文/山東省の大法弟子
【明慧日本2015年8月31日】私たち夫婦は1998年7月に法輪大法の修煉を始めました。私たち2人の大法への信奉は磐石のごとく強固です。師父の慈悲なるご加護の下、私たちは着実に一歩一歩今日まで歩んできました。中国共産党による何回かの労働教養や強制連行にも、私たちの心は動じることはありませんでした。私は4年の不当労働教養の判決を受けましたが、師父のご加護の下、4カ月で出所しました。修煉してこれまでの十数年間、大法の奇跡や素晴らしさを度々目撃し体験しました。次に私が体験したいくつかの不思議な例を述べてみたいと思います。
骨折部の金属プレートが消えた
2008年4月、夫は自転車に乗って資料を同修に届けに行く途中、猛スピードで走ってきた大型バイクに跳ねられて転倒、頭を打ち負傷し、肘は粉砕骨折しました。夫は事故を起こした若い男性に「君もわざとぶつけたのではない。今後はゆっくり走りなさい」と責めることなく、そのまま行かせました。その時、夫の肘は力なく垂れ下がっていましたが、痛みはありませんでした。後に手術をして、15センチぐらいの金属プレートと9本のネジで骨折部位を固定しました。
2年後のある日、夫は偶然金属プレートがなくなっているのに気付きました。ふだんは手でとてもはっきりとプレートに触れ、つかむことができたのです。家族はまだあまり信じていません。病院でX線写真を撮ってみると、金属プレートとネジは確かにありませんでした。もしも、これが身内で起きたことでなかったならば、この奇跡を誰も信じなかったでしょう。家族全員が目撃しました。
正念の威力と人心との差
2011年10月、突然夫に病業が現れ、食べることができず、横にもなれず、呼吸は苦しく、骨と皮ばかりにやせこけて、とても耐えられない状態になりました。病院に行き、気管支鏡検査で組織を採取し検査の結果、リンパの癌でした。何日間か薬を飲んだ後のある晩、夫は「修煉者、つまり将来の神に病気があるだろうか? すべて虚像だ。明日家に帰る!」と強固な正念をもって言いました。その時、私は正念がなく、何も言いませんでしたが、心では「あなたの心性では家に帰って本当に大丈夫でしょうか」と心配しました。
それから私たち2人はドアを閉めて煉功を始めました。煉功して腹前抱輪の時、夫は無意識に私を見て驚きました。「どうしたの、どうしてそんなに背が低くなったの?」と言いました。私が目を開けて夫を見ると、夫は背がとても高くなっていました。しばらく経って、夫はまた心配そうに私を見ながら「何で突然小さくなったの?」と言いました。私の身長は160センチですが、しかし、その時は自分が非常に小さくて、1メートルの高さもないと感じました。
実は私はこのように感じたことはすでに何回かありました。息子とのトラブルで関を乗り越えられなかったとき、煉功していると小さくなりました。これは正念の威力と人心との格差がはっきり現れたのであり、私の修煉が不足していることが分かりました。
翌日の朝、師父に線香を上げ、私は後悔して泣きながら、「師父、私は昨日、どうして正念が全くなかったのでしょうか? 」と訴えました。その時、ある声が聞こえてきました。「昨日良くできなければ、今日良く行えばいいのです」。まさにそうですね、私は今日しっかり行えばいいのです。
師父のお教えに感謝いたします。