明慧法会|師と法を堅く信じて衆生を救い、大法が奇跡を現す
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文/中国の大法弟子 心清

 【明慧日本2013年3月19日】人生は何の意味があるのか、人はどうして生きているのか、人生の終着点はどこにあるのかなど、幼少からよく本を読み考えていた私は、これらの問題についてどんなに考えてもわかりませんでした。数十年探して、病気にまとわりつかれ、人生に対して望みを失った絶望の状況の下で、1998年6月、私は生命の重大な転換点を迎えました。

 偶然の機会に、私は貴重な本『転法輪』を手に入れて開けて見ると、全身が震えました。「師父! これはまさに私が探していたものでした」私は本をささげ持ち、もう下ろしたくなく、むさぼるように『転法輪』を一通り読み終えると、人生の真の意味が分かったような気がして、期待がふくらみました。それから私は法輪大法を修煉し始めました。毎日仕事と家事以外にひたすら法を学ぶので、法を学ぶとひとかたまりのエネルギーに包まれているのを感じて、とても心地良かったです。『転法輪』のページはすべて銀白色で明るく、読めば読むほど頭がはっきりするだけでなく、体も軽くて心地良いのです。本の中で佛、道、神のことに言及したとき、私がためらうように考えていたところ、十代の息子がドアを押して入ってきて、私にこう言いました。「お母さん、佛、道、神は本当に存在しているんだよ。僕は見たことがあるんだ。天門が大きく開いて、天上の仙人はとてもとても大きくて、手に持っている笏(訳者注:細長い板)はすべて何丈もの長さなのを見たんだ」その時、彼は私が何を思っていることをどうして知っていたのか驚きましたが、後になって分かりました。それは慈悲なる師父が悟らせたのです。ある日の夜、私が眠るときに、夜中に黒い山が私の体をおさえて来たのを感じ、私は息が苦しくなって、全力で師父を呼んだのです。するとその黒い山は瞬時に飛び去って、私は全身が楽になり、すぐに3列に並んだ佛、道、神を見たのです、あのような荘厳さはとても言葉で表しがたいものでした。

 法を得る前、家族は共産党から政治上、経済上の迫害を受けたため、精神は重苦しく、体は衰弱して色々な病気を患いました。頸椎と尾骨の骨増殖症、脳貧血による経常性頭痛、神経衰弱、胃病、肝炎、リューマチ性関節炎、右側O型腿、視力、聴力、記憶力はきわめて悪く、顔面神経麻痺の後遺症もありました。法輪大法を修煉して2週間後には、以前は前へ進むのも難しかったのですが、修煉してから歩いたり階段を登るのは誰かに押されているかのように全身が軽やかになって、右のO型腿もまっすぐになりました、5カ月後、以前に患っていた各種の疾病はすべてなくなりました。全身が軽やかになり、昇華が得られた喜びは枯れ木に花が咲くようでした。法輪佛法と慈悲で偉大な師父が私に新しい生命をくださったのです。私は毎日の仕事のあと、集団学法に参加して、もっと多くの縁がある人に法を得させるため、土曜日と日曜日に街頭や地方へ行って法を広げ、世間の人に大法のすばらしさを伝えました。

 1999年7月20日に、中国共産党は大法への迫害を始めました。師父は冤罪を着せられ、大法は災難に遭い、弟子たちは迫害を被りました。私はテレビの中で大法がデマを飛ばされ陥れられるのを見て、心の奥から堅い一念を発しました。「こんなに良い法だから、私はかならず最後まで修煉を続けます。何ものも私を動揺させることはできません」私は巨大な圧力に向き合い、大法書籍の提出を拒み、煉功をやめる話も拒んで書かず、私を説教する主要な幹部達に大法のすばらしさを話しました。当日の夜、12時半頃、私が眠りについたところ、突然身体全体が銀白色の巨大なエネルギーに包まれて全身がとても心地良く感じました。その時に、私の頭ははっきりしていて、このような非常に不思議な体験に驚きました。しばらくして、私が寝返りしても、依然として巨大なエネルギーに包まれて、私は師父が弟子の身体を浄化しておられるのが分かりました。このような状態の中で私は眠りました。翌日起きたら、私は全身が浮いているように軽く感じるばかりではなく、視力が完全に正常に回復していたのです。身体は健康な少女時代に戻されたと感じ、私は家の中を跳んだりして、その喜ぶ気持ちは家族の全員に及びました。私は毎日家で法を学び、煉功を堅持して、少しも怠けません。私は法のためにやってきた生命なので、私は絶対に大法を守ります。私はある同修と一緒に本屋へ行って、倉庫にある20数冊の『転法輪』をすべて購入して細心を払い保管しました。

