文/中国黒龍江省の大法弟子
【明慧日本2024年10月31日】私は56歳の女性です。私たちの世代は中共(中国共産党)の無神論の洗脳を受けて育ってきたため、さらに1999年7月以降、中共のならず者グループによる違法な弾圧と迫害が始まり、私は1997年に大法に出会ったにもかかわらず、残念ながらずっと法を学びつつも法を本当に得ることができませんでした。20年以上の間、私は師父と大法を感性的にしか理解できず、修煉の道を進む中で、進んでは止まりを繰り返し、貴重な時間を多く無駄にしてしまいました。
慈悲深い師父は私を見放さず、今の学法グループに導いてくださいました。このグループの同修の多くはすでに退職しており、年齢も50歳前後がほとんどです。修煉の状態はそれぞれ異なりますが、皆心の中には修煉したい、向上したいという強い思いがあります。同修たちの助けを受けながら、私はどのように修めるかが分からないところから、次第に内に向かって自己を修める方法を学びました。最初は傲慢でしたが、次第に他人に対して謙遜に接することを理解するようになりました。そしてこれらの変化は、法を暗記することから始まりました。
2022年の秋、明慧ネットで同修の交流を読み、『洪吟六』を暗記することで頭の中にある無神論や進化論を取り除けるということを知り、私たちのグループでもある同修の提案で、毎週1篇を暗唱することに決めました。集団で学法を終えた後、全員が順番に声を出して読むことになりました。最初は難しさを感じていましたが、後には2篇に増やし、今では『洪吟六』を唱え終え、『洪吟』から始めて、現在まで続けています。今では皆、法を暗記することがそれほど難しいとは感じなくなり、積極的に取り組んでいます。この方法により、日常の隙間時間を有効に活用できるようになりました。
『洪吟六』を暗記し始めて間もなく、グループの同修たちは『轉法輪』も暗記することを決めました。以前にも何度か法を暗記しようとしたことはありましたが、いずれも続けることができませんでした。今回は、全員が続けられるように、明慧ネットから「法を暗記し続ける」という多くの体験録音をダウンロードしました。暗記の初期には、時々気を抜きたくなったり、怠けたい気持ちが湧いた時に、同修たちの法を暗記する体験を聞き、その一つ一つの物語に感動し、私たちは励まされ続けてきました。さらに後になって、私や同修たちがそれぞれの程度で怠けてしまうことがあった時には、学法グループで法を学んだ後、一人一人にその週の法の暗記状況を聞いて、それを専用のノートに記録し、互いに自分や同修を励まし続けるようにしました。グループ内の全員の修煉状態が異なるため、当時は厳しく全員に毎週どれだけ暗記するかを定めていませんでした。したがって、全員が同時に始めたにもかかわらず、進度はばらばらでしたが、幸いなことに、今でも全員が続けています。
次に、私がどのようにして法を暗記しているかについてお話します。まず、両足を組んで座禅して、暗記する段落を一度、または何度か真剣に読みます。それから、句点を最小の単位として、しっかり読んでから暗記します。次に、次の文を暗記し、同じようにしっかりと読んでから覚えます。最後に、段落を繋げて暗記します。全段落を暗記した後も、もう一度一文ずつ読み直して、今度は本を見て、一文ずつ間違いがないか確認しながら暗記します。一字一句間違いなく暗記できるようになったら、次の段落を暗記します。私は一人で法を暗記しているため、誰も間違いを指摘してくれる人がいません。一度間違えて覚えてしまうと、自分で気づかないこともあります。短い段落はまだしも、長い段落では時々字を付け足したり、落としたり、時には一文を飛ばしてしまうこともあります。また、すでに法を暗記している同修でも、集団学法の時に間違って覚えたところをそのまま読んでしまうこともあるので、私は最初の暗記には非常に厳しく、一字一句間違えなくなるまで次の段落には進まないようにしています。長い段落も分けずに暗記します。これほど長い段落を何度も暗記することで記憶に残るようになり、これは師父が私たちのために込めた深い思いやりだと感じています。
