山東省:恐喝未遂の警官 法輪功修煉者の妻も連行
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 【明慧日本2012年11月1日】山東省寿光市に住む法輪功修煉者・劉洪軍さんは無実の罪を着せられ、2011年に刑務所から出たばかりだが、今年9月6日、地元の国保大隊(国家安全保衛)の警官に再び連行され、留置場に拘禁された。その1カ月後、警官は劉さんの妻・傅淑媛さんに「一万元を支払えば、劉を釈放してやる」と恐喝した。傅さんは罪のない夫が不当に拘禁されているのに、お金を払う理由はないと思い、金銭の支払いを拒否した。

 しかし、先月9日、地元派出所の警官は劉さんの自宅に来て、傅さんに「一緒に留置場へ劉洪軍を迎えに行こう」と言った。そして、傅さんは警官とともに留置場に到着したが、そのまま留置場に拘禁された。

 劉さん一家は寿光市城里村に在住。劉さんは温厚な農民で、一家7人とも法輪功を学んでいる。以前は、夜になると一家は一緒に法輪功の書籍を読み、とても幸せな時間を過していたが、1999年7.20、中共(中国共産党)当局が法輪功への弾圧を開始してから、劉さん一家は連行、拘禁、拷問、家宅捜索、恐喝などの迫害を加えられた。1999年~2001年の2年間、農家で収入が少ない劉さん一家は31100元も脅し取られた。

 1999年7月20日、劉さんは自分の家の果樹園で仕事中に寿光鎮の政府役人と地元派出所の警官に連行され、28時間拘留された。その2日後、劉さんは東関村村委員会に7日間拘禁された。劉さんが拘禁されている間、寿光鎮の政府役人は劉さんの自宅の家宅捜索を行い、法輪功の関連書籍や法輪功創始者の写真などを没収し、妻の傅さんを連行し、法輪功に対する誹謗中傷のビデオを強制的に見せた。

 1999年10月末、政府役人は劉さんから100元をゆすり取り、11月に劉さんを鎮委員会に拘禁した。拘禁中、劉さんは法輪功の功法を練習したため、殴打、悪罵された。同時に、傅さんも鎮委員会の2階に拘禁され、17500元をゆすり取られた。

 2000年6月、劉さん夫婦と父親3人は、法輪功への迫害停止を求めて北京へ行ったが、北京で連行された。劉さんは北京で5日間拘禁され、2500元をゆすり取られた後、地元の寿光市留置場に移送され、1カ月間拘禁された。父親と傅さんは地元に送還され、傅さんは28日間刑事拘留され、4000元の罰金を支払わされた。

 その後、劉さん夫婦は再び連行され、鎮委員会の1階の別々の部屋に拘禁され、拷問を受けた。劉さんは拷問から逃れるため、部屋の窓から外へ出られたが、2年間の放浪生活を余儀なくされた。

 劉さんの脱走で鎮の政府役人が激怒し、傅さんに対して激しい拷問を加えた。彼らは傅さんをひどく殴打し、ビール瓶を傅さんの足に強く押さえつけ、傅さんの全身に皮下出血を引き起こした。50日後、傅さんは7000元をゆすり取られて帰宅させられたが、2000年末、傅さんは再び連行され、殴打されて帰宅させられた。繰り返しの迫害から逃れるため、傅さんは1年間、放浪生活を余儀なくされた。

 2002年、傅さんは警官に連行され、2年の労働教養処分を科された。同年、劉さんも連行され、重い実行判決を下され、済南市第一刑務所に収容された。

 そして、劉さんの家に80歳過ぎの父親と4人の未成年の子供しかおらず、高齢の父親は一人で孫4人の世話をしていたが、いつも息子のことが心配で、疲労に加え、体を壊してしまい、2007年に無念の思いを抱いたまま亡くなった。

 2008年6月、国保大隊の警官は、劉さんの自宅に押し入り、家宅捜索した後、傅さんの娘を連行し、娘に対して自白強要の拷問を行った。その後、2人は1年の労働教養処分を言い渡され、王村労働教養所に収容された。1年後、娘が教養所から出たが、当局の暴力を恐れ、ほかの地方へ出稼ぎに行き、家に帰れなくなったという。

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2012/10/27/264544.html)
 
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