 真相を伝え、衆生を救う

 真相を伝え、衆生を救うのは大法弟子の責任と使命です。私は病院の上司、同僚あるいは患者に法輪大法のすばらしさを伝えたり、自分が受益した実例を彼(彼女)らに話したりして、多くの同僚達に大法の真相を分からせました。上が強制的に段取りした、いわゆる摘発批判会が行われましたが、多くの人はひと言も言わずに、1人だけ発言し、もう1人がその人に同調しましたが、会議はいい加減に終わり、衆生が大法に対して罪を犯すことを免れました。2003年、共産党に迫害されたある冬の日の午前に、同じ事務所にいる何人かの同僚が私と一緒に通りに面している外来診察室で法輪功の第一式をやりました。みんなは巨大なエネルギー場を感じ、あたたかく感じました。数人の同僚に『転法輪』を見せたので、真相が分かった同僚は多くは公的な場で、法輪功は素晴らしい、法輪功を修煉する人はみないい人だと言い、それから同僚の中で2人が大法修煉の道を歩み始めました。

 『共産党についての九つの論評』(『九評』)が出た後に、真相を伝え、「三退」を勧めました。私は謹んで師父の教戒を覚えています。「真相をはっきり伝え鬼を追い払う、九評を広く広め邪党から脱退する、正念は世の中の人を救い済度する、嘘をばらして心の鎖を解く、しかし、信じなければ良知が呼び戻せない」(『洪吟三』「済世」)私の部門にいる多くの人に私は真相を伝えたので、皆が「三退」しました。上司や、有名な大学で勉強するその人たちの息子(娘)たちや、部隊から転職した幹部に「三退」の手続きをしました。

 私は自発的に友人と昔の学友の家を訪問し、真相を伝え、三退を勧めました。その中には区委員会書記、人民代表大会の副主任、紀律検査委員会の副書記、局長、病院の院長、病院の党書記、会社のトップ、企業家、教授などがいて、彼らは真相が分かった後、多くの人が共産党の党、青年団、少先隊の組織から脱退しました。ある真相が分かった人は奥様を連れて、すばらしい未来を選んで、新生を獲得したいと言って私に「三退」させるように要求してきました。師父はこのように言われました。「理智をもって法を実証し、智慧をもって真相をはっきりと伝え、慈悲をもって法を広めて世人を救い済度する、これはすなわち、覚者の威徳を築きあげているのです」(『精進要旨二』「理性」)。 真相を伝えるときに、師父は私の知恵を開かせ、話したい内容は絶えず出てくるのです。慈悲に加持してくださった師父に感謝致します。

 私と同修は毎週外に出て見知らぬ人に対面しながら真相を伝えるのですが、私達はすべて心を動かさずに、縁のある真相を聞く人たちに正念と慈悲で対応しました。

 公共バスのプラットホームで、女子大生に真相を話し脱退した後に、彼女はこう言いました。「私の学校にまだたくさん真相を知らない学友がいますので、あなた達はすぐに彼(彼女)達を救いに行きましょう!」

 ある日、スーパーマーケットの入り口で、70歳ぐらいの朝鮮戦争に参加した老人に真相を伝えました。共産党の腐敗を話したときに、彼は同感だと言って、「三退」にまで話が及んだ時に、彼はこう言いました。「私はイエスの神の加護があるから、脱退しません」私達は心を動じず、彼を救わなければならないと心の中で考えて落ち着いて続けてこう話しました。「あなたが正法門を信じているのはわかります、キリスト教は300年間迫害されてきましたが、キリストの弟子は依然として自分の信条を堅持し、なかなかできないことです。しかし、あなた達の主は今もっと大きい神が世間で法を広げ人を済度することを知っているので、彼は彼の弟子が大法の福音を耳にすることを望んでいるはずです、救ってくれるのは大法しかないから、彼はあなたが今日真相が分かり、三退したのを知っていれば、あなた達のために喜ばれると思います。『三退』しましょう!」と言うと、老人ははっと悟ったようにこう言いました。「そういう事なのですね。私は脱退しましょう、ありがとうございます!」また一つの生命が助かりました、彼は私達が立ち去るのを見送りました。

 飛行機の中で隣席の乗客に真相を伝え、タクシーやバスで運転手に真相を説明します。大学生、小学生、学校で孫を迎える年配の女性の方に真相を説明します。彼(彼女)達はみんな大法の真相を知り、三退して救われました。「修は己にありて、功は師にあり」(『転法輪』)と師父は『転法輪』で私たちに教えてくださいました。この一人、一人の生命が救われたのは、実にみんな師父が手配された、師父の順序よい按排にすぎません。真相を伝える中で時々に出て来た様々な人心をたくさん取り除き、心性が向上し、法の中で次元が昇華しました、すべてが法の威力によるもので、師父に感謝いたします。