だんだんと、暗記が習慣となり、どこかで間違えると、それがまだ自分が気づいていない執着心であることに気づかされ、その部分の法を何度も繰り返し暗記してもなかなか通り抜けられません。通読では法をよく理解できたように感じても、暗記は全く違います。後には句読点も一緒に覚えるようになりました。表面的には暗記の難度が増したように見えますが、暗記する過程で、師父が法を説かれる中で使用される句読点の違いが、異なる意味を表していることを実感することができました。
法を暗記してからの体験はとても多いです。まず、学法の状態が大きく改善しました。私たちは皆、法を学ぶことが修煉者にとってどれほど重要かを知っています。それは師父が繰り返し強調されている、必ず行わなければならないことです。しかし、それまではまるで義務を果たすかのように学んでおり、学法の際には読むのが速く流暢であっても、心に入っていませんでした。何か問題に直面しても、自己をしっかり修めることができず、ほとんどの場合、同修の交流や体験を聞いたり読んだりして、少しだけ向上する程度でした。宇宙の大法がどうして常人にその内包を見せることができるでしょうか? ですから、当然ながら法の内包も理解できませんでした。学法も受動的に行っていました。しかし、法を暗記するようになってからは、自発的に学法をするようになり、学法が心に入るようになりました。何か問題に直面した時には、どの考えが法に合っていないかを察知し、どの考えが自分自身のものではないかを見分けることができるようになりました。
次に、煉功について話します。第二式の功法が1時間に変わってから、毎日朝の煉功で起きる時間がたった30分早くなっただけでしたが、寝ることが好きな私にとっては一度は非常に抵抗を感じました。煉功も常に受動的で、仕方なく行っている感じがありました。そのため、朝の煉功はしばしば時間通りにできず、夜に時間を見つけて補う必要がありました。しかし、何か別の用事があると、補うのは非常に難しくなっていました。法を暗記してからは、基本的に朝の煉功が時間通りにできるようになり、自分から積極的に煉功するようになりました。特に坐禅の時、雑念が少なくなり、静かに落ち着くことができるようになったのを明らかに感じました。
発正念についてですが、以前は特に顕著な感覚はありませんでした。15分はあっという間に過ぎてしまいました。自分の修煉が良くないと思っていたので、発正念にもそれほど大きな力が働くとは思っていませんでした。しかし、法を暗記してから発正念を行うと、自分の身体がエネルギー場に包まれている感覚があり、意念も集中できるようになりました。頭部の感覚が特に顕著です。今では、時間がある時には積極的に発正念を行っています。私たちは皆、自分の内外の空間場をしっかり清めなければ、それが私たちが衆生を救うための大切な任務を行う際に直接妨害してくることを知っています。
法を暗記する中で最も深く感じたことは、師父がすぐそばにいらっしゃって、繰り返し、そして忍耐強く、私にどのように修煉すべきかを教えてくださっているという感覚があります。師父の偉大な慈悲に何度も感動して涙が溢れ出しました。暗記していると、「法のこの言葉を今まで一度も見たことがない」と感じることがしばしばありましたが、それは以前通読していた時にはまったくなかった感覚でした。
同修と心性の関で衝突した時のことを覚えています。どう考えても自分は間違っていないと思っていました。しかし、「業力の転化」の部分を暗記している時、突然理解できるようになり、誰が正しいかを争うことをやめました。また、第六講の「走火入魔」の中で「真瘋」についての法を暗記している時、暗記しながら突然涙を抑えられず泣き出しました。「自分も使命を持って来たのではないか? 天国の世界の衆生たちは、私が彼らを救い済度するのをまだ苦しみながら待っているのではないか?」と考えました。それなのに、私はこれまでの年月、世俗の中で大法をかすめるように過ごしてきました。これが、私が自分に課せられた巨大な責任を初めてこれほど深く認識した瞬間でした。
