文/ミシガン州の大法弟子
【明慧日本2015年8月18日】昨年の法会でも交流文を書きました。今年はもう書かなくてもいいと思い、この交流文を書こうとしてもなかなか書けませんでした。しかし、1年という時間は短いようで長いのです。その1年間の修煉の過程で、必ず書ける新しい出来事があります。しかも、毎回交流文を書き出すと、その過程と完成後にいつも思いもよらぬ収穫と喜びがあります。そのため私の修煉は、いつも他人に動かされて進んでいるのではないかと考えました。他人に動かされてやっと動き出すような修煉はとても遅いものです。そこで今まで以上に修煉について考えました。修煉を始めたばかりの頃のわずかな認識と、修煉を重ねる過程で形成したその次元での認識が、私の修煉を阻んでいるのではないか。振り返ってみればその中の多くは観念でした。ほかの不純な要素もあったので、それらに従ってしまったにもかかわらず、それを知らずにいたと気が付きました。
アメリカに来てからの4年間
アメリカに来てからの4年間を振り返ってみると、修煉が緩んだために向上がありませんでした。表面上は修煉しているように見えていても、表面的な形式にしかすぎません。例えば、交流の時はプロジェクトのためではなく、一生懸命法理から行動の根拠を探し、自分の認識を、実証しようとしていました。またプロジェクトを行うときも、心の底から人を救い済度することができず、いつも自分に「人を救い済度する」と言い聞かせており、まるで「人を救い済度する」という衣を着ているようでした。
アメリカに来た当初、生活環境や、人々、修煉環境などすべてが新鮮でした。また時々師父とお会いすることができて、とても感激しました。生活に希望が溢れ、一筋に法を正す環境に飛び込もうとしました。しかし、外の要素は内心を変えることができません。時間が経つにつれて環境への新鮮さがなくなりました。新しい仕事もだんだん単純作業の繰り返しになりました。一種の退屈さと寂しさに強烈におそわれ、心身ともに疲れ、次第に修煉も緩んでしまいました。煉功が少なくなり、『轉法輪』を勉強しても、新しい認識がありません。各地での説法を勉強しても、そのときは分かりますが、学法が終わるとすぐに忘れてしまいます。私はつまらなくなって修煉を続けるために常人のものに刺激を求めるようになりました。
例えば、私は車が好きです。マスコミでセールスをするのに便利だと自動車の研究を始めました。私はこの車が好き、あの車は好きではないなどと考えていました。私の専門は建築設計で、これに執着していましたが、アメリカに来てからは諦めました。しかし、時には生活が厳しいので、何か建築設計の仕事があればいいと思うことがありました。私はこの心に気がつきました。しかし、放棄したくない私がいました。ついに私の考えがその心に従って動いてしまい、人心を助長しました。修煉者らしくない私をみて、私の本質は本当に修煉者なのかと考えました。よく考えてみれば、師父は私を地獄から救いあげて浄化してくださいました。そのうえ修煉の環境までのすべてを按排してくださったので、本質は修煉者には間違いありません。しかしこの空間において、私の主意識がしっかりと制御できず、執着と真の私を区別できていませんでした。
修煉は流れに逆らって舟を進めるようなもので、上流へ進むことができなければ、落ちていきます。私はこれらを書き出して暴露し、これらの執着を取り除こうと決心しました。
自分の執着に騙されないように
修煉してから、名利情のうち生活がかかっているために、利益を重んじる心を放下していませんでした。情も一気には取り除くことはできいので、ゆっくり放下することにしました。しかし、名への執着は最初から簡単に放下できたと思いました。元々内向きな性格なので、自分を言いふらしたくありません。修煉してからは、大学時代に得た賞を人に譲ったり、会社では人と地位を争ったりもしていません。人を助けても報いを求めず、名乗りませんでした。名を争う行為自体がとても嫌いでしたので、ずっとこの面の試練がありませんでした。私には名に執着する心がないとだんだん認識しました。しかし、ある出来事をきっかけに自分の認識を変えました。