 より多くの縁のある人たちを済度し、自分の誓約を履行し、師父の求めることを園容するために、私は真相の手紙を書くブロジェクトを始めました。真相の手紙を書くことも、人心を修め、邪悪の邪魔を排除し、心性を高める過程でもあります。「皆さんの衆生を救い済度し、皆さんの先史の洪大な願いを完成させ、自分たちの誓約を果たしましょう」(『挨拶』)と師父はおっしゃいました。氏名、住所、郵便番号、異なる業界と地域など、各方面の通信情報を大量に集めることから取り掛かりました、人によって異なる適切な真相の内容を選び、週に20通ほどから週に50通ほどに増え、ほぼ途切れることなく、縁のある人たちの手元に真相手紙を届けました。現在では多くの同修がこのブロジェクトに参加し、積極的に真相の手紙を送っています、これによって、もっと多くの同修たちが外に出てきて、法を実証し、衆生を済度することが進められました。

 師を信じ法を信じて、奇跡が現れる

 2006年真夏、故郷からある新しい同修がやって来ました、彼女は白血病にかかっており、法を得て数カ月でまた半身不随になってしまいました、甲同修と略称します。彼女の夫と親戚の同行の下で、私が住んでいる町へ私を探してきて、病院に行くか行かないかで戸惑っていました。この新しい同修は60歳で、消業の現れは顔面神経麻痺で、はっきりしゃべることができず、歩くと傾いてしまい、右手と右足が硬直して、手は箸を使うことができず、生活は要介護です。彼女は「私はこのようになってしまった」と私の家に入ると同時にこう言いました、甲同修の状態を見て、師父の法を思い出しました、「大法弟子は私の弟子であり、誰も私の弟子にかまう資格はないからです」(『アジア太平洋地区学習者学習者会議での説法』)私は真剣に彼女に聞きました。「あなたは本当に修煉しますか、それとも病院に行くつもりですか」甲さんは「私は本当に修煉します」と答えました。真に修煉すれば師父は見ておられるはずなので、つまり業を滅しており、病気ではないと私は悟りました。私は彼女にこう言いました。「本当に修煉するなら、私の家に残り、ほかの人は帰ってください」。同修の夫は重荷を下ろしたように去って行きました。

 私は甲さんと毎朝五式の功を煉功するのですが、彼女は手足が不自由で、煉功するのもなかなか大変です。私は彼女の傍で師父の法を読んであげました。「忍び難きは忍びうる。行ない難きも行ないうる」(『転法輪』)彼女は怠けることなくずっと煉功を頑張りました。1日目、私たちは一緒に学法しました。彼女は顔面麻痺で口が歪んでおり、1人で読めなかったので、私が『「転法輪』を読み、彼女は聞いていました。2日目の学法で、彼女は自ら法を読み、まだ言葉がはっきりしないのですが、頑張って読み続け、約20ページの『転法輪』を勉強し、身体の状況が少し良くなりました、真夏なので、私はお風呂に入ることを手伝いました、洗濯もしてあげ、おいしい料理も作りました。3日目、甲さんは『転法輪』の一講を読み終えることができ、顔面麻痺も回復し始めました。4日目に『転法輪』を勉強するほかに、師父の『精進要旨』も勉強しました、私は毎日彼女と法の上で交流しました。4日目も5日目も家から電話で状況を尋ねて来ました。家族はみんな心配で焦っていました。「私の言葉は毎日変わるぐらいかなりきれいになったよ、日に日に良くなっているの」と甲さんは電話で大きい声で答えました。親戚たちの師父と大法に対する感謝は言葉で表現できません。彼らは大法弟子の無私の手伝いに対し、「ありがとう」と何度も繰り返しました。6日目、甲さんは硬直した腕を高く上げることができました、歩くのも正常に近い状況になりました。7日目、甲さんの顔面麻痺が完全に治り、歩くのも正常に戻りました、「私の身体は完全に治りました、私は帰ります」と彼女は感動しながら私に言いました。彼女は師父の法像の前に土下座して、涙を流しました。「師父が助けてくださった恩に感謝します。私は絶対に大法修煉を続け、本当の真修弟子になります」と私の手を握って、「ありがとう、ありがとう」と言ってくれました。「弟子の正念足りれば師に回天の力有り」(『洪吟二』「師徒の恩」)と師父はおっしゃいしました。甲さんの身体に大法の不思議さと超常性が反映されました。

 第9回中国大陸大法弟子のネット上における心得交流会の締め切りが迫り、自分に対する法の要求からはまだ程遠いと私は深く感じました。まだ取り除いていない人心がたくさんあります。14年も修煉してきましたが、いくら足りなくても、私はこの文章を出そうと思いました。私はこの永久に得難い神聖な縁を大事にし、人心を修め、法の中で正し、勇猛邁進し、円満成就して師について戻ります。

 尊師、有難うございました

 合掌

(明慧ネット第9回中国大陸大法弟子修煉心得交流会)

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2012/11/29/265891.html)
 
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