「嫉妬心」の部分を暗記した時、自分の中のすべての不満が、この悪い心から来ていることに気付きました。これまで一緒に協力していた同修を思い出すと、彼女が私よりも法を2講も速く暗記したとき、私は心の中で不満を感じていました。私たちは一緒に資料を配布していましたが、私はダウンロード、印刷、製本など、すべての作業を細かく行っていました。それに対して彼女はこれらの作業をする必要がなく、彼女の時間は私よりも余裕があったので、彼女の進度が速かったのです。しかし、なぜ私は彼女が法を暗記するためにどれだけ努力をしているかを考えなかったのでしょうか? 私自身が彼女ほど精進していたでしょうか? 彼女が速く暗記できることを、むしろ喜ぶべきではないでしょうか? もし彼女が前で頑張ってくれていなかったら、私も今回の暗記を途中で諦めていたかもしれません。
「周天」の部分を暗記したとき、それまでずっと理解できなかった中脈の運行形式が突然わかるようになりました。「大根器の人」の中で大きな忍の心とは何かを暗記していると、一句一句を真剣に自分に照らし合わせ、これまでの自分の状態に気づきました。この法の一言一句がすべて私自身のことを言っているのではないかと感じ、何年も法を学んできたにもかかわらず、心に入らず、着実に修めることもできていなかった自分に対して恥ずかしく思いました。
暗記を続けているうちに、頭の中からすべてが消え、ただ法だけが残り、空のような状態に入りました。気がつくと朝の煉功の時間になっていました。私は自分に「私は真・善・忍の宇宙大法で構成された生命であり、この世の時間に制約されることはない。一晩眠っていなくても、煉功しても眠くはならない」と言いました。そして、五つの功法をすべて行い、日中も通常通りに過ごしました。必要なことをすべてこなしましたが、全く眠気は感じませんでした。
また、ある朝の煉功前に、突然「自分の空間場にある、師を信じず法を信じないすべての要素を取り除く。それらは私ではない」という一念が生じ、その瞬間、何かが頭から足の先まで抜けていくのを感じました。自分でも驚きましたが、目覚めたばかりなのにどうしてこんな一念が出てきたのか、不思議に思いました。
他にも体験がありますが、それらは言葉では表現できず、感じ取るしかないものです。
今年3月、19か月をかけて『轉法輪』を全部暗記し終えた時、自分がまるで師父の講習会に直接参加したかのように感じました。別の空間で何が起こっているのかは見えませんでしたが、師父が私から多くの悪いものを取り除き、長い間大法と本当に同化できなかった殻を破ってくださったことを実感しました。まるで私自身をきれいに洗い流し、引き上げてからさらに前へ進ませていただいたようでした。同時に「修は己にありて、功は師にあり」(『轉法輪』)という言葉の内包を真に理解することができました。私はどうだったかというと、ただ少しの苦労を払っただけで、ただ修煉し、善へ向かおうとする心を持っていただけなのに、師父はこれほど多くのものを私に与えてくださったのです。
人間の言葉では、師父への感謝の気持ちを表すことは到底できません。修煉の道を歩む中で、どんなに小さな進歩であっても、その背後には師父の無限の慈悲と巨大な負担が込められていることを私は知っています。
この原稿を書き始めてから今日まで、約4か月の時間を費やし、ずっと修正しては書き、書いては修正を繰り返してきましたが、自分の限られた文章力では、法を暗記したときの最も正確な感覚を表現できていないことに不満を感じています。しかし、この未完成の原稿を開くたびに、師父の加持をはっきりと感じることができました。
同修の皆さん、もしあなたが自分の学法の状態に満足していないなら、あるいは私と同じような修煉状態にあるなら、どうか法を暗記してください! 実は、法を暗記することはそれほど難しいことではありません。自分の後天的な観念に妨げられないでください。一緒にこの宇宙大法を天国の家に持ち帰りましょう!
慈悲で偉大な師父に深く感謝いたします!
グループの同修たち、ありがとうございます!