが、しかし私が経験した車にぶつかったことは確かです。当時、回りを囲んでいたたくさんの人も大法の不思議さを見ました。同僚の甥も証人で、私にぶつけた運転手とその家族も証人です。私は当事者であり、奇跡が目の前で発生したので、誰がそれを否定できるでしょうか。一部の警官は邪党の弾圧政策に騙され、良心を隠して、道義を背くことをやっています。心は肉で作られたもので、私が大法から無限の益を受けたことを別にしても、同僚の甥も「この眼で大法の素晴らしさを確かめました。私はおばさんと一緒に、この迫害が過ぎて、師父が帰ってきて証明する日を待っています」と私に言いました。
この事は12年が経ちました、もっと早く書くべきだったのですが、いつも自分がまた修煉よくできておらず、あまり学校へ行ったこともないし、うまく書けないと恐れ、書く勇気も自信もありませんでした。先月、明慧ネットに掲載された『60歳のおばあさんが携帯を使って真相を伝える』を読んで、感激しました。自分も励まされ、やっと書き出しました。不適当なところや悟っていないところがあれば、慈悲なる指摘をお願いします。合掌。