河南省淮陽市の鄭現金さん 迫害死する
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 【明慧日本2019年10月17日】河南省淮陽市(わいよう-し)法輪功学習者・鄭現金さんは2019年8月11日、中国共産党当局の残酷な迫害により死亡した。享年57歳であった。鄭さんと共に法輪功を学んでいた妻の王好梅さんは、鄭さんが亡くなったときも、刑務所に拘禁されたままだった。

 鄭さんは河南省淮陽市魯台鎮の出身で、かつて事業が成功し、河南省でも有名な商人であった。鄭さんは法輪功を学んだ後、心身ともに受益し、多くの悪い習慣を全て捨て、真・善・忍に従って自分を律した。

 1999年7.20、中国共産党が法輪功への弾圧を開始した。20年来、鄭さん夫婦は法輪功への信仰を堅持し続けたため、当局に連行されて拘禁され、労働教養処分を受け、実刑判決を受けてひどい迫害を加えられた。

 夫婦ともに連行され、その大きなショックを受けた母親が死亡

 2001年4月、魯台鎮派出所の警官・王世民は7、8人の警官らを率いて、鄭さんの自宅に突然不当に侵入し、家宅捜索をした。しかし家宅捜索の結果、何のいわゆる罪になる「証拠」がないまま、警官は鄭さん夫婦を淮陽公安局に連行した。公安局で鄭さん夫婦は尋問を受けた後、留置場に拘束された。

 鄭さん夫婦が共に連行されたため、未成年の子供3人が家に残され、家庭の経済状況は貧困に陥り、子供たちの学費も支払えず、次女はやむを得ず退学するしかなかった。

 王さんの母親は娘夫婦が連行されたことに大きなショックを受け、その後、母親の病状が次第に重くなった。余命が少ないと判断した家族が娘の顔を見ると母親が慰められると思い、県の公安局の国内安全保衛部門(法輪功迫害の実行機関)に行き、王さんの解放を求めたが、警官に無視された。結局、母親は2001年10月6日(旧暦)に亡くなった。

 そして、家族は再び、公安局に行き、母親の葬式に参列できるように、王さんの1日だけの帰宅を要求した。しかし、公安局の副政委・任偉にきっぱりと断られた。その後、警官らは鄭さん夫婦からそれぞれ500元(およそ7600円)を強請り取り、王さんを8カ月間、鄭さんを7カ月間拘禁した後に解放した。

 夫婦は前後して 労働教養処分を受ける

 2002年春、鄭さんは社旗県朱集鎮に行くバスの中で、人々に法輪功の真相を伝えた。しかし、それを朱集鎮派出所の所長の妻に通報され、派出所と公安局の警官らによって県の派出所に連行された。留置場で鄭さんは迫害に抗議するため断食した。その後、4カ月間拘禁され、鄭さんは警官に500元を強請り取られ、解放された。

 2003年2月7日(旧暦)、魯台鎮派出所の警官・王世民、国内安全保衛部門の警官・王全棟は警官ら5、6人を連れて、鄭さんの自宅に行き、家宅捜索を行ない、鄭さんを拘留所に連行した。その後、2年の労働教養処分を下し、許昌市の労働教養所に送り込んだ。

 2004年2月20日、警官・王世民など、7、8人の警官らは再々、鄭さんの家に不当に侵入し、家宅捜索を行なった。その際に、警官は鄭さんの妻・王さんに法輪功創始者を罵るよう強要した。警官の言うことに従わなかった王さんは留置場に連行されたが、断食をして迫害に抗議した。その後、警官らは家族から1000元を強請り取って、王さんを解放した。

 2005年6月18日、警官は「本案件を調べる」という口実で王さんを留置場に連行した。これらの不当な拘禁に対して、王さんは断食をして抗議し、2週間後に解放された。

 2006年3月7日(旧暦)、魯台鎮派出所の警官ら7、8人は夜中の12時に、鄭さんの家に不当に侵入し、家宅捜索をした。警官らは法輪功の小冊子6冊、『轉法輪』1冊を押収して、王さんを淮陽留置場に連行した。留置場で王さんはまた断食をしてひどい迫害に抗議して、危篤状態になったが、それにも関わらず、労働教養処分1年3カ月を下された。

 地方で連行された鄭さんは懲役8年の判決を宣告される

 2008年5月5日、鄭さんは河南省周口市で買い物をしていたとき、同市閘北公安分局の警官に身分証明書を検査するという口実で、連行された。

 翌日の夜の10時過ぎ頃、警官は壁を乗り越えて何の証明書も提示しないまま、鄭さん夫婦が項城で借りていた家を家宅捜索し、いろいろな私財を押収した。鄭さんの長女は警官に「あなた達は誰ですか? なぜ、勝手に家を捜索するのですか」と問い詰めた。そのため、警官は警察証明書を提示したが、質疑されたことを怒り、鄭さんの子供3人(娘2人と息子1人)を殴った。

 警官らはまた、2階、3階に住んでいる人の家のドアを破って侵入し、家宅捜索をした。

 その後、鄭さんは淮陽市610弁公室と国内安全部門の警官らによって、周口市から淮陽市に送還され、6カ月間留置場に拘禁された後、懲役8年の実刑判決を宣告された。そして、2008年10月23日、河南省新密刑務所に収容された。

 夫婦ともに懲役5年の判決を受ける

 2016年7月、鄭さん夫婦は5回目の連行をされ、共に5年の実刑判決を受け、鄭さんは新密刑務所に、王さんは新郷刑務所に収容された。

 新密刑務所のひどい迫害より、鄭さんはご飯が食べられなくなり、チューブで胃に流動食を流し入れるために、気管切開を受けた。気管切開された後、鄭さんは喉頭ガンになってしまい、ガン治療のために仮釈放された。子供たちは鄭さんを鄭州の病院で治療させ、また鄭州大学付属第一病院に転院し、1週間の検査を終えたが、治療費が3万元(およそ45万9000円)もかかった。しかしその後、医者には帰宅して、自宅で従来からの伝統なやり方で治療をするように勧められた。

 娘は結婚して小さい子供がいるため、父親の看病があまり出来ず、妻の王さんは刑務所に拘禁されているため、鄭さんの世話をする人がいなかった。そして、鄭さんは2019年8月11日、冤罪が晴れないまま、この世を去った。

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2019/10/11/394452.html)
 
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