昨年、私は当地の神韻チラシの修正の仕事の担当になりました。本来は2人で担当する仕事だったのですが、時間と分業などの関係で、最終的に私に任されました。ほかの町からも新聞や雑誌、ネット広告などの設計の仕事も頼まれました。私はその仕事をする間、徹夜し、セールスをする合間の時間を利用して、すべてを完成しました。時間が厳しいにもかかわらず、完成できて喜びました。またずっとミスをしていなかったのを、すごいと思いました。よくない考えが更に続きました。数年前からこのソフトを勉強し、この仕事を始めたばかりなのに、ここまでできて、おまけにこの仕事が出来る人は数人しかいないと考えました。当時はこの人心は今話したほど鮮明ではないのですが、時々現れてきて、ゆっくりと心の中で大きくなりました。
次に神韻のプログラムの仕事が始まりました。すでにあるものの日付と場所を変えるだけです。しかも、何回もやりましたので、とても簡単でした。細心の注意を払いながら終わらせました。しかし、問題が現れました。神韻の公演が始まってから、ある同修がみんなのメール宛に、プログラムの表紙と次のページのFebruaryの「r」と「u」が反対になっていると指摘しました。しかも昨年も間違って、今年もまた間違っていると指摘しました。自分が厳重なミスを犯したと気付きました。
もしほかの仕事でのミスならまだしもですが、神韻にかかわる部分にミスをしてしまうのは、最も大事なところでミスをしたことになりますので、気持ちはとても重くなりました。
あまりにも大きな責任を感じて、「一昨年は私が作ったのではない。私はただコピーして使っただけだ」と言いわけしようと思いました。しかし、修煉者として責任を逃れることはできません。一体なぜ重要なところでこのようなミスをしたのか。妨害なのか。妨害だけでこのことを片付けることができるのでしょうか。いろいろ考えました。このミスで修煉していない人に私たちが専門家ではないという印象を与え、神韻に損失をもたらしてしまうかもしれないのです。それより自分が一番気になったのは、メールグループにミスを知られたことでした。今まで築いてきた、よく行っているという印象を壊し、みんなの前で正々堂々と頭を上げることができなくなり、来年この仕事をやらせてもらえなくなるかもしれないと考え、私のことばかりを気にしていました。
何より重要な神韻より、自分を気にしていた自分を見つめました。これは大きな名のための人心ではないかと気づきました。もし神韻でなかったら、まだいろんな口実でこの人心を逃したかもしれません。メンツを重視する心がすなわち名のためであるとは考えもしないでしょう。自分の内向きな性格は、実は顕示したくないだけで、名のための心がないとは限りません。性格の関係で名のための心がないという仮相を形成し、本当の心を隠し続けて、自分でも認識できていませんでした。
再度私が犯した「February」を「Feburary」と書き間違ったミスを見て見ました。「u」を「r」の前に持ってきました。「u」だと「you」の省略としてよく使っているのではないでしょうか。つまりこの「you」は私のことを言っており、私を第一義にしているという意味です。自分に執着し、自分のメンツを重視して、即ち「名」に執着しているというお告げでした。
師父はこのミスを利用して、私の執着を暴露しておられるということが分かり、心が少し楽になりました。しかし、損失も大きいので、これからは必ず真面目に行なおうと決心しました。
それからずっとこのことを地区の学法グループで話そうと思いました。しかし神韻が終わった直後の学法に参加しなかったので、同修たちもこのことを話す機会がなかったかもしれず、または許してくれたか、自分が認識できたからか、このことで私を指摘する同修は1人もいませんでした。しかし、ここで自分が犯したこのミスを話し、私がうっかりしたこと、執着によってミスに至ったことを謝りたいと思います。申し訳ありませんでした。
修煉は少しずつの積み重ねにより歩むものです。思い出せないことも多く、骨身に刻みつけることもたくさんありました。しかし、何を行なっても自分の念をしっかり管理し、修煉者として守っていくべきです。
(2015年米国中部法会での原稿)
(English: http://en.minghui.org/html/articles/2015/8/16/152090.html)