シンガポール英文大紀元の仕事に携わる中での修煉体験
■ 印刷版
 

 【明慧日本2020年6月18日】

 修煉を始めた経緯

 初めて法輪大法に出会ったのは1998年です。1998年、師父はシンガポールに来られて説法をされました。私の両親は幸運にも法会に参加して、それから修煉を始めたのです。両親は私のために法会の入場券も取得したのですが、どうせ何かの気功の講座だろう、今まで両親について聞いた講座と比べて特別に良いこともないだろうと思って、私は同行しませんでした。今思うと、本当にとても惜しい機会でした。

 両親は修煉を始めてから、私、姉、妹にも功法を教えました。師父の説法ビデオを聞いて、とても良い内容だと思いましたが、その時、修煉とはまだ何か分からず、法輪功は病気を取り除いて健康を保つ気功だと見なしていました。その時、私は14歳で勉強が忙しく、たまに朝、両親について煉功をしましたが、学法の重要さも分かりませんでした。両親が買ってくれた『轉法輪』をずっと本棚に置いて、読んだこともありませんでした。

 2004年、私は兵役生活を始めました。幸運にも、私はデザイン関係の部署に配属され仕事はとても楽でした。炎天下で訓練を受ける必要がなく、兵営に住む必要もなくて、家に帰ったらたっぷり休めます。その間に、私は『轉法輪』を読んで、本格的に修煉を始めました。

 英文大紀元に参加

 2016年、私は改めて英文大紀元に参加しました(以前、しばらく英文大紀元に所属した時期がある)。英文の大紀元新聞を手に取って、そのデザインの美しさに驚き、それまで印象に残っていた英文大紀元のイメ―ジと全く変わっていました。2016年の時、あるベトナム出身の学習者がデザインを担当しており、常人の会社で専門知識と経験を身につけていた彼のデザインはとても優れていました。

 私は主に撮影、録画、広告デザインを担当しました。毎週の木曜日に皆で集まって学法して、次号のテーマと素材について打ち合わせをします。しかし、ほどなくしてそのベトナム人同修が突然辞職しました。そこで、私達3人が紙面レイアウトとデザインを担当するようになりました。

 私は、以前美術デザインを学んだことがありますが、あまり自信がなくベトナム人同修のレベルに達していないことを心配しました。また、編集長はカバーのデザインに対してとても厳しくて、何回も修正しないと彼はうなずいてくれません。修正するには大量の時間がかかり、一からやり直す場合もあります。

 最初の頃、デザインの技巧が成熟していなかったため、よく修正するので大量の時間がかかります。そのうえ、出版を遅らせてはいけないのでいつも時間に追われていました。プレッシャーが大きくてとても疲れ、深夜までやり続けることは日常茶飯事です。このように私たちはデザインのレベルをだんだんと上げていきました。

 SNSで真相を伝える

 2017年、アメリカの同修がSNS上で真相を伝えることにおいて成功を収めたと聞いて、私たちはアメリカの同修にやり方を聞き、動画を作って拡散すると、真相を伝える効果がとても良いと教えられました。動画制作の経験がある人がいなかったので、動画を作るソフトウェアも複雑で覚えにくいのですが、努力を重ねて我々は真相内容の動画の一本目を作り出しました。

 SNSに公開すると、予想をはるかに超えたスピードで広まり、たったの数日で視聴回数はなんと100万回を突破しました。私たちのような初心者にとってまさに奇跡だとも言えます。これは師父からの励ましだと分かっています。

 英文大紀元ウェブサイトのアクセス数の突破 

 シンガポールの英語版大紀元ウェブサイトはすでに数年間も運営していますが、アクセス数はあまり増えていませんでした。同修が苦労して書いた文章を読む人がこんなに少ないことに、私たちは焦っていました。ウェブページの閲覧回数の増やし方について、私には多少の経験があり、そこで新しい提案を作りました。設定した目標は1年後、一日のアクセス数が1000回を超えることです。提案を実施するには同修たちの協力が不可欠で、また、文章の量、読者に好まれる文章に仕上げるためのテクニック、ウェブサイトの操作技術などにおいて、同修たちの能力向上も常に求められています。みんなの協力のおかげで、ウェブサイトの毎月のアクセス数は順調に上がってきて、英文大紀元のウェブサイトの発展に対して、皆自信がもてるようになりました。

 疲れている時、私たちは以前設定した目標を思い出して互いに励みます。同修との間にトラブルも起きますが、学法と交流を通じていつも自我を放下すれば乗り越えられます。

 私は文章は書けませんが、人気の話題を選ぶことにおいて少しセンスがあります。ある日、同修Aさんに一つの話題を勧めましたが、その話題について書く人がとても多いので、書いても他のサイトに勝てるはずがないとAさんは言いました。しかし、私に励まされて、最後にAさんはやはり文章を書きました。数カ月経って、その文章の閲覧回数はとても多く、また安定的に増え続けました。Aさんは嬉しくなり自信もついて、文章を書く時の苦労が全部報われたと感じました。

 今、私たちの英文ウェブサイトは皆の努力のおかげで成長し、すべての文章の閲覧回数が以前よりも増えています。

 2019年9月、1年前に設定した目標(1日のアクセス数が1000回以上)を3カ月前倒しで達成しました。これはシンガポール英文大紀元サイトの重大な突破であり、とても良いスタートでした。私たちは2020年の目標、1日当たりのアクセス数を3000回に設定しました。もし毎日3000人が大紀元のサイトを閲覧してくれれば、大紀元の知名度はきっと高くなり、広告や購読、真相を広めることがもっとやり易くなります。

 先日、同修Bさんからこんな不思議な事を聞かされました。Bさんの友人はBさんに福建省の方言について話しました。福建省の方言と日本語の関係、唐の時代との関係など、話した内容は私たちのウェブサイトに載ったある取材報道とほぼ同じでした。Bさんは友人に「どこからこんな内容を知ったの?」と尋ねると、友人は「大紀元のサイトを読んで知ったのです」と言い、また福建省の方言を教える勉強会にも参加したと言いました。面白いことに、勉強会の教師は、例の大紀元文章で取材した人でした。これはただの偶然ではないと私もBさんも思いました。

 英文大紀元に携わって、黙々と努力している同修たちに感謝したいと思います。法を正す進展が最後の段階に来た今、みんなと協力し合って「三つのこと」をしっかりと行ない、より多くの衆生を救っていきたいと思います。

 (2019年シンガポール法会の発表原稿)

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2019/12/29/397586.html)
 
関